予測不能
クリエ・ヘイゼンは驚かない。慌てない。戸惑わない。
覚醒した【読】のルーンを持つ彼女は、危機が迫ってきたとしても事前に察知することができるからである。
身構えることもできれば、回避することもできる。
もう何年も心が騒いだことが無いのだ。
だが――
アイナが目の前に存在している。
まるで幽霊でも見たかのように驚いてしまったクリエ。
なにせ絶対に死んだはずの存在が生きていたのだから。
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クリエは動揺を隠しきれないまま、招かれるままに家に入った。
インベントがお茶を準備し、三人は着席した。
「お、おぬし……あのアイナなのか?」
「あのもこのも無いと思うんですけど……」
「ふ、双子……? 死者蘇生?」
アイナは怪訝な顔をした。
まるで生きていることが不都合にも思える言動だからである。
「生きていることに不都合でも?」
「い、いや、そんなことはない。
むしろ……生きていてくれてこれほど喜ばしいことは……無い……だが、いや、え?」
混乱しているクリエと、困惑しているアイナ。
早く謹慎期間を解除して欲しいインベント。
話しは中々進まない。
そもそもアイナはクリエのルーンが特別な【読】であることさえ知らないからである。
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ゆっくりと状況が紐解かれていく。
「――――するってえと」
「うむ」
「クリエさんは未来が見える。
そんでもってアタシは死ぬのがわかってた?」
「……少し違う。
インベントの近しい存在が、死ぬ可能性が非常に高いことは見えていた。
それはアイナで間違いなかった」
アイナは違和感を覚え首を傾げる。
その違和感の正体はまだわかっていない。
クリエは話を続ける。
「そして確かに死んだ。いやいや、生きておるんじゃが……。
私は何度も死を見てきたが、アイナも同じように死んだ。そういう風が見えた」
アイナは大きく長い溜め息を吐いた。
「ちなみにアタシが死んだ……死んだと確信したのって三年ぐらい前?」
「うむ」
インベントは「ああ」と伏し目がちに呟く。
アイナは「そういうことだよな、インベント」と同意を求め、インベントは頷いた。
アイナは頭を掻き「しゃーないから説明しますかね~」と前置し語り始める。
オセラシアでの出来事――
オセラシア王家のゴタゴタに巻き込まれながらも、『雷獣王』を狩った。
その裏でインベントはクロに乗っ取られていたことや、『星堕』なる組織が暗躍していたことを。
そしてルベリオに刺され重傷を負ったアイナ。
そんなアイナを収納空間に入れ、アイレドの町まで輸送したことでなんとか一命をとりとめたことを。
全て聞き終えたクリエは予想外の出来事の連続に驚き、また俯瞰した視点で全体像を把握しているアイナに感嘆した。
そしてバツの悪そうな顔で、積極的に話に加わろうとしないインベントの傍観者っぷりに少し呆れるのだった。
「そんな感じですけど、大体理解できましたか?」
「正直理解が追いつかぬ。
ただ……私がアイナを死んだと勘違いした理由は納得できた。
収納空間に入るなど想定外。現世から消えた、つまり死と確信しても不思議では無い。
こんな展開は人生初……いや……まあいいか」
眉をひそめるクリエだが、アイナは話を続ける。
「ふ~ん。でもあれですね。
復活……というか数日後に生き返った……いや生き返ったわけじゃねえか。
なんていうか生き返ることは予知できなかったんですね」
クリエは首を振る。
「予知はそれほど万能ではない。
ただ死に関してはこれまで間違ったことが無い。
流れる風が突如スパっと切れるように終わる。
だからインベントと絡み合う風が綺麗に消えたゆえ……死んだと確信しておった」
クリエは視線をインベントに向ける。
「まあアイナの件が一番驚いたが、インベントもインベントよのう。
まさかルーンに人格を乗っ取られるとは。
ふむ、その人格は死んだか?」
インベントは目を丸くして驚く。
「いやいや! 生きてらっしゃいますよ!」
「ほう、そうなのか」
「アイナの念話ならお話しできますし、俺も極度の疲労状態なら会話できるんですよ~。
グフフ、この前も『ホクトシチセイ』が見えたし――」
インベントの眼前で光が点滅する。
インベントは「あ、これは言っちゃいけないやつだ」と口を閉ざす。
アイナは訝しみ「おい、なんか隠してんのか、やっぱり」と追及するが、インベントは首を振って否定する。
クリエは口元に手を当てた。
「なるほどのう。
インベントと初めて会った時――ロメロの阿呆と一緒に来た時か。
あの頃は黒い風が渦巻く程度じゃったが、徐々に大きくなっていった。
黒い旋風のようだったが、アイナが死んだと勘違いしたタイミングで霧散したはず。
しかし……確かに綺麗に馴染んでいるようにも見えるのう」
インベントは「色々あったんで」と呟く。
アイナの顔を見て、再度「色々あったんで」と呟いた。
ここでアイナはずっと感じていた違和感の正体に気付く。
「あ、あの、クリエさん」
「なんじゃ?」
「アタシの未来予知と、インベントの未来予知なんですけど……。
う~ん、なんて言うかな、その~、インベントのほうが詳しいというか正確というか。
言葉にし難いんですけど、アタシってなんかインベントのついでみたいな感じっていうか……」
クリエは「聡い子じゃな」と笑みを浮かべる。
(まいったのう。
『宵蛇』の権力を振りかざして、インベントには都合良く動いてもらおうと思っておったが、これはとんだ誤算)
クリエはアイナとインベントを見た。
対象を見れば【読】のルーンが、その後の人生を予知してくれる。
年老いた者や保守的な者に対しては精度が非常に高い傾向がある。
逆に言えば若年者や好奇心旺盛な者が相手だと、確定的な未来は見えない。
枝葉のように未来が分岐していくため、漠然とした未来しか予測できないのだ。
ではインベントはどうか?
(ふふ、これは酷い)
一寸先の未来さえ予測できないほど、枝分かれした未来――
というよりもとっ散らかり暴れる風がクリエには見えた。
そもそもクリエの未来予知は『門』を開いたものに対しては殆ど機能しない。
インベントも同様なのだが、同じく『門』を開いた弟のデリータやロメロと比べても予測不能具合は際立っていた。
そしてアイナ。
アイナの未来はインベントに巻き込まれていくことと、ところどころで死が見えた。
しかし死の予知さえアイナ――いやインベントとアイナは覆してくる。
(さてさて、どうなることやら)
クリエにも、ふたりがどう転んでいくのかはわからない。
それでも――クリエはある目的のためにインベントを動かさねばならないのだ。
「そうじゃのう、まずは未来予知の話からしようか」
求める未来に向け、話しを進めようとするクリエ。
だが――
今のところ傍観者を決め込んでいる主人公が、どう転んでいくのかは誰にもわからないのだ。




