女の戦い
クリエは天井を眺めた。
本日の目的はインベントたちと会話するためではない。
先日の手紙に書いた通り、南西に現れるモンスターにインベントを向かわせるため。
しかし頼みの【読】のルーンはインベント相手には役に立たない。
頼れるのは己の話術のみ。
どうにかインベント――よりもアイナを納得させねばらなないのだ。
「まあ、未来予知の話からじゃったの。
私のルーンは、主に近くにいる人間のおおよその未来が見える。
それと、迫りくる脅威を察知することができる。
――つまり」
インベントは「例の手紙ですね!」と叫ぶ。
「うむ、その通り。
強いモンスターの気配はすぐに伝わってくるからのう」
アイナは眉をひそめる。
「例の手紙……『宵蛇』関係だと思ってたけど、クリエさんだったんすね」
クリエは首を傾げ「うむ」と頷いた。
アイナは目を輝かせているインベントの脇腹を小突き――
「なんで……そんなことを?」
「というと?」
「どうしてインベントにそんな危険なことをさせるんですか?」
「はて……危険?」
「あの手紙は大物モンスターばかりでしょ?
それをインベント一人に狩らせるなんて……」
クリエは不思議そうにアイナを見る。
「アイナよ」
「なんですか?」
「もしもロメロに大物モンスターをひとりで狩ってこいと指示したらどう思う」
アイナは「そりゃあ……」と呟きながら想像してみる。
欠伸交じりでつまらなそうにモンスターを斬り刻む絵が浮かんだ。
「心配しませんね。さっさと行ってこいって感じ」
「うむ」
まさにその通りとばかりに同意するクリエだが、アイナは納得できていない。
「え? いやロメロさんとインベントは違うでしょ」
「大して変わらんよ」
「へ? いやいや『陽剣』ですよ?
人間としては困った人ちゃんだけど、あんなバケモノと……」
「初めてお前たちと会った時。
そう――ロメロの阿呆がお前たちを連れて来た時のこと」
クリエは懐かしむように、そして悲し気な顔をした。
「あれは、インベントが……」
クリエは『ロメロを殺す存在』と言いかけて止めた。
「そう、ロメロにとって好敵手になるかどうか確認しに来た。
あの時点で、坊はロメロに迫る実力だったということよ。
その後色々あったみたいじゃが、今のインベントはロメロと同格に扱っても問題無いと思うが?」
クロは『今だったら勝てる!』と叫ぶが、その声は誰にも――シロ以外には届かない。
アイナは言い返そうとするが言葉に詰まる。
客観的に見れば、ロメロは最強で間違いないのだが、もしも今戦えばどうなるのかはわからない。
それぐらいインベントは強くなっている。
特に対モンスターであれば実力は遜色無いレベルに。
「い、いや! でもでも!
う~……そ、そうだ!
この前だって左腕折ってたし! 丸一日帰ってこなかったし!
単独はやっぱり危険ですよ!」
インベントはつまらなそうに「あれは人型だったから」と茶々を入れる。
アイナがきっと睨むと、インベントは目を逸らした。
「そうだよ……人型! 人型ですよクリエさん!」
「ふむ?」
「人型モンスターって元は人間みたいですよ」
クリエは目を細めた。
「なぜ……そう思う。いや確信しておるのか?」
インベントが「だって喋ってたし」と口を挟む。
「喋った? 人間のように?」
「流暢じゃなかったですけどね。
でもあれは……人間で間違いないですよ」
クリエ自身は人型モンスターが特殊な存在であることは知っていた。
通常のモンスターの気配と全く違うからである。
基が人間である可能性も考えてはいたが確証は無かった。
「そうか……あれは人間で間違いないのか」
「ハハ、『お兄ちゃんお兄ちゃん』連呼してましたよ。
いや~人型とは……もう戦いたくないなあ」
クリエは「なに?」と少し声を荒げる。
多少であっても、クリエらしくない声色の変化にアイナとインベントは少し驚く。
「ゴ、ゴホン。
……人型とは戦いたくないのか?」
「そりゃあ、まあ」
「なぜ?」
「なぜ? なぜってそりゃ……人を殺したくないし」
インベントは至極真っ当なことを言っている。
だが、クリエは知っている。
インベントは相手が人であっても容赦なく戦うことを。
人を殺すことに躊躇するような男ではないことを知っている。
なにせ身をもって体験しているからだ。
神猪カリューと初めて邂逅した際、インベントは殺意を剥き出しにした。
インベントを止めるために割って入ったクリエだが、その際、クリエに対しても躊躇なくナイフを振るったのがインベントなのだ。
クリエからすればいまさら人を殺したくないなど、どの口が言っている――なのである。
クリエは目を細め考え込む。
(この数年で心境の変化があったのやもしれん。
うむ……人型はだめなのか。
しかしのう、前回は絶対に向かわせねばならんかった。
今後も同じような機会が発生するかもしれん……。
どうすべきかのう)
静寂の中、アイナが唸る。
「ぬぬ~~! っだあ~よくわかんない!
