茶番の再演、全員悪役
モンスターが待っている。それだけで心躍る。
近づいているのは間違いなかった。
だが歩みを進めるうちに、インベントの表情に疑念の色が混ざり始め、警戒の色も濃くなっていく。
(なんだろうか?)
確実に漂ってくるモンスターの香り。
しかしながらナニカが混じっている。
それが発酵や熟成した香りなのか、単に腐敗した臭いなのか判断がつかないインベント。
ふと脳裏に浮かんだのは――
「うーん、『白猿』か」
インベントにとってモンスターの中でも例外的な存在。
それが人型モンスターだ。
「また『白猿』みたいなのが現れたら嫌だなあ。
そんときは……逃げちゃえばいいか」
怖いもの見たさで前進するインベント。
五感を総動員しモンスターを探す。
本人は気づいていないがモンスターソナーの精度は徐々に向上している。
だが【人】の探知能力ほど便利な代物ではない。
だからこそ五感――特に視覚は最大限活用している。
「ん?」
一面大森林。
モンスターの痕跡は無い。
そんな中で異彩を放つ剣が一本、目に飛び込んできた。
妙に目立つ剣である。
とは言え、形状や装飾がごくごく普通。だが妙に目立つ。
インベントの位置からはふわふわろ浮いているかのように見えた。
数歩近づくと、剣は誰かの手に持たれていることに気づく。
そしてさらに数歩――
(誰だ? なにを……しているんだ?
ずっと剣を掲げてなにを?)
剣を掲げる理由は、例えば勝利の証や、儀礼として。
もしくはもっと単純に振り下ろすため――相手を攻撃し殺すために剣を掲げている。
インベントは剣に近づいていく中で、その剣がなにをしようとしているのかを見た。
その先には倒れている女性が。
掲げられた剣は、倒れている女性にとどめ刺すためゆっくりと、じつにゆっくりと。
ことの全貌が見えほんの一瞬――助けなければと思うインベント。
だがその奥にある意図を、全て理解した時――
「くっだらない」
――とインベントは呟いた。
インベントはあえて落ちている石を拾う。そして石が剣まで届きそうな位置まで歩いた。
そこから石を投げる。
投げるといっても、下手投げのため緩い放物線を描く。
正確に狙ってもいない。ただただ適当に投げただけ。
たとえどんな投げ方だろうが構わない。
石は絶対に剣に当たるのだから。
ゆっくりと動く剣は、変わらずゆっくりと動く。
放り投げられた石は、重力の影響を受け飛んでいく。
石と剣――それも剣の先端。
まさに点と点が交わるかのようにぶつかり合った。
剣はあまりにも美しくは持ち主の手を離れ、くるくると飛んでいく。
まさに危機一髪。
悪漢に襲われている女性を華麗に助けたインベント。
この物語が愛と正義に満ちた話であれば、主人公は決め台詞の一つでも述べるのかもしれない。
それから、ヒロインは鈍感系主人公に猛アタックしてくるのかもしれない。
そんな展開にはなるはずもなく――
「――うふ、ふふ、なんて劇的なんだろう。
すごいよねえ。女の子のピンチにいつも駆けつけるね。
まるで英雄みたいじゃないか。ねえ? そう思うだろう?」
剣の主は軽妙に話し始めた。
軽妙ではあるものの、薄っぺらい言葉が積み重なっていく。
インベントは辟易としている。
「仕組んだことだろ。まったく……」
森の中。
ギリギリのタイミングで女性を助ける。
数年前にインベントは同じことをしている。
女性がアイナから知らない女性に変わっただけ。
「うふふ……くふふ。いやはや。
やっぱり生きていたんだねえ。あ~これは愉快だ。
何年ぶりだろうねえ、もう何年も経った気がするよ。ふふ」
「確かに……ずっと前な気はするよ」
「ふふ、そうだねえ。
キミは……よく見たら大分変ったねえ。一回り大きくなったんじゃないかい?
