切り札
「相思……相愛?
ああ相思相愛……ね」
クリエが呟く。
呟くたびに赤面していくアイナ。
(ア、アタシはなにを言ってんだろう……)
アイナとインベントはお互い好意を持っている。
だが相思相愛かと言われれば、そこまでではない。
『相思』も『相愛』も、意味はお互いを愛し合っていることである。
深い関係であることは間違いないが、愛し合う関係かと言われれば少し違う。
いや、アイナからすれば大分違う。
(やっべえ、すげえ恥ずい。
インベントを手紙から守るためとはいえ、アタシはなんであんなことを。
というか、相思相愛だから何だって話だよな)
アイナはクリエから「相思相愛だからなんだ?」と聞かれると返答に困ってしまう。
ちらと見たインベントは、なにを考えているのかよくわからない笑みを浮かべていた。
だがアイナの告白は思いの外効果的だった。
「なるほどのう」
「え?」
「隊長と隊員の関係にしては親密過ぎるとは思っておったが、男女の仲だったか。
ふむ、亭主が知らぬ間に死なれては困るということか……」
長年の付き合いの男女が同じ屋根の下、生活をともにする。
そういうことなんだろうと察したクリエ。
なにがとは言わぬが、すでにヤっちまってるだろうということである。
「のうインベントや」
「はい?」
「手紙の件……坊はどう思うのじゃ?」
インベントは口を尖らせ、視線を宙に泳がせる。
するとうっとりした顔をした。
「手紙……いいですよねえ~。
依頼からのモンスター討伐なんて最高。
ふふふ、楽しいですね」
そこからインベントの視線はゆっくりと下がり、なにかを見るわけは無いがテーブルをじっと眺める。
「でもまあ……アイナが嫌なら仕方ないですね。
手紙が無くても、モンスターはどこにでもいますし、むふふ」
インベントにとってアイナは大切で特別な存在なのだ。
溺愛しているわけでもないし、依存しているわけでもない。
だが、他人に――いや肉親にさえもほとんど執着の無い彼にとって、世界でたったひとりの気になる存在。
アイナが嫌がることは極力したくない気持ちはあるのだ。
「夜までには帰ってこい」と言われて、罪悪感を感じつつ、申し訳ないなと思いつつ、約束を破ってしまう程度の気持ちではあるが……。
クリエは髪をくるくると弄る。
「ふむ……まったく思う通りにはいかぬものよ」
クリエが諦めた雰囲気を醸し出したため、胸をなでおろすアイナ。
だが、クリエは小さく首を振る。
「今後、手紙で依頼するのは止めよう。それで良いか?
う~む、だが今回だけはどうしても行ってもらわねばならん。
インベントに大きく関わる話だからのう。
あまり言いたくなかったが……今更隠しても仕方ないからのう」
アイナは眉をひそめるが、アイナの感情を察したクリエは少し邪な顔をした。
端正な顔はその邪さを大きく引き立てる。
「ここまでの話、嘘は言っておらんよ。
しかしのう全てを語っていないのもまた事実。
ただし悪意ゆえではない。私は身勝手極まりない人間ゆえ、包み隠さず話すと余計混乱させると思うたのでな」
クリエは姿勢を崩し、椅子にもたれ掛かる。
「そもそもの話、インベントが大物モンスターを狩ることは良い事じゃ。
町の平和に貢献しているのは間違いない。
だが、私はそんなことに興味が無い」
「へ?」
「興味が無い。全くな。
例え大量のモンスターに襲われ、町が壊滅し、赤子までもが惨殺されたとしても私の心は動かない。
私が動いていれば救えた命があったとしても、動くつもりはない。
なぜって? 興味が無いから。正義の心など私には一切無いから」
何と言っていいのかわからず困惑するアイナ。
「ひとでなし。
申し訳ないが俗世に興味が全く無い。
ふふ、だったらなぜ手紙を出した? そう思っておるのじゃろう?」
「そうですね」
「インベントを動かし、色々と画策していた理由は――私怨。
ふっ、私怨といってもインベントを恨んでおるわけでは無いよ」
クリエはとある方向を指差した。
「ロメロと一緒に初めて私のところに来た時、廃村があったじゃろ?
あれは私の故郷での。インベントには少し話したが、名をオルカリユ村という。
神猪に護られし村、守護・神猪村。
50年以上前、ある男がダエグの輩を引き連れ焼き払った村。
その首謀者を探しておる、いや――嬲り殺しにする」
息を飲むアイナ。
昔、そんな話を聞いたな~と平常心のインベント。
「ず~っと探しておるのじゃが、なかなか足取りがつかめん。
『星堕』とやらの関係者で間違いなさそうだが、私の【読】でも追いきれぬ。
どうやっておるのか知らんが、突如現れたり消えたりしおる」
「そいつを探してる? でもインベントと何の関係が?」
「40年近く探しておるが、ずっと手がかりが無かった。
だがインベントの未来に、そやつと色濃く交わる可能性が見えた。
まあ、数ある未来の中でそれほど高くない可能性ではあるが、それでも……私にとっては眩い希望」
いつの間にかクリエの両掌は絡み合い、爪が手の甲に突き刺さるほど固く、そして強く握られていた。クリエはゆっくりと両手を引き離す。
「だから――ロメロの阿呆がお前たちを連れてきたあの日から、私はずっとインベントのことを見ておる。
紆余曲折あったようじゃが、どうやら『星堕』とやらと関係が深くなればなるほど、私の求める未来に近づいていくようじゃ。
申し訳ないとは思っておるが、お前たちが『白猿』と名付けた人型モンスター。
アレを狩ったお陰で、かなり可能性は高まったように思える。
だがのう、もう私からちょっかいは出さぬよ。
願わくば私の願う未来に向かって欲しいと思うが、そうならなかったとしてもそれも運命」
穏やかな顔のクリエ。
だが、その顔は憎悪を隠すための仮面。
運命を受け入れる寛容さなどクリエには無い。
オルカリユ村が燃えたその日から――時が止まったかのように若々しい容姿。
止まったのは容姿だけではなく憎悪も風化していない。
クリエにとって復讐だけが生き甲斐なのだ。
だからこそ、ここで最後の手札を切る。
アイナも納得し、インベントも動くであろう手札を。
「長々と話したが、これで私の隠し事は全てだ。
そのうえで――今回の手紙の件の話をしよう。
実は少し困ったことになっておってのう。
なにを隠そう――今回の件はインベントの父上が関わっておる」
インベントは「へ? 父さん?」と目を丸くした。
クリエは穏やかな顔を崩さない。
(今回、歯車を大きく狂わされてしもうた。
まさかアイナが生きているなど、予想外じゃったからのう。
それでも……私の望む未来へ進んでもらうぞ。インベントや)
全てを捻じ曲げてでも望む未来を目指すクリエ。
だが結局、なにもかも思い通りには進まないのだ。
クリエが絶対の一手だと思っている手札は、インベントにとっては大した効力を発揮しないからである。
書籍化に向け執筆が遅れております。
…………言い訳です。




