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火に油

 森林警備隊の隊員には死が付き纏う。

 昨日まで元気だったのに、翌日唐突に死んでしまうことも多々ある。


 だが行方不明や失踪してしまうケース――つまり死亡確認ができない状況は非常に稀である。


 部隊がどこに行くのかは事前に決められているし、仮に危険区域内で全滅した場合でも、発見は遅れるかもしれないが後日別部隊がなにかしら痕跡は発見することが多い。

 生き死には白黒はっきりする。


 そして死亡した場合、近しい人たちは死をすんなり受け入れる。

 死を悼みはするが、長期間悶々と苦悩したりはしない。

 死が隣にあるからこそ、ドライな死生観を持っている。


 森で生まれ、森に還っただけ。


 だから、もしもインベントが死んでしまったとしたら。

 アイナは悲しむが、受け入れる。


 だが――

 インベントは個人行動で、どこに行ったのかも不明。

 そして深夜になっても帰ってこない。


 アイナは慌てた。

 眠気も吹き飛んだ。


 現在のインベントは常軌を逸した強さであることをアイナは誰よりも知っている。

 だから死ぬとは思えない。


 しかし実際問題、帰ってこない。

 だとすればモンスター狩りの際に死亡した可能性が一番高い。


 だが違う可能性も残されている。

 モンスター狩りが楽しくて、帰りが遅くなっているだけなのかもしれない。

 インベントの性格ならば大いにあり得る。だから一睡もせず待ったが、残念ながら翌朝を迎えてしまった。


 もしかすれば怪我で病院にいるのかもしれない。

 朝一番で病院に向かうアイナ。

 だがインベントはいない。


 森林警備隊本部で確認してもインベントの情報はなにも無い。


 仕方なくアイナは家と病院を何度も往復した。

 ふらりと帰ってくるかもしれないし、怪我をして病院に行くかもしれない。


 アイナにできることはそれしか無かった。


**


 夕刻までろくに食事もせず、睡眠もとらず、アイナは疲労困憊。


 インベントが森の奥深くで死んでしまった場合、一生死亡確認はできない。

 死よりも厄介な行方不明状態。


 アイナは家で一息ついていると、咳き込んだ。

 喉がカラカラに乾いていることに気付く。


 水でも飲もうとした時――


「たっだいま~!」


 何事も無かったかのように、楽しそうな声のインベントが帰ってきたのだ。


 玄関に立つインベント。

 アイナは目を見開いてインベントを見た。


 そしてなにか言おうとして止めた。


 ゆっくり二歩三歩と進み、徐々に速度を速めていく。

 そしてインベントの胸に飛び込む。


 ――――飛び込むぐらいの勢いで、


「死ねえ!」


 思いっきりインベントの頬をビンタした。

 インベントの顔が歪み、床を転げまわる。


「い、痛ったーい!」


 頬の痛み――それよりも負傷している左手を柱にぶつけた痛みで悶絶するインベント。


 アイナは息を整えながら、飲みかけていた水を飲みに戻る。

 渇いた喉で叫んでしまったため痛む喉を潤す。


 そしてうずくまり悶絶しているインベントの元へ。

 インベントの背部でしゃがみ、低い声で囁くように語りかける。


「おい、テメエ」


「は、はいぃ」


「前に言ったよな、夕方までには帰ってこいって」


 インベントは「い、今は夕方だよ」と冗談交じりに言うが、アイナはすかさず肩甲骨を強めに殴る。


「い、痛い! す、すみません」


 アイナはやっと、インベントの左腕の怪我に気付いた。


「左手……どうしたんだ?」


「あ、いえ……なんでもないです」


「なんでもないわけ無いよな?」


「は、はい。

 ちょっと……怪我しまして」


「…………」


 インベントは黙っているアイナを不思議に思い、振り返る。

 アイナの目は冷たく、明らかに怒っている。


「実は……結構な怪我です。

 左肘が折れちゃってまして……アハハ」


「さっさと病院に行け! バカチン!」


「は、はーい」


 インベントは起き上がり、愛想笑いを浮かべ家から出ようとする。

 だが――


「おい」


「は、はい? なんでしょう」


「帰ってきたらお説教だからな。

 ちゃんと、事の顛末を話してもらうからな。わーったな?」


 インベントは歯切れよく返事しようとした。

 だが、顛末を全て話すわけにはいかないことを思い出す。


 クロに合意の上とは言え、乗っ取られたことは話してはいけない。

 クロとの――師匠との約束だからだ。


 結果、「うん」と頷きながらも視線を逸らしてしまうインベント。


「……ナンダ? 言えないことがあるのか?

 コラ、おい、なーにしてやがったんだ? おい」


「ちゃ、ちゃんと話しますー!

 病院行ってくるね!」


**


 病院から帰ってきたインベント。

 椅子に座り待っていたアイナ。


 アイナが顎をクイっと動かし、座るように指示した。

 何度も頷きながらいそいそと座るインベント。


「で、どうだった?」


「え?」


「腕」


「腕……ああ、腕ね!

 大丈夫だって」


「あ?

 三角巾で釣ってある腕が大丈夫だってのか?

 カイルーンの病院連中は頭おかしいのか?」


「そ、その…………五日ぐらい安静にって」


 アイナは机に肘をつき「五日?」と呟きながら睨む。


「……いえ、七日…………本当は十日です」


 アイナは大きく、深く大きく溜息を吐いた。


「わかった。二十日間安静だな」


「え!?」


「二十日間、し~っかり身体を休めないとな。

 当然、筋トレも自主練も全部禁止だ。モンスター狩りも」


「え、えええ!?」


 アイナは机を思い切り叩く。


「うっせえ! 二十日って言ったら二十日だ!

 そんなことより、なんで丸一日帰ってこなかったのか説明してもらうか。

 それができねえなら、二十日以上謹慎してもらうからな。

 ほれ、さっさと話せ」


**


 観念したインベントは昨日から現在までの状況を事細かに話した。

 なんとかクロの件だけは誤魔化すことに成功したが、人型モンスターが人間である可能性が高いことも全て話した。


 にわかに信じがたい話だったが、アイナは全て信じた。

 むしろ辻褄が合うとも思った。


「なあ、『黒猿クロザル』のこと覚えてるかインベント」


「うん、もちろん」


「アイツ……泥が嫌いだったんだろ。

 もしかしたら、潔癖症の人間だったのかもな」


「あ~……なるほど」


 アイナは目を擦り、欠伸を噛み殺し立ち上がる。


「ま、今後人型モンスターが現れるかどうかはわかんねえけど、今日はもう休もうぜ。

 さすがに眠い」


「は~い」


「ああ、間違えた」


「ん?」


「今日も休もう。

 二十日間の療養だからな、ニシシシ」


「え!? 二十日って本当に? 長すぎるよ!?」


「うっせえうっせえ。頭冷やすためにもしっかり休め」


「そんなああああ!」



 インベントの苦痛と絶望に満ちた二十日間が始まる。

 だがアイナの平穏な日常が戻ってくるわけではなかった。


 とある来訪者が更にアイナを苛立たせるのだ。

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