I have a dream
思惑通りにことが運び興奮するクロ。
師匠の致命的一撃を見ることができて大興奮のインベント。
『まだ終わってないでしょ!
トドメささなくていいの?』
そんなふたりに対し水を差すシロ。クロはやれやれと頬を掻く。
「ま~ったく心配性だな。
ピクリとも動かないし大丈夫じゃね?」
『で、でも、なんか変だよ』
「あん? なーにが?」
『ほら、血も流れてないし』
クロは『白猿』に目をやる。
うつ伏せ状態の『白猿』は、腹部に穴が空いているが臓物はもちろん血一滴も流れ出していかなった。
「確かにな~。よくわからん構造だ。
うーん……サイボーグ?」
『そんなバナナ』
「古い、古いな~シロちゃんよう。
んじゃま、死亡確認でもしてみっか」
『あ、危ないよ! 死んだふりかもしれない!』
「だったらどーすんだよ」
そんなこんなしている間に、『白猿』の両腕が震え始めた。
固唾を飲んで見守るインベントたち。
両腕で上体を少しだけ浮かせるが、それ以上は動けない様子。
酷く衰弱しているのは間違いなかった。
そのまま横向きに倒れてしまった。
「オデ……オゲ……オニイ……アン……」
全身の体毛が抜けていく。
身体も一回り小さくなる。
衰弱死へ向かっているのかと思いきや、腹の穴の周囲がウネウネと蠢く。
「あ~再生してんな~。『黒猿』の時も再生してたし。
なんかもうモンスターというかクリーチャーじゃね?
さて、シロ~、ベン太郎~。
トドメ刺しちまうか? 完全復活はしないと思うけど――む? お? お?」
クロは手槍を構えるが、身体が後ずさりしてしまう。
手負いの『白猿』を見て、インベントが抱いていた疑惑は確信に変わりつつあった。
『白猿』がモンスター化した人間ではないかという事だ。
抜け落ちていく体毛だが、頭部にはしっかりと毛が残っており、それはまさに髪。
いまだに毛深すぎるものの人間だと思って見れば人間にしか見えなくなっていく。
「ア、ア、オア」
再生しつつある腹部を押さえる『白猿』。
その様子は腹部の激痛に苦しむ男性に見えてくる。
「あ~人間確定かこりゃ?
こりゃまた……めんどうなことになった」
クロとしては『白猿』が人間かどうかはあまり興味が無い。
ただ、人間だと判明してしまった場合、殺害してしまうとインベントに心理的な負担になる可能性がある。
人間かモンスターか、曖昧なまま終わらせたかったのが本音だ。
(救出ルートとか想像しただけで面倒なんだけど……。
う~ん、ここは待ちの一手だな)
「このまま少し観察してみようか。
ってことでオッケー? シロ、ベン太郎?」
『いいと思います!』
「へ~い」
**
腹部の穴は塞がっていく。
だが完全に元通りではなく、大きく窪んでしまっている。
ずっと呻き声をあげ続ける『白猿』。
腹を捩ったり、頭を地面に打ち付けたりしている様は明らかな苦悩を表現していた。
そして呻き声に変化が。
「オデハオニイサン、オデハオニイサン、オデハオニイサン、オデハオニイサン、オデハオニイサン――」
幾分明瞭になった声で連呼するようになった。
連呼するスピードは徐々に速まっていく。
続けて、連呼し続けたまま、首をブンブンと左右に振り続ける。
そして地面が抉れるほど頭突きを繰り返す。
『怖い怖い。ねえ、なんなのアイツ!?』
「なんかやべえ。というか予測不能過ぎる。
おい、暴走するんじゃねえか? 『黒猿』の時みたいに鬼化すんじゃね?」
『黒猿』は追い詰められた時、角が生え、幽力の剣を具現化した。
『白猿』も同様にパワーアップしてもおかしくはない。
だが、その心配は杞憂に終わる。
