ロイド・リアルト魂の手記
ロイド・リアルトの手記――
私たちは今、果て無き大森林を南下している。
誰も成し遂げたことの無いアイレドの町からオセラシアにある町へ向けての大輸送団。
オセラシアまで武器を輸送するという任務。
交流は無くとも盟友であるオセラシア自治区のために、女王メティエ様からのご依頼。
大きな危険を伴う仕事だ。もしかしたら命を落とすかもしれない。
『宵蛇』の隊長であるホムラ様直々に説明を受けた際、集められた運び屋連中は戸惑っていた。
そんな中、私は誰よりも早く手を挙げた。命の危険があったとしても私はやる。私がやらねば誰がやる。
これは金のためではない。名誉のためである。
運び屋とは誰かの大切なものを運ぶ仕事。
今回は国の名誉を運んでいるのだ。
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永遠に続くと思われた大森林を抜けた。
私は思わず「これが荒野か」と感慨深く呟いてしまった。
果たしてイング王国に住む者で荒野を見たことがある人間は何人いるだろうか?
アイレドの町では私たちが初めてに違いない。私たちは運び屋であり冒険者なのだ。
いつか我が息子インベントにも語ってやりたいものだ。
オセラシアの大地のことを。
まさか父がオセラシアまで行ったなど信じないだろうが。
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サダルパークという町に着いた。
埃っぽい町だが、活気がある町だと思った。
当然と言えば当然なのだがイング王国の町とは全く違う。
一番の違いは木造建築が皆無であり、土や粘土で造られた建築物ばかり。
このサダルパークでは木が貴重なのだろう。
いくらでも木が手に入るイング王国とは違うのだ。
文化の違いに驚く。
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サダルパークの町には『白狼団』という自警団がいる。
自警団というのがイング王国でいう森林警備隊なのだろう。
ささやかながら武器受け渡しの式典が開かれた。
私は輸送団の代表として、『白狼団』の代表と握手を交わした。
代表はノルドという男だった。
白髪で無口な印象だが、なんとも言えぬ威圧感があった。
偶然にも知人に姓がリアルトの方がいるとのことだ。
まさかオセラシアでもリアルトという性が浸透しているとは思わなかったな。
偶然かと思ったがこれは運命だったのかもしれない。
リアルト一族はイング王国とオセラシアの架け橋になるべく存在だったのだ。
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サダルパークの町には二日滞在し、アイレドの町に向けて出発した。
オセラシアから見るイング王国の大森林は雄大だが、どこか怖さも感じた。
実際に森の中に入っていくと、なにかに見られているような不思議な感覚を覚えた。
いつモンスターが襲ってくるかわからないのだと、痛感した瞬間だった。
死と隣り合わせの旅路。
それでも私たちは進む。進ったら進むのだ。
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(ハア……眠いな)
御者席に座るロイドは欠伸を噛み殺す。
現在輸送団は二度目の輸送を完了し、サダルパークの町からアイレドの町に戻るところである。
「しっかしあれだな~」
ロイドは背後から声をかけられ振り返る。
同乗者である運び屋仲間のウェルチだ。
「どうした? ウェルチ」
「へへへ、こういっちゃなんだがボロい仕事だよな、ロイドさんよう。
あ、違った違った。団長様だったな」
ロイドは「やめろっての」と手をヒラヒラ振るが、まんざらでもない顔をしていた。
事実、実にボロい仕事だからである。
(金払いは最高だ。なにせ国からの仕事だからな。
それに私は団長だ。ふふ、これは拍がつく)
「しかしなあ、団長が私ってのはおかしな話だよな」
