不用意な一言に誤爆する天使
モンスターから命からがら逃げたロイド。
不思議なもので逃げている時は大して感じなかった腰の痛みが、今になって大きくぶり返していた。
その場から動けないロイドだが、じっとしているわけにはいかないことも重々承知していた。
(恐らく……天使様は護衛隊の人だ。きっと助けに来てくれたんだ。
しかし仲間はいないのか? 単身助けに来てくれたのか? 何と慈悲深い。
だが、あのモンスターらしきモノは……倒してくれたのか?
もしかすると上手く身を隠せているだけかもしれない。
すぐ近くにモンスターがいて徘徊しているのかもしれん。
だとすれば移動せねば。天使様ならば導いてくれるはずだ。
だが……こ、腰が……)
ロイドはゆっくりと膝を畳もうとしてみるが――
「うぬぬ、痛たたた」
慎重に身体を動かしても走る激痛。
(だめだあ。こりゃあ動けんぞ。
まいった。騒がないようにしないとな。
だが……モンスターも怖いが、あの悪魔はなんだったんだ)
ロイドは意識が朦朧とする中、空から舞い降りてきた悪魔を思い返す。
(黒い鳥だったのかな? しかしどうみても人型に見えた。
私の見間違い……そうだ見間違いに違いない。
あれはどう考えても悪役。私の命を刈り取りに来た死神?
そ、そうか! 天使様がいるお陰で近づけないのか!
くふふ、やはり私はツイている!
死神さえも跳ね返す男! それが私――)
この一連の出来事さえも自身の英雄譚にしてしまおうと妄想を膨らませているロイド。
そんな彼の目の前に――
「あれ? 父さん」
悪魔が現れた。
「うわあああ!?」
再度、腰の痛みを忘れ飛び起きるロイド。
妄想の産物かと思っていた悪魔が、目と鼻の先に現れたのだ。
そして近くで見れば見るほど悪魔的な風貌に、ロイドは全身をぷるぷると震わせる。
全身を見たことも無い鎧に身を包み、そして顔にはいかにも悪役のフェイスマスク。
助けて――そう思い天使を見る。
だが天使は悪魔に寄り添っていた。
(ま、まさか、天使は悪魔に堕とされてしまったのか!?)
後ずさるロイド。
「どうしたのさ? 父さん」
悪魔は髪をかき上げた。
ロイドは鼻息荒く更に後ずさる。
(なんだ? 『父さん』だと?
私は悪魔の父――魔王になった覚えなど無いぞ!
それに……我が子のような髪をしている。くそう私を惑わす悪魔め!)
すると悪魔はフェイスマスクをおもむろに外した。
そして露わになった悪魔の顔は――
絶句するロイド。
(なんてことだ……我が子の顔を騙るとは!
ぐぬぬぬう、なんて悪魔的な! このロイドを弄ぼうとは!)
興奮しているロイドだが、少しずつ冷静になっていく。
最後に会った時よりも凛々しくなった顔つき。
少し延びた髪。
なによりか細かった身体は、奇妙な鎧越しからでもわかる立派なものとなっている。
久しぶりに会った母が急に老けた思ったり、友人の子が突然か大きくなったと感じることがある。
事実は違う。急激に変化したのではなく徐々に変化したはずなのだ。
インベントらしき人物に対してもそんな感覚を覚えたロイド。
良くも悪くも濃密な人生が、大きくインベントを変化させた証拠でもある。
それでも――人間から悪魔になってしまったとしても、愛しの我が子で間違いなかった。
「イン……ベント?」
「うん、父さん。久しぶり~」
久方ぶりの再開。それもこのような場所で。
状況が理解できないロイド。
「なんでココに?」
「ちょっと用事があってね」
このような場所にどんな用事があるのか?