さすがに少し戸惑ったよ。とは言え空を飛ぶなんて『星天狗』以外にはキミぐらいのものだからさ……。
ねえ、インベント」
「まあ……鍛えたからね。
君は……あんまり変わってないね。ルベリオ」
ルベリオとの邂逅。
最後に会ったのはオセラシアにて、『雷獣王』を倒した後のこと。
姿を見られることなくオセラシア兵を殺しまくり、『星堕』の仲間であるはずのエウラリアを殺し、最後にはインベントの目の前でアイナを刺した。
浅からぬ因縁のあるふたり。
「さあさあ。この後……どうする?」
手を広げるルベリオ。
だがインベントの表情は無表情に近い。
インベントはボソボソと誰にも聞こえない声でなにかを呟いている。
ルベリオは予想通りに動いてくれないインベントに――
(嗚呼、やはりキミはイイ。
今も昔もボクの予想を裏切ってくれる。
フフ、本当に素晴らしいよ。素晴らしいね)
笑みを浮かべるルベリオだが、掌を前に出した。
「ちょっと待ってね、インベント。
邪魔者がこっちに来ちゃったよ」
「邪魔者?」
ルベリオは視線を右へ。インベントもそれに倣う。
すると――
「いやがった! テメエ!」
逆立った髪に、吊り上がった瞳。
盛大に眉間に皺を寄せ、怒りを爆発させた男がやってきた。
服装からイング王国の人間だと察したインベントだが、自然と後ずさりしてしまう。
突如現れた男に対しての第一印象は――
(あ~俺……この人苦手かも)
人に対し好き嫌いの少ないインベントだが、明らかに苦手なタイプの男が現れた。
そんな男はルベリオを指差した。
「オイオイ悪党!
逃げてんじゃねえよ! ボケカス!」
粗暴極まりない発言に、インベントは耳を塞ぎたくなった。
「なんダァ!? 仲間まで増えてやがんな!
どっちもヘラヘラしたヤツだが、コッチはもっとヤベえな!
悪党の親玉登場か!? アアッ!?」
ルベリオは笑い出した。
「フフフ、ねえねえ、仲間扱いされちゃったよ?」
インベントは迷惑そうにルベリオを見る。
「なんなのアイツ? 人を悪党扱いしてくるし……」
「アア!? どう見たって悪党だろうが! 悪は黒が好きって決まってんだよ!」
インベントは耳を塞ぐ。
「いちいち声が大きいんだよ。うるさいな。
黒はカッコいいだろ。それにお前のほうが悪役っぽいし」
「アーン!? 誰が悪役だ!
俺は完全なる正義! なんたって護衛団のリーダー! 俺がラゼン様だ!」
インベントは首を振る。
「まさかと思ったけど……こんなのが『陽だまり』のリーダーなんだ」
インベントの何気ない一言。だが次の瞬間、ラゼンは怒髪衝天状態へ。
すでに剣は天高く掲げられていた。
「誰がァ! 『陽だまり』だァ! ぶっ殺すぞ!」
ラゼンの剣が輝いた。その輝きは【太陽】の輝き。
インベントは警戒度を一気に引き上げる。
とは言えラゼンとの距離はまだかなりある。
ラゼンはその場で剣を振り下ろす。
次の瞬間――
(な!? 斬撃が?)
ラゼンが剣に纏っていた幽力は、斬撃の形を保ったままインベントに迫る。
ロメロと何度も戦ってきたインベントだが、飛ぶ斬撃は見たことが無い。
だが、【太陽】である以上、防御不可であることも理解している。
咄嗟に回避するインベント。
ラゼンは大きく舌打し「クソが」と叫ぶ。
態度の悪さに加えて突如殺しにくる狂暴なラゼンを見て――
(やっぱり悪役はお前だ)
インベントは心の底からラゼンを嫌いになった。
そしてルベリオは、そんなあからさまにラゼンを嫌うインベントを見て笑う。
更に、ルベリオの言葉がインベントとラゼンの関係に決定的な亀裂をもたらす。
ルベリオが意図したわけではない。
避けようのない一言だった。
「フフフ、そいつ斬撃を飛ばしてくるから気を付けてね。
インベント」
なんてことない発言。
だが、それを聞いたラゼンは剣の柄を潰れるほど握りしめた。
「テメエが! あのインベントか!?」
インベントは「いえ、違うインベントです」と首を振った。




