モンスターはどこへ消えた
両手を振りインベントを待つ女性。
先程までの敵意剥き出し状態から一転、非常に友好的な態度へ。
インベントは警戒しつつ、少し離れた場所に着地した。
女性はひとり駆け寄ってくる。
「インベントさん……ですよね?」
「まあ……そうですけど」
「やっぱり! なんだ、最初に言ってくださいよ。
インベントさんのことはロメロさんから聞いていますよ」
「え? ロメロさん?」
「はい。ロメロさんが『インベントは凄いぞ~』って嬉しそうに話してましたから」
「へえ……そうなんだ」
「凄い強くて、空も飛べるって聞いてましたから、空を飛んだ時にやっと気づきました。
あ、私は護衛隊の副隊長を務めていますフーマです。
インベントさんは状況を色々ご存じみたいですし、『宵蛇』から密命を受けていらっしゃったんでしょう?」
インベントは首を捻る。
(密命? 俺は単にクリエさんと取引しただけなんだけどな。
特になにかを命じられてはいないけど……密命なのかな~?)
フーマは「失礼しました」と前置し――
「『宵蛇』の密命は秘匿事項ですよね!
私には言えないこともあるでしょうし!
えっと、よろしければ状況のご報告をしますが?」
フーマは初対面のインベントに対し畏まっている。
その理由は、ロメロがインベントのことを褒めていたからで間違いない。
フーマは『宵蛇』の下部組織に属している。
そんなフーマにとって『宵蛇』の絶対的なエース、『陽剣のロメロ』は憧れの対象である。
憧れが褒めちぎっていたインベントは、やはり素晴らしい人物に違いないと思っているのだ。
さきほどまでの悪役扱いから一変したフーマの態度に戸惑うインベントだが、状況を知ればこのイベントのゴール地点が見えてくるのかもしれないと考えた。
「それじゃあ教えてもらっても?」
「はい、もちろんです。実は妙な状況なんです。
一時間近く前、モンスターを探知し討伐に向かいました。
ですがモンスターが消えてしまったんです」
インベントは目を輝かせる。
「ほほう、消えた?」
「護衛隊には私を含め二名、【人】のルーンを持っています。
私たちふたりがモンスターを探知し、そしてふたりともモンスターを見失いました。
かなり警戒心の強いモンスターだと思ったんです、こちらが近寄ると近寄った分だけ遠ざかっていくような感じ。
仕方なく追いかけたんですが、突如――」
インベントはいつの間にか目を閉じていた。
現実と妄想の入り混じった世界で、探知能力を掻い潜ったモンスターのことを思い描いている。
「反応が消えた……ふふ、そういう時って『レイアツが消えた』とか言うんだっけ。クク。
どうやったんだろう? 探知回避する能力? 透明化?
大きく飛翔したのか? それとも……穴を掘る? 洞窟に隠れた?
あ、瞬間移動!?」
フーマは「いや、さすがにそれは……」とインベントの妄想に茶々を入れた。だが――
「ハハ、【人】の探知を掻い潜る方法なんて聞いたこと無い。
つまり誰も知らない能力か、考えもつかない方法なんでしょ」
フーマはインベントの発言にハッと驚いた。
「確かにそうですね! 常識にとらわれてはいけないということですね!」
「うん。うん。
……あ、でもマズいな。失敗したか?」
「え? どうされたんですか?」
「さっき雑魚モンスターを狩ったけど、もしかしたらそいつが特殊能力持ちのモンスターだったのかも……。だとしたら勿体ないことをしてしまったな」
「え!? モンスターを狩った?」
「ドレークタイプと大岩が合体したようなモンスターだったけど、そんなオモシロモンスターだったならもっと観察すれば良かったな。
いやいや、もしかしたらもう一体モンスターがいるのかもしれない。
くぅ~そうであってくれえ~」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「ん?」
「あの、モンスターを見失った後、突如輸送団がモンスターに襲われました。
その際に、馬車一台が大破し、もう一台の馬車が暴走してはぐれてしまいました」
「うん、そんな感じだろうね」
「かなり大型のモンスターだったと聞いたんですけど……倒されたんですか?」
「倒したよ。大きかったけど、なんか脆かった。
そうそうさっきも言ったけど、はぐれた輸送隊の人が狼煙の先で待ってるから。
ハハハ、輸送団の人って俺の父さんなんだけどね」
「え!? お、お父様ですか?」
「うん、さっきも言ったじゃない。
俺、アイレド出身だし」
「し、失礼しました! はやく救助に……あ~でも困ったな」
「ん?」
「実はですね……ここを動けない理由なんですが隊長が戻っていないんですよ」
「隊長……。そっかフーマさんは副隊長だもんね。
あれ? 隊長さんはどこに?」
「実はモンスターの反応が消えた地点から引き返している時、猛スピードで輸送団にモンスターが近づいてきました。
と同時にもう一体モンスターらしき存在を確認したんです」
インベントは「やっぱり! それを早く言ってよ!」と歓喜する。
「え、えっと、その。反応が実は小さくて……モンスターなのかどうか判断ができず……。
ですから隊長のラゼンが【人】持ちの隊員を引き連れて別行動をとったんです」
「――どっち」
「え?」
「だから、どっち!? モンスターはどっち!?」
フーマは気圧され「あっちです」と指差した。
インベントは満足そうに笑い「それじゃ」とだけ言って立ち去ろうとする。
「あの……助けに行ってくれるんですか?」
「ん~、まあそんなとこ」
「ラゼン隊長は本当に強い方なんで大丈夫だとは思いますが……」
「でもなかなか帰ってこないんでしょ? 死んだんじゃないの?」
「そんなことは……」
インベントは立ち止まる。
フーマはインベントの背中から低い笑い声が聞こえてきた気がした。
笑う理由が見当もつかないフーマは聞き間違いだと判断した。
そして、なんとも言えぬ威圧感をインベントの背中から感じ息を飲む。
振り向いたインベント。
「――生きてるといいねえ」
「え? あ、はい」
インベントの表情は笑み――に見えないこともないなんとも言えない表情。
フーマは気を使ってくれているのだと――笑顔が独特な人なのだと解釈した。
「隊長さん……ああ、隊の名前は『陽だまり』だっけな。
フフフ、生きてるといいな~」
そう言ってインベントは歩き始めた。あえて歩き始めた。
そして残されたフーマは――
「少し変わった方だけど……やっぱり頼りになる!
でも、私たちの部隊名は……『陽だまり』じゃないんですけどね」
と呟いたが、インベントの耳には届かない。
もし届いたとしても興味を示さなかっただろうが。
フーマが指差した方向へ進むと、なにかが待っていると確信した。
ねっとりとした空気に満ちた森を進むインベント。
「フフ、フフフ、生きているといいな~モンスターさん。
つよ~いつよ~い隊長さんなんかに負けないでよね~。
願わくば……万全の状態で」