結局よくわかんないんですけど!」
「なにがじゃ?」
「すっげー占いができることはわかりましたよ。
インベントが強いのも、まあわかってますよ!
だけど、なんでインベントにモンスター狩らせるんですか?」
アイナとしては例の手紙を止めたいのだ。
インベントは手紙が来るたびにワクワクしているが、『白猿』の件もあり、これ以上危険に首を突っ込ませたくない。
クリエは淡々と答える。
「危険なモンスターを放置すれば、もしかすれば町に被害が及ぶかもしれん。
可能ならば排除する方が良いであろう?
で、インベントはモンスターを狩りたいのであろう?
だから手紙を届けた。誰も損してはおらん。
もちろんインベントが迷惑しておるのなら考えるが……」
「迷惑なんて滅相も無い!」
満面の笑みのインベントと、笑顔に応えるクリエ。
二対一の状況に居心地の悪いアイナ。
だが、ここで負けてはインベントの手紙中毒は悪化してしまう。
「そ、そもそも、クリエさんがインベント宛に手紙を寄こすのっておかしくないですか?
アタシはてっきり手紙の主って『宵蛇』の誰かだと思ってましたけど……」
「ああ、私は今、『宵蛇』の隊長みたいなものだ」
アイナは理解が追い付かず絶句した。
そして「『宵蛇』」、「隊長」と繰り返し呟いて、やっと理解が追い付いた。
「た、たったった隊長!?
え? そもそも『宵蛇』に入ってたの!?」
「まあ成り行きでのう。それに腰掛よ。
それでも、依頼する権限ぐらいはあるのじゃろうな。
森林警備隊と『宵蛇』の力関係はよく知らんが、まあ森林警備隊の総隊長は快諾してくれておる」
アイナは外堀がどんどん埋まっていく感覚を覚えた。
このままでは押し切られる。クリエの思惑通りに進んでしまう。
首を縦に振り、インベントの謹慎を解き、モンスターのもとへインベントを解き放つしかないのか?
「いや、あ……あ~、んん」
髪を掻くアイナ。
手札が無い。
手紙を拒否する反論材料が無い。
もう納得してもよいのではないか?
そう思った次の瞬間、反論材料が無くなったことで、アイナはあることを思いつく。
それは――自らの本心である。
「やっぱり……だめだ。
インベントの謹慎は解除できないし、今後は手紙も断る」
「なにゆえ?」
すべてを見透かしたかのような瞳で見つめるクリエ。
「インベントは行かせられない理由。
それは……そのお……そ、その、そ、そ、そぉ~」
挙動が不審になり、口ごもるアイナ。
クリエとインベントは何事かと思い首を傾げる。
顔が紅潮していくアイナ。
唾を飲み込むが、喉はカラカラと渇いている。
そして、裏返った声で――
「り、理由は……。
ア、アタチタチ……『相思相愛』ダカラデス!」