自らの頭突きで押し固められた地面に、全身全霊をこめた頭突き。
数秒間停止。
そこからゆっくりと上体を起こし、天を仰ぐ『白猿』。
そして――
「俺は……お兄さんじゃ――――無い」
あまりに明瞭な発言に、インベントはもちろんシロもクロさえも息を飲む。
間違いなく人間の声。
思考停止状態のインベントたち。
クロは「どうする?」と問いかけ、これからの動きを決めなければと思い立つ。
が、誰よりも判断が早かったのは『白猿』だった。
「あっ」
『白猿』は茂みに飛び込んだのだ。
すぐに頭を切り替え、臨戦態勢に入るクロ。
これまでと行動パターンが大きく変わってもおかしくないからだ。
茂みからの奇襲、木から飛び跳ねて、それとも空中からの急襲。
考えられるパターンと、予想外の展開でも対応できるように万全の準備。
だが――
「あっれ?」
静かな森は静かなまま。いくら待っても静寂が続く。
「……逃げられちった?」
**
一向に襲ってこない『白猿』。
逃げたのかと思ったが、もしかしたらじっと潜伏し様子を伺っているのかもしれない。
最悪のケース、町まで尾行され就寝時を狙って殺されるかもしれない。
『白猿』は人間に戻ったのかどうかは判断が難しい。
さらに行動原理もよくわからなければ、目的意識があるのかもわからない。
クロは上空から充分に索敵し、地上でも索敵を実施。
その後、追跡されていたとしても撒けるように森の中を高速移動。
万全を期すために町とは違う方角へ。
**
「さすがに、もう大丈夫だろ」
『うん……多分ね』
大きく背伸びするクロ。
「そいじゃ、そろそろ帰るとしますかね~。
いざ出発~」
『ちょっと! もうベンちゃんと入れ替わっても大丈夫でしょ!
いつまで居座る気よ!?』
「カカ、バレたか」
『アイナちゃんに言いつけるよ?』
「ペッペッペ!
シロだって同意の上だったじゃねえかよ。
バレたらシロも一緒にお説教だな」
『な、なんで私まで!?』
「カッカッカ、チームインベントは一心同体、そして一蓮托生なのだ。
ま、私は怒られたくないので……。
お~いベン太郎。アイナっちには今日のこと言うんじゃねえぞ。
約束だからな! 絶対だぞ!」
そう言い残しクロは憑依状態を解除した。
インベントは元気に「了解です!」と言い、カイルーンの町目指して飛び立つのであった。
**
インベントは今日の出来事を思い返していた。
木に拘束されていた『深き泥沼の龍王』を発見し、拘束を解除していざ戦おうとした時に現れた『白猿』。
『深き泥沼の龍王』は『白猿』に敵意を燃やし、そのまま燃え尽き、その生涯を終えた。
そして『白猿』と戦うことになり、今に至る。
(変なモンスターだったなあ。
あれはやっぱり人間なんだよねえ。
自然発生……じゃないよなあ。
人為的に……創られたのかな)
インベントは人型モンスターが本物の人間であることを知った。
インベントは人間を殺めてはいけないことを知っている。常識である。
その常識はモンスターは殺しまくっても構わないという常識と共存できると思っていた。
(人型モンスターを殺せば、人殺しになるのかな~?
そう考えると……『黒猿』は殺しちゃったけど)
道徳的な問題に頭を悩ませるインベント。
だが、そこまで深く考えているわけでは無かった。
今後は人型モンスターに関わらなければ良いだけだからだ。
それよりも――
そんな些細な事よりも――
「ふふ、うふふ」
『白猿』との戦いを通してインベントはひとつの夢ができた。
密かに抱いた、荒唐無稽な夢。
その夢が叶うことを想像し、インベントは満面の笑みを浮かべながら家路につくのであった。
……激怒しているアイナが待つ家に。




