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火にガソリン

 右手で持っていた小さなパン。

 握りしめるといつの間にか左手に。

 口に入れたかと思いきや、右手に戻っていた。


「わあ~、お兄ちゃん凄いね」


 喜ぶ少年に対しインベントは力無く笑い、また右手のパンを消した。

 両手を重ねて開きパンを持っていないことをアピール。


 少年の視線は掌に釘付け。パンの出現を絶対に見逃さぬよう目を見開く。

 だが少年の視界よりも上から、パンは掌に降ってきた。


 大喜びの少年は、母親に呼ばれインベントの元から去っていく。

 手を振るインベント。左手の具合を確かめる。


「うん、もう大丈夫」


 インベントの左手は完全に回復していた。

 幾多のモンスターを欺いてきた収納空間技能でマジックもお手の物。


 だが――


「まだ十四日か……。

 二十日は長い……長すぎる……」


 アイナに言い渡された謹慎期間は二十日間。

 カイルーンの町から出ることも許されていないインベント。


 心にぽっかり穴が空いたかのように、収納空間もほぼ空っぽ。

 入っているのは多少の食料だけ。


 毎日二回、アイナからの厳しい収納空間の中身チェックが行われている。

 さすがのインベントも、なにも入っていない収納空間ではモンスター狩りもできない。


「……寝よ」


 謹慎期間中、インベントは可能な限り眠り続ける。

 眠れなくても布団に入り、無理やりにでも眠ろうと試みる。


 身体の回復のため? 否。

 モンスターを狩ることのできない現実から逃避し、モンスターを狩れる世界の夢に浸るために。


**


 謹慎十五日目。

 アイナは昼過ぎ、森林警備隊本部から帰ってきた。


「おーい、インベント。出てこーい」


 目が冴えに冴えているが布団の中にいるインベント。

 アイナの機嫌を損ねたくないので、急いで部屋を出た。


「なあに?