ロイドは想像力を働かせて見た結果――
「ああ、もしかしてアイレド森林警備隊の仕事か?」
「ははは、違う違う。
そもそも今はアイレド森林警備隊じゃないし」
「え? え? 辞めた? え?」
後継ぎ予定だった息子が、なぜか入隊してしまったアイレド森林警備隊。
それをいつの間にか辞めていた。父、困惑。
「今はカイルーンだよ」
唐突に出てきたカイルーン。
インベントはカイルーンとアイレドがご近所さんだと思っているが、馬車で三日かかる距離。
いつの間にか物理的にも遠くに行ってしまった息子。父、混乱。
口をパクパクさせるロイドに対し――
「ねえ、輸送団ってどうなったの? 全滅?」
「い、いや、モンスターに襲われたんだが……どうなったのかよくわからん。
そうだ、モンスターはどうなったんだ!?」
「ああ、それは大丈夫だよ」
「だ、大丈夫ってそんな……」
「そんなことより、輸送団は? 全滅したわけじゃないんだよね?」
グイグイとくるインベントに気圧されるロイド。
「うむ……護衛の人たちは腕利き揃いだからな。多分……無事だと思う。
しかし、父さんはモンスターに襲われたのか、はぐれてしまったからな……それ以上のことは」
インベントはアイナに「護衛隊って『日替わり』だっけ?」と問う。
「ちげーよ『陽だまり』だっての。
ランチメニューじゃねえんだから」
「ふ~ん、そっかそっか」
ロイドはなにか物悲しい気分になる。
久方ぶりの再会のはずなのに、インベントはさほど自身に興味を持っていない気がしたからだ。
インベントはふいに明後日の方角を眺めだした。
南――つまりオセラシアの方を。
(こっちは……サブイベントっぽいな)
馬車が岩と融合したドレークタイプモンスターに襲われるイベント。
見た目は素晴らしかったが、残念な事にモンスターは雑魚だった。
「まだ……なにかあるっぽいよねえ、フフフ」
猪が造った道はまだ道半ば。
道の先にはまだなにかが待っている。そうに違いないと結論を出した。
インベントはアイナを見る。
アイナはその無邪気な表情に顔を顰めた。嫌な予感である。
事実、アイナの嫌な予感は的中する。
ただし――これまでとは全く違う困りごとが降りかかることになる。
「俺――輸送隊を見てくるよ」
アイナは両手を大きく左右に振る。
「待て待て待て待て! まずはお父さんを安全な場所へだな――」
「はは、ダイジョブダイジョブ。この辺にはモンスターいないしさ。
道まで戻って、狼煙でもあげておいてよ」
そう言ってインベントはアイナに狼煙セット一式手渡した。
「い、いやいや! ほら、お父さん歩けないし!」
インベントはロイドを見る。
「歩けるでしょ。ね、父さん」
「え?」
ロイドはインベントに問われ、腰の状態を確認する。
悪魔の襲来に驚いた際に、またもや腰の痛みを忘れていたが、本当に痛みが引いていた。
「本当だ」
「ほらね。だからアイナ、よろしくね~」
「ちょ、ちょっと!」
もうインベントは止まらない。
父よりもイベントが大事なのだ。
「てことで、父さんはアイナと一緒に行動してね」
ロイドの視線はインベントとアイナの顔を行ったり来たり。
状況は理解不能。
ロイドからすれば天使だと思っていたアイナだが、よくよく考えれば誰だかわからない。
突如現れた小柄な女性であり、素性も不明。
そして我が子は引き留めねばそのまま去ってしまいそうなのだ。
インベントに対しロイドは問う。
「えっとだな、アイナさんとはどういうご関係なんだ?」
インベントは「どういう?」と呟き、一呼吸置いて――
「カイルーンの町で一緒に住んでるんだ」
ロイドはポカンと口を開いた。
アイナは目を丸くした。
インベントは気にせずアイナのことを話す。
「カイルーンの森林警備隊で隊長やってるんだよ。
俺はアイナ隊なんだ。強いから安心していいよ。しっかり言うこと聞いてね」
インベントは手を振り「じゃあまたね」と言い飛び立っていく。
我が子が『星天狗』のクラマのように飛んでいくのだが、ロイドは驚かない。
なぜならばロイドはアイナのことを見ていたからだ。
視線を感じつつもあえて目を合わせず、アイナはおもむろに手を挙げた。
「とりあえず、道の方へ……行キマショウ」
カタコト気味なアイナ。ロイドはゆっくりと頷く。
歩き始める両者。アイナが先行しロイドがついていく。
無言の時間が数秒。そして――
「あのお~」
低くじっとりとした声でアイナに問いかけるロイド。
「ハイハイ、ナンデショウ」
平静を装うアイナだが、動悸が激しくなっていた。
「息子とは……どのような関係なんでしょうか?」
同棲している男の父親となにを話すべきか。
なにを取り繕うべきか。
わからないからとりあえず、心の中で「インベントのアホ」と大声で叫ぶのだった。




