どんまいラホイル③
「無理無理無理無理!!!!」
ラホイルは震えていた。
「おい! 集中しろ!」
「そ、そんなん言われても無理無理!」
ノルドは完全に逃げ腰のラホイルの首根っこを掴んだ。
「モンスターの気配を感じるだろ? 気配はどこから来ている?」
「そ、そんなんわかりませんがな!」
「わかるはずだ。わからないなら何故そんなに震えているんだ?」
「こ、こんなモンスターの気配だらけの場所にいたら怖いに決まってるでしょう!!」
ノルドは納得した。
「なるほどな。良い勘をしている」
ノルドはハンドサインでインベントに指示を出した。
それに反応し、インベントはすぐに駆ける。
「ラホイル、こっちを見ろ」
「え?」
「インベントがDランクのモンスターを殺しに行ってる。
恐らく20秒もせずにモンスターは絶命するだろう。
モンスターの命の気配を感じろ。消えていく気配を感じてみろ」
ラホイルは恐怖の中、ノルドに言われたとおりにインベントの駆けていった場所に注意を傾けた。
「――あ」
「どうだ? 感じたか?」
「は、はい……気配が少しずつ薄くなっていってます」
「よし――今の感覚を忘れるなよ」
「は、はい」
飴と鞭。
鞭だらけの環境の中で一かけらの飴。あんまり美味しくない飴。
「よし……次だ」
「え?」
ノルドは更に進む。
「も、もう大丈夫ですよ!!」
「感覚を掴んだなら継続して血肉にしろ」
「い、いや……」
「さあ、こっちだ」
後ろから見ているロゼは――
(ノルド隊長……こんなにスパルタな面もあったんですわね……)
と思った。
(だけど……こんな方法でモンスターを探知することができるなんて知りませんでしたわ。
ノルド隊長独自の技術かと思っていましたが……ラホイルもできるのであれば、もっとたくさんの人に習得させれば……)
ロゼは感心しつつも――
(でも【馬】か【猛牛】じゃないとできないスキルみたいね。
……先人の知恵を学べるのはラッキーね。ラホイル)
おもむろにロゼは触手を少し出した。
(【束縛】はレアなルーンだから誰かに教わる機会は皆無と言っていいわ。
レアなルーンも良し悪しね)
そんなことを考えながら、ロゼは微笑ましく二人を眺めていた。
**
午後の時間はあっという間に過ぎていく。
――ラホイルの悲鳴とともに。
「いやいや! こっちはアカンですって!」
「そうだ。こっちは危険だ。恐らくCランクのモンスターがいるからな」
「だ、だめですやん!」
**
「こ、こっちもダメですダメです!」
「ほう? 何故だ?」
「な、なんかいっぱい……おるんですよ!」
「そうだ。恐らくラットタイプモンスターがいる。
ラットタイプは、ネズミを引き連れている場合がある。
モンスターを殺そうとしたら、ネズミが飛びかかってくることがあるからな」
「わ、笑いながら言うことじゃありまへんって!!」
**
「こ、こっちはホンマにあきまへん!!」
「ん? こっちはDランクのモンスターだと思うぞ」
「い、いやいや! 絶対あきまへんよ!!」
ノルドはインベントに指示を出し、モンスターを狩りに行かせた。
「フン。どうだ? Dランクだったろうが?」
「い、いやいや! やっぱりこっちはあきまへんって!」
「もっと感覚を研ぎ澄ませ」
「も、もうええですってーーー!!」
ロゼは思った。
(不憫ね)
――と。
****
日が落ちる前に駐屯地に戻ってきたノルド隊。
いつも以上にモンスターを狩れてインベントはホクホクしていた。
それに比べラホイルはゲッソリしていた。
心なしか頬がこけたように見える。
「お! お疲れ様です!」
マイダスがノルド隊を見つけ、声をかけた。
「ああ、マイダス」
「お疲れ様です! ノルド先輩」
マイダスはノルド隊の帰りを待っていたのだ。
「ラホイル! どうだった! ノルド先輩は凄かったろう?」
「え、ええ」
「はっはっは、色々刺激になったんじゃないか?」
ラホイルは今日一日を思い返す。
大量のモンスターが殺され、大量のモンスターの気配を感じる一日だった。
刺激を感じ過ぎている。
「……うぷ」
マイダスは、ノルドの戦い方や、同期のがんばりを見て刺激になったんだと思っていた。
「これからは駐屯地勤務だからな~、時間があるときはまたお願いしてもいいですか?」
ノルドはめんどくさそうにしつつも「構わん」と応えた。
だが――
「……も」
「ん?」