 ……どうしたの? 機嫌悪いの?」


 明らかにご機嫌斜めのアイナ。


「ハア~。かったるい。

 ほれ」


 アイナはあるものを手に持った。

 それを見てインベントは目を見開く。


「て、手紙!」


 アイナはぶっきらぼうに手紙を手渡した。


「懲りもせず、ま~た来やがった。

 ったく、誰が出してんだか」


 インベントはいそいそと手紙を開く。


「なになに。

 『南西に強力なモンスターが現れる。急ぎ向かわれたし』――だって!」


 生気を失っていたインベントの顔が明るくなっていく。

 だがアイナはインベントから手紙を奪い取った。


「行かせねえからな」


「え!? なんで!?」


「謹慎中」


「で、でも!? もう腕も治ったし!」


「知るか。謹慎は二十日だ。

 アタシが二十日って決めたから絶対二十日間は謹慎だ」


 食い下がるインベントだが、アイナは断固拒否した。


「これまでは、まあしゃーなしに許可してたけど、その日に帰れねえようなモンスターまで狩らせるのはおかしいだろ。

 『宵蛇よいばみ』が絡んでるんだろうけど、律儀に付き合う必要も無いし」


「ええ!?」


「そもそも差出人不明ってのが気にくわねえ。

 本当にお願いしたいなら頭下げに来いって話だろ。

 アタシの隊のだ~いじな隊員をこき使わせるわけにはいかないな」


 アイナは優しくインベントの手を握る。

 わざとらしい笑みを見せた後――


『忠告しとくけど、こっそり抜け出したりしたら、許さねえからな』


 念話で脅すアイナ。

 それはインベントだけでなく、シロとクロにも向けられたメッセージ。 


『りょ、了解です!』

『右に同じ~』


『シシシ、シロもクロも納得してくれたぞ~』


「そ、そんなあ~」


 謹慎期間は続く――


**


 十八日目。


 インベントの身体を襲う謎の筋肉痛と頭痛。

 寝過ぎの弊害である。


 普段は極度の疲労状態にならなければシロとクロには会話できないのだが、なぜか会話が可能な状況。

 だが毎日十二時間以上寝続けるなど再現性が低く、あまり役に立たない。


「う~だるい」


 頭を抱えるインベント。

 休めば休むほど調子が悪くなっていくインベントを見て、謹慎を言い渡したアイナもいたたまれない気持ちになっている。

 しかしもう十八日目。あと二日の辛抱。


 アイナは心を鬼にして「散歩でも行ってこい」と言う。


『そ~だそ~だ。散歩して間違えて森に行っちゃおうぜ』

『バカバカ、あと二日で謹慎終わりなんだから!』

『まっじめだな~、ま、散歩に行こうぜ~。

 私たちもゲームばっかりじゃ疲れちまうし』

『日の光を浴びないと』


 インベントは皆の意見をひっくるめて、「は~い」と気怠い声で返事した。


**


 カイルーンの町を練り歩くインベント。

 活気のある町の空気を感じても、インベントの心は晴れない。

 モンスターの気配が欲しい。


 自然と大通りを避け、狭く、日陰の道を進んでいく。


 吸い込まれるように人気のない行き止まりにたどり着いた。

 そして行き止まりには誰かがいた。


「久しいのう」


 まるで待ち合わせしていたかのように自然と声をかけられるインベント。

 「誰?」と言おうとするがインベントのその人物を知っている。


「あ~……えっと、クリエさん?」


「ほほう、よく覚えておったのう、関心関心」


 クリエ・ヘイゼン。

 幼く美しい容姿の少女だが、年齢は60を超えている。


 現在は『宵蛇よいばみ』のリーダーである弟のデリータの代わりに、『宵蛇よいばみ』に同行しているはずなのだ。


 つかつかと近寄ってくるクリエ。


「のう、手紙は届いておらんのか?」


「え?

 手紙……手紙!?」


「せっかく強いモンスターの居場所を教えてやっているのに、無視されるとは悲しいものよ」


「ああ~、あの手紙はクリエさんの手紙だったんですね!」


「まあのう。

 して、どうしたんじゃ?

 実際に会うのは久しぶりじゃが……随分とたくましくなった。

 ピットを向かわせたのは正解だったようじゃな。

 しかし……顔色が悪いな。まさか病気か?」


「いや、別に」


「だったらなぜモンスターを狩りにゆかんのじゃ?」


「う~ん……謹慎期間中でして」


「謹慎? 森林警備隊から言い渡されておるのか?」


「いや~……怖い怖い隊長命令でして、ははは」


 クリエは物憂げな顔をした後――


「あいわかった。

 面倒じゃが私が話をつけよう」


「え?」


「その謹慎とやらをすぐに解除してやると言っておるのじゃ。

 さすればモンスター狩りに行けるじゃろう。

 さ、隊長とやらのもとへ案内せい」


 インベントは目を輝かせた。


「そ、そんなことできるんですか!?」


「まあのう、いまの私なら造作もないことよ」


 クリエは現在、代理とはいえ『宵蛇よいばみ』の隊長を務めている。

 『宵蛇よいばみ』隊長からの命令ならば、大抵の無理は通る。


「それじゃさっそく行きましょう!」


「ホホ、急くな急くな」


 クリエはインベントに連れられ家に向かう。


「はて?

 本部に行くのではないのか?」


「ん? 今は家にいますよ」


「ほお、そうなのか」


 クリエは多少疑問に思ったが、気にせずついていく。

 そして到着した。


「ここですよ~!

 さ、どうぞどうぞ!」


「お、おいおい」


 クリエからすればインベントが所属する隊の隊長の家。

 見ず知らずの人間の家にずけずけと入るわけにはいかない。


 だがインベントはまるで自分の家に入っていくかのように――


「たっだいま~!」


 現状が理解できないクリエは覗き込むように家の中を見た。

 インベントは家の奥へ向かい、見えなくなった。


「お~う、おかえりおかえり。

 随分元気になって戻ってきたな……ってさては森に行ったんじゃねえだろうな!?」


「い、行ってない! まだ行ってない!」


「だったらな~んでそんなに元気なんだよ。

 イイコトあったんじゃねえのか~? ホレ言え、白状しろ」


「ち、違う。イイコトはあったけど、森には行ってないってば。

 ほら、お客さんだよ」


「客? アタシに?

 インベントが連れてきたのか? うそだろ~」


「ほんとだってば」


 インベントとアイナのやり取りを聞いてクリエは思う。


(随分、仲が良いのう。

 まさか隊長とは恋仲なのか?

 しかし……どこかで聞いたような声じゃのう)


 インベントを押しのけ、ひょっこりと顔を出したアイナ。

 クリエと目が合う。


「あらら?」


 インベントが客を連れてきたことなど皆無に等しいため、半信半疑だったが客がクリエであることに驚く。

 ただし、驚くといっても多少びっくりした程度。


 だが――


 綺麗な顔を大きく歪ませたクリエ。

 沈着冷静なクリエとは思えない表情。


 そして――



「な、な、な、なんで生きておるのじゃ!?」

「……は?」

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