混迷と冷静
(なんなんだこの状況……)
ルベリオがいる。
輸送団を襲ったのはルベリオで間違いないだろう。
【太陽】を使う男が、護衛を担っている『陽だまり』の隊長であることも間違いなさそうだ。
しかし、なぜ敵意を向けられているのかわからない。
そもそもなぜ名前を知られているのかもわからない。
というよりもいきなり攻撃を仕掛けてくるなんて失礼極まりない。
「ハハハ、どうしたんだいインベント?
どうしてキミが攻撃されるのかな? ふふ」
「俺が聞きたいよ」
予想外の展開に笑うルベリオ。
いまだ獣のような殺気を放ち、敵意剝き出しのラゼン。
「ねえねえ、アンタさ。
インベントはイング王国の人だよ? 知らないのかい?」
「アア? 知らねえよ!
――いや、知ってはいる。インベント。その名はよーく知ってるぜ。
まさかまさか、敵と繋がってるとはな!」
インベントは「はあ?」と呆れた。
「テメエら、親しげじゃねえか!
すぐにピンときたぜ。仲間なんだろ!?
あれだ、イング王国に入り込んで諜報活動でもしてやがったんだな!?
クソ、まさか一対三とはな! 上等だよ!」
インベントからすれば思い違いも甚だしい。
だがラゼンからすればこのような場所に人が突然現れるだけで怪しむのは当然である。
インベントがロメロと知り合いであり、ただならぬ関係であることは知っているが素性は知らないのだから。
全身真っ黒で見るからに怪しいインベントを敵だと認定したのは正しい判断である。
なにせ現状、ラゼンには非常に危険な状況だからである。
「ワケわかんねえ二体だけでも厄介だってのに、あのインベントか。
ま! オマエが一番弱そうだからな! まずはブッた斬らせてもらうぜ!」
インベントは面倒なことになったと目を細めるが、あることに気付く。
(あれ? コイツの話を聞く感じ、ルベリオと俺以外にももう一体敵がいる?)
インベントは倒れている女性をちらと見るが、さすがに違うだろうと判断した。
(こっちは多分『陽だまり』の探知役の人だ。
だとすれば……)
もう一体いる。
そもそもここに来るまでに感じていたモンスターの気配。
ラゼンからもルベリオからもモンスターの気配は感じない。
インベントはラゼンを警戒しつつも、更に広範囲を警戒した。
そんなインベントの動きを察知し、ルベリオは微笑む。そして――
「な~にやってるのかと思ったけどさ、やっと来たみたいだね。フフ」
そう言って不敵に笑い、指差した。
インベントとラゼンはお互いを警戒しつつ視線を動かし――
ラゼンは「また来やがったか」と舌打ちし――
インベントは「人型」と呟く。
のそりのそりと、当然のように二足歩行してきたモンスター。
小型で、インベントが見てき『人型モンスター』に酷似している。
特徴としては毛髪が濃い青であること。
(ただでさえ『ラゼン』がいるのに、人型もいるのか)
ルベリオ。人型モンスター。そしてラゼン。
インベントに対し明らかに敵意を剥き出しにしてきているラゼンは当然だが、ルベリオと人型モンスターがどう動くかは予想ができない。
最悪一対三になってしまうかもしれない。
どう動くべきが悩むインベントだが――
「ねえねえインベント」
落ち着いた口調で語りかけてくるルベリオ。
「なにさ?」
「あの煩い男、邪魔じゃないかい?
とりあえず排除しないかい? フフ」
共闘の申し出?