「へへ、そんなこと無いさ。アンタが大将! ハハハ」
ロイドはにんまりと笑い「まったく困ったもんだ」と呟く。
ウェルチは身体を乗り出し、前方を走る馬車を指差した。
「ま、本来なら護衛してる隊長さんが団長だと思ったけどな」
「あ~、それはそうだな」
輸送団には護衛として十人が帯同している。
「隊長の名前はラゼンって若造だが、ウワサを聞いたことはあるかい?」
ロイドは「いや」と首を振る。
「へへ、ちょっと気になって調べてみたんだ。
ありゃ若いけど大物だぞ」
「ほほう?」
「『宵蛇』に入ってもおかしくない実力者らしい。
というかラゼン隊ってのは第二の『宵蛇』ってウワサだ」
「その割には噂にもなっていないが……」
「イング王国も広いからなあ。活動地域は主に北方だったそうだ。
あっちじゃ……なんだっけ『陽だまり』とか呼ばれているらしい」
「陽だまり? そりゃまた随分、ほんわかした名前だなあ」
ウェルチは横たわる。
「ま! 『陽だまり』か『おだまり』か知らねえけど実力は『宵蛇』のお墨付きってわけよ。
初めはどーなるかと思ったけどさ~、ある意味『宵蛇』が護衛についてくれてるようなもんだ。
へへへ、うたた寝してもアイレドに着いちゃいそうだぜ」
「ハハ。……む? おいウェルチ。寝てる場合じゃないぞ」
「んあ?」
「ほら見ろ。赤旗だ」
前方の馬車が赤い旗を振っている。それは停止のサイン。
ウェルチは「やべえやべえ」と慌てながら赤旗を手に取り、後方へ旗を振る。
一定間隔で走っている馬車が続々と停止していった。
緊急事態。ではあるもののロイドもウェルチも落ち着いていた。
一日に数回は赤い旗が振られるため、もう慣れたものなのだ。
すぐに護衛の数人が馬車から飛び出していく。
その中には隊長のラゼンも含まれている。
ロイドは「モンスターかな」と呟き、ウェルチは「だな」と応える。
何度も目にした光景であり驚きは無い。
**
その後三十分以上が経過していた。
「……長いな」
「そうだな」
これまで護衛隊は何度もモンスター狩りに向かった。
そして早い時はものの数分、遅くとも15分以内には戻っていた。
胸騒ぎ。最悪の事態を想像してしまうふたり。
「ちょ、ちょっと見てこようかな」
「やめろ! こういう時は動いちゃならん!」
「あ、ああ、そうだよな」
ウェルチを諫めるロイドだが、その選択が正しいのかはロイド自身もわからない。
もしも護衛が全滅していたとすれば、すぐに動くべきなのかもしれない。
とは言え、アイレドの町まではまだ二日以上かかる。
護衛がいなくなってしまえば一巻の終わりなのだ。
「俺、ちょっと車輪を点検してくるよ」
じっとしていられないウェルチの心情を察したロイド。
「わかった。確かに右の車輪が軋んでる気がしたしな。
おっと、だからといって車輪を外しちゃだめだぞ~?」
「へへ、しねえっての。ちょっと油をさすだけだ」
「はは、任せた」
ロイドは御者席から小さく身を乗り出し周囲を注意深く眺めた。
イング王国の人間ならば誰でも知っている事実を改めて認識したのだ。
それは森は危険だということ。
(森は危険。それもここは未開の森。
どれだけ護衛が優秀だとしても危険な任務に間違いないんだよな。
ふう。早くアイレドに戻りたいよお。お母ちゃ~ん)
愛する妻ペトラのことを思い、恋しくなる。
そして一向に帰ってこない薄情者の息子を思い、表情を曇らせた。
コロコロと変わるロイドの表情だが、曇った顔は驚きへと変わる。
背後で、空から大岩が落ちてきたのではないかと思うほどの轟音。
続けて馬の悲鳴が聞こえてきた。
(な、なにが起きた!?)
背後を確認しようとするロイドだが――
「うおおっ!?」
自らが乗る馬車の馬が暴れだしたのだ。
「ど、どうした!? お、落ち着け!?」
手綱を握るロイドだが、馬は頭を激しく左右に振る。
そしてあろうことか走り出した。
「こ、こりゃまずい! お、落ち着くんだ! ハイイー!」
必死のロイド。
だが――
「モンスターだあ!!」
ウェルチの叫び声を聞き、ロイドは頭が真っ白になった。