「もういややああああああああああああ!!」
ラホイルは駆けだしていた。
「お、おい! ラホイル!!?」
任務初日に足を切断されたラホイル。
足の傷は完治したと言っていいが、心の傷は治りきっていない。
そして本日、心の傷は更に深くなっていった。
もちろんその後、ラホイルがノルド隊に参加することは無かった。
**
後日談――
ラホイルはその後、ノルド隊の面々を避けるようになっていた。
ノルドは持ち前の気配を察知する力で、ラホイルが避けていることを把握していた。
(う~む……やりすぎたか)
マイダスからも「何をしたんですか!?」と怒られてしまい、多少なりとも責任を感じていた。
(そもそも足首切断してたなんて知らねえよ……)
マイダスとしてはリハビリの一環のような感覚でノルド隊にラホイルを預けたのに、実は最前線だったのだから仕方ないのである。
「……避けられてますわね」
そう声をかけてきたのはロゼだ。
「お前も気づいていたか?」
「まあ、同じ駐屯地ですのに、あれ以来一度も会っていませんからね」
「ちっ……まあ仕方ないな」
そしてノルドは「有能なんだがな」と呟いた。
「有能ですか?」
ロゼはノルドから「有能」と言う言葉が出たことに疑問を持った。
「ん? ああ……まあな」
「そんな風には……その……見えなかったんですけど」
「ふん」
ノルドは「まだまだ甘い」と言わんばかりにロゼを見る。
「やかましくて、怖がりで、口は達者だが腕はまだまだひよっこの取るに足らない同期だと思ったのか?」
「いえ……そこまでは言ってません」
ノルドは「カカカ」と笑う。
「いいか。あいつは臆病で未熟だ。
だが恐怖心は何もお化けを恐れて震えているわけじゃない。
あいつは漠然とだがモンスターの雰囲気を感じ取っているから怖がっているんだ」
「なるほど」
「それも恐らく……俺よりも探知範囲は広い」
「隊長よりもですか?」
「ああ。恐らく【読】と【馬】のお陰でかなりの範囲のモンスターを探知できるはずだ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
ロゼは混乱した。
「なんだ?」
「え、【馬】がモンスターを探知できるのは隊長を見ていたので理解できます。
その……野生の勘性を研ぎ澄ますことでモンスターの位置を把握するんですよね?」
「まあ、そんな感じだな」
「ですが【読】でモンスターの探知なんて聞いたことがありませんよ?
そもそも【読】はかなりの人数がいますよね?」
【読】はポピュラーなルーンである。
能力は動物の考えが理解できたり、風向きを読むことができる。
第六感を得れるルーンだと認識されているが、解明されていないルーンともいえる。
「【読】ってのは、動物とコミュニケーションができたり、風向きを読めるルーンだ」
「そ、そうですよね」
「【読】ってのは奥が深い。というよりは何ができるのかよくわからねえ。
人によっては雨を予測したりできるやつもいるが、大して何もできないやつもいる」
「そ、そうなんですね」
ノルドはある人物を思い出していた。
「まあ【読】は【読】の奴でないとわからないことも多いんだ。
そして恐らくラホイルのルーンである【読】は何かしら探知範囲に影響を与えている。
あいつがあれだけ臆病なのは、単に怖がりだからではない。
恐らく感じているモンスターが俺以上に多いんだろう」
ロゼは信じられないような、納得できないような顔をしている。
【読】はそれぐらいありきたりなルーンだからである。
「ルーンなんて全てがわかっているわけじゃないんだぞ」
「え?」
「ルーンは二つ持っている奴も多いが、組み合わせで誰も知らなかった効果を発揮する可能性だってある。
それに使い方次第では、今まで誰もやってこなかったことができるかもしれない。
……身近にいるだろ? そういう変人が」
ロゼは「インベント」と呟いた。
「フン……喋りすぎたな。
まあ、ラホイルは恐怖心を克服し、場数をしっかり踏めば俺以上に優秀な探知役になれる。
とはいえ……避けられているからな。こればかりはどうしようもない」
ぶっきらぼうに言い捨ててノルドは去っていった。
(レアなルーンだからと言って胡坐をかいているわけにはいきませんわね。
私も、もっと鍛錬しなくては……)
ハートブレイクしたラホイルが覚醒するのは…………いつになるのだろうか。