インベントは一笑し「確かに邪魔だな」と同意する。
「やっぱり仲間か!」と怒るラゼンを無視し――
「――だったら」
「さすがにイング王国の人だから攻撃する気は無いよ」
ルベリオの提案を却下した。インベントは冷静である。
モンスターが現れた状況だが人型モンスターであるためテンションが上がっていない。
「それよりも、あの人型モンスターはルベリオの言うことを聞くのかい?」
ルベリオはインベントの質問に感心し頷いた。
「まあ、ある程度ならばね」
「そ。一応確認だけど、【人】のルーンはそこの倒れている女?」
「そうだけど、キミは……」
インベントは冷めた瞳のまま笑う。
「ルベリオはラゼンを殺したいのかい?」
絶叫するラゼンだがふたりは無視した。
「いや。ただの暇つぶしだよ?」
やはり絶叫するラゼンだがやはり無視した。
インベントは「それじゃあ、また後で」と手を振り、二歩、ラゼンに向け前進した。
親しげなやり取りと、ルベリオに対し警戒していないかのような動き。
「やっぱりテメエ! 内通者か!?」
ラゼンはインベントが敵だと確信した。
インベントは弁解する気も無い。話が通じないと割り切っているためか落ち着いている。
「輸送団の護衛隊。あんたはその隊長だな?」
「ハ?」
「輸送団は今、あんたを待っている。
あんたが戻れば出発を再開するだろう。
倒れている仲間を連れて、さっさと合流するんだな」
端的に状況を説明するインベント。
顔を歪ませるラゼン。
「テメエに言われる筋合いは――」
「護衛隊の仕事は護衛だ。こんなところで遊んでないで――」
インベントは予備動作無しで加速し、ラゼンとの距離を一気に詰めた。
虚を突かれたラゼンは、咄嗟に斬り払う。
だが、完璧なタイミングで回避するインベント。
いつの間にか現れていた丸太の先端がラゼンの腹に触れる。
「仕事しろ。
――『丸太寸勁』」
大きく吹き飛ばされるラゼン。
吹き飛ばすための攻撃であり、衝撃は凄いもののダメージは少ない。
しかし着地と同時に――
「ぐあ? なんだ? 煙?」
着地地点に煙が舞う。
ラゼンは急いで更に後方へ。
先程のやり取りでインベントが得体の知れない強さであることは理解したラゼン。
(あのロメロさんが興味を持った男だ。弱いはずなんて無い。
だからって俺より強いわけあるか!)
追撃を警戒しつつ待った。
待って待って、煙が落ち着いた時――
「アアン?」
森は異様なほど静かになっていた。
そこには誰もいなくなっていた。
**
ラゼンを吹き飛ばした後、大きく飛翔したインベント。
そのまま輸送団が待機している方角とは逆方向へ移動していく。
そんなインベントの動きを見て、感じて、ルベリオは満足そうに頷いた。
「やっぱり、いいねえ。インベントは」
更に人型モンスターに対し手招きし「いくぞ。オクトゥ」と呼び寄せつつ歩き始めた。
「フフ」
ルベリオは笑みを噛み殺す。
(やっぱり生きていたじゃないか。
父さんの言うことは大抵正しいけど、絶対じゃないからねえ)
ルベリオはあの日のことを思い出す。
インベントの目の前でアイナの腹を刺したあの日を。
自身の手でインベントを殺すつもりだったのに、突如錯乱し飛び去ってしまったインベントのことを。
(ボクが殺すはずだったのに、消えてしまったからねえ。
あれは悲しかったよ。せっかく復讐のお膳立てをしたのにさ。
フフ、でもいいさ。
昔は、一見弱そうなのに恐ろしく強かった。
でも現在は、見た目からして強そうだ。フフ、見違えるほど強くなったんじゃないのかい?)
ルベリオは自らの心臓に手を置いた。
血の滾りを感じた。
「感じるねえ。感じるよ。フフ、フフフ」
愛する人に会いに行く感覚。
ルベリオはこの興奮がそのような感覚なのではないかと妄想した。
大きく息を吐き出し、呼吸を整え、平常を装い――
「――お待たせ」
開けた場所で佇んでいたインベントの元へ。
冷静で何を考えているのか想像できないインベント表情を見て、ルベリオは更に興奮するのだった。




