白猿
「ヘッヘ、当たらねえっての」
『白猿』の攻撃は全て空を切る。
否、攻撃は収納空間を切る。
クロは手を伸ばせばすぐに攻撃が届く距離をキープしつつ――
「あ、そうそう、ベン太郎。
この完全物理無効技である『闇渦・改』は覚えなくていいからな~。
対人でしか使い物にならねえからさ」
余裕綽々でインベントに話しかける。
危険極まりない行為に見えて、中途半端に距離を保つよりも接近してしまった方が安全と判断したのだ。
『闇渦』はクロがインベントを初めて乗っ取った時――
ルベリオとの戦いの際に使用した技である。
相手の攻撃をゲートに入れてしまう『ゲートシールド』を巧みに操り、ルベリオの攻撃を完全に無効化したのが『闇渦』である。
ただ『闇渦』は、ゲートが直径30センチメートルしかないことや、ゲートの縁は非常に不安定であり、攻撃をしっかりとゲート内に納めないといけないなどの制約がある。
直線的な攻撃以外には使用できない技だったが、『闇渦・改』はゲートを相手の攻撃に合わせて動かせるように調整している。
その結果、『白猿』の横薙ぎ攻撃に対しても使用可能になった。
『闇渦・改』は相手をプレッシャーをかけるという点では非常に有効。
現に『白猿』も戸惑いを隠せていない。
とは言え、どれだけ改造してもやはり使い勝手の良い技ではない。
相手の攻撃をしっかりと見切らなければならないし、なにより小さなゲートに納まる攻撃しか防げない。
「ははっ、ほいっとな」
『白猿』の両手を大きく広げた突進を、クロは華麗に回避。
広範囲攻撃に対しては『闇渦・改』でも無力なのだ。
つまり大型モンスターに対してはほとんど使い道が無い。
クロもそれは重々承知している。
だからこそ『闇渦・改』は対人技なのだ。
クロは来るべき時のために複数の対人技を用意している。
『闇渦・改』はその技の一つ。
そして――
「クックック、中々い~い実験台だ」
『白猿』の攻撃を嘲笑いながら避け続ける。
『闇渦・改』を試しつつ、久方ぶりの憑依状態の具合を確かめている。
『白猿』は人間よりも一回り大きいものの、実験台にはぴったりなのだ。
「ふふん」
クロはご満悦。
(やっぱり……育成ゲームよりアクションゲームのほうが楽しいよな~。
カカカ、こっそりと乗っ取っちまおっかな。
……ハア。さすがにそりゃ無理か。
アイナっちもシロも激怒しそうだし。
あ~今日のこともベン太郎には秘密にしてもらわねえとな。
アイナっちにバレたら何されるかわかったもんじゃない。
む?)
決して簡単ではない作業を、難なく淡々とこなすクロ。
少し飽きてきたところ。
そんな時――
(おっ? 行動パターン変わったな)
ただただ真っすぐに攻めてきた『白猿』が、斜め上に跳ぶ。
目で追うクロ。
「な~るへそ」
『白猿』は空中で鋭角に曲がり、急接近。
インビジブルウォールを利用した動きを織り交ぜてきたのだ。
(ハハハ、インビジブルウォールを使わせないために接近戦してたんだけどな。
なかなか知恵が回る……ってやっぱり人間なのかねえ~?)
クロは慌てず、限りなく予備動作を見せずに回避。
『白猿』はクロはなにをしたのか理解できていない。
「ネタが割れてんだよな~。
カカカ、初見だったら防げなかったかもしれねえけど。
さてさて、少し遊んでもいいけど……そろそろ終わらせないとな。
ふ~む」
『白猿』は再度跳ぶ。
――とほぼ同時にクロも高速移動。
上手くタイミングを外し、『白猿』の攻撃は不発に終わる。
『ねえねえ、フミちゃん』
「んあ? なんだよシロ」
『どうやってやっつけるの?
さっき、グングニールも防がれちゃったよ』
「カッカッカ、どうしようかな」
『え? なんか策があるんじゃないの!?』
クロは左手をやさしく擦る。
「ん~、何個か作戦はあるけども……身体がこんな状態だしな。
サクっと終わらせたいところだ。
ま、見てろって」
クロは『白猿』と大きく距離をとり、上半身をだらりとさせた。
「ケッヘッヘ。
どんなクソゲーでもさ、弱点ぐらいあるもんだろ。
ほ~ら来やがれカスザルちゃん」
上目遣いで睨みつけるクロ。
挑発に乗ったのかはわからないが、『白猿』は勢いよく突っ込んでくる。
そして先程同様に斜め上に飛ぶ。
(クカカ、手間が省けたな。
カウントダウンスタートだ)
『白猿』がインビジブルウォールを使う。
その瞬間――
「い~ち」
そう言った後、『闇渦・改』で攻撃を避けると同時に、『白猿』の勢いを利用し丸太で真上方向に打ち上げた。
「に~い……さ~ん……よ~ん……」
『白猿』は頂点に達する前に、再度インビジブルウォールを使用し降下しつつ攻撃に転じようといていた。
そして狙いを定めるためにインベントを見た。
綺麗に歯を見せて笑うインベント――クロ。
そしてクロとインベントは一つの声帯で、同時に同じことを言う。
「5,5秒」
――と。
そして放たれた手槍。
収納空間を経由し、速度と旋回運動を加えられグングニールに。
インビジブルウォールを連続使用する際のインターバルをしっかり把握していたため、『白猿』がインビジブルウォールを使用した瞬間に、腹部に命中した。
先程は命中箇所の周囲の体毛を吹き飛ばすことしかできなかったグングニール。
だが今回は――
「ほっほっふぁふぁふぁ」
クロとインベントの笑い声が混じり合ったためか奇妙な笑い声が響き渡る。
グングニールは綺麗に『白猿』の腹部を抉り、貫通した。
そしてインビジブルウォールを使用していたため、まるで叩き落されたかのように地面へ。
クロは『白猿』を見て、両手を大きく広げようとした。
だが左腕が折れていることを思い出し、仕方なく右手を高らかに広げた。
「クックック! ハーッハッハッハ!
まさか一撃必殺の大ダメージになるとは、さすが私!
インビジブルウォールなんて大技を使う瞬間は攻撃チャンスなんじゃねえかと思っていたのよ!
いや! 百戦錬磨の私には見えていた!
ジャストスラッシュをしかけるべきタイミングで輝く光が!」
クロは落下してくる『白猿』を貫いた手槍――グングニールをキャッチした。
そして――
「これこそが『致命的一撃』!
絶対防御さえも貫く『致命的一撃グングニール』だッ!」
クロの勝利の咆哮が静かな森で響く。
咆哮は静寂にかき消されていく。
だが、割れんばかりの大歓声がクロには確かに届いていた。
たったひとりの大歓声が。




