優しい乗っ取り
「いや~、エレベータ作戦は失敗だったか~。
ま、失敗を重ねて人は強くなっていくんだぜ、うんうん」
ロープに掴まりゆっくりと浮上していくクロ。
『ちゃんとしなさいよ! ほ、ほら! 来るわよ!?』
「へいへい。
シロはうるさいのよねえ……っと」
クロは右足を蹴り上げるような動きから、つま先部分に反発力を発生させた。
ロープを掴んでいるため、弧を描きながら浮上後停止。
そして通り過ぎていく『白猿』をじっと見ている。
その後も振り子運動をしつつ、じっと見ている。
「ふ~ん。
エレベータはできなかったけど、燃費は良いな。
ゲート一枚使いっぱなしになるけど、案外、この振り子状態使えるかも……カカ」
シロは声をかけようとするが思いとどまる。
おふざけが過ぎると思っていたが、ようやくクロが集中し始めたからだ。
(フミちゃん……集中してる時に邪魔すると怒るからなあ)
さて――
通過していった『白猿』は反転し、飛びかかってくる。
ぶらぶら揺れているクロだが、少しだけ振り幅を大きくした。
『白猿』は手を伸ばすが、全く届かない位置へ。
「はっは~ん」
クロは射貫くような視線を『白猿』に向ける。
振り子状態のインベントに対し、飛びかかり続ける『白猿』。
クロは「カカカ」と渇いた声で笑う。
「ベ……。
いや呼びかけると反応しちまいそうだ。
よ~し落ち着けよ~、心を落ち着かせながら聞くんだぞ~。
返事もいらないぞ~、ベン太郎」
インベントが静かにしていることを確認し頷くクロ。
「よ~し。
さあて、アレだけど……中々気味の悪いモンスターだなあ、ベン太郎。
まさか飛べるなんて予想外だし、度肝抜かれたのは事実。
が、だがしかーし!」
徐々に振り幅が小さくなっていく振り子。
このままでは『白猿』の攻撃が当たる。
だが右肘を小さく動かし、最小限の動きで回避に成功。
「落ち着いて観察すれば、怖くもなんともない。
動きは直線的。それもリーチも短く、攻撃範囲が極端に狭い。
後は空を飛ぶ原理さえわかれば――」
クロは回避した直後、追いかけるように『白猿』の真下に移動する。
『白猿』は万歳するかのように両手を振り上げ、直後、降下してくる。
そんな『白猿』を見て、クロは頷いた。
「クフ、これで確定かな。
おそらくアイツの能力は空中に見えない壁を創る能力。
インビジブルウォール!
類似した能力はデータベースに無いけど……まあ幽壁もあるしその応用かしらね。
あ、だったらインビジブルシールドのほうがいい?
いやいや、壁のほうがしっくりくる!
や~っぱりインビジブルウォールだな。
さてさて、壁の性能としては最低この二つ。
空中に固定できることと、アイツが飛び跳ねに耐えられる耐久性があるってこと」
説明しながら高揚感を覚えるクロ。
それは語りたい欲求を満たしていることと、聞いているインベントが興奮しているため、肉体が喜んでいるため。
「だから飛行というよりも、エアダッシュって感じね。
回数制限とかありそうなもんだけど……今のところ息切れはしてないか。
まあ、それは追々確かめるとして……。
ベン太郎。ちょ~とばかしイレギュラーだけど、アイツも結局モンスターってなワケだ」
クロは再度振り子状態に戻る。
「ククク、モンスター狩りの基本は観察!
特にこっちの世界には残機が無いんだから命を大事にしつつ、相手の行動パターンを徹底的に読む!
カカカ、そろそろ見えてきただろ~?
アイツの飛行能力には欠点が――――」
インベントを通し言葉を話すクロだが――
インベント本人が嬉しそうに「5,5秒!」と叫ぶ。
まるで突然とびだしたゲップのような「5,5秒」に驚きつつも、微笑むクロ。
「ふっふ~ん、正解。
空中だと5,5秒に一回しか移動できないなら楽なもんだ。
このインターバルをしっかり頭に叩き込んでおけば、そこまで難しいゲームじゃないのよ。
地上戦だとアイツの身体能力に加えて、インビジブルウォールを警戒しなきゃならん。
それに比べりゃ、空中戦は私たちが確実に有利ってわけ」
饒舌なクロ。
インベント本人も高揚してきている。
すぐにでもこの乗っ取り状態を止め、『白猿』狩りをやりたくなっているインベント。
だが――
「攻略の糸口は掴んでる。
後はねえ……本当に人間がベースなのかってことか」
インベントの熱がさっと引いていくことをクロは感じた。
クロはポリポリと頭を掻く。
(文字通り、一心同体だからねえ。
考えが手に取るようにわかるもんですなあ)
「へっ」
クロは笑う。
「落ち込むんじゃねえよ。おベンちゃん。
そのために、口煩いシロを納得させてまで私が出てきたってのに」
シロは『誰が口煩いよ』と小さく呟くが無視するクロ。
「私個人としては、基が人間だろうが動物だろうが敵キャラならぶっ殺せばいい。
強かろうが弱かろうがモンスターでもゾンビでもギャングでもなんでもぶっ殺すのが楽しい。
シロみたいにさあ~、女の子の着せ替えやったり、農場経営やったり、男同士をイチャイチャさせてウホウホすることに興味無いのよねえ」
シロは『ちょっと!』と憤慨するが、やはり無視。
「ま、なにが言いたいかって言うとだな。
シロの趣味趣向性癖は全く持って理解できないんだけど、別にそれはそれでイイ。
好きなんだからしゃ~ない。止める気なんてさらさら無い」
シロは『なんか複雑……』と――以下略。
「ベン太郎も一緒だ」
インベントはクロの言葉の真意が理解できず戸惑う。
「カッカッカ、難しい話じゃない
ベン太郎はどっちかというと私寄り。
モンスターを狩りたい。そのために強くなりたい。
そういうゲームを最大限楽しんでる。
楽しんでるんだから外野が水差してんじゃねえって話!
カカ……そう! わかりもしねえやつがしゃしゃり出んなって話!
『そんなにテレビゲームばっかりやってちゃだめよお』とかうっせえんだよ!
何千回と対戦しなきゃ格ゲーなんて強くなれねえっつの!
確率の壁をぶち破るためには周回しまくらなきゃいけない!
将来の心配なんて知ったことか!
私は今この瞬間を最大限楽しんでんだよ!」
ヒートアップするクロ。
『あのお~フミちゃん?
どんどん脱線してますけどお……』
「……あ、ごめんごめん。
け、結論を言うとだな!
やりたいことは全力でやりゃいいの!
他人の戯言なんて無視無視!
そんでもってベン太郎がやりたいなら私は……いや私たちは全力で応援する」
『うんうん』
「で、やりたくないことは……すんな。
『白猿』を攻撃することに抵抗感があるなら別に放置すりゃいいだろ。
乗り越えるべき壁なら頑張ってもいいけど、殺したくないなら殺さなくていいじゃん。
カカカ、あのワケのわからん手紙に義理立てする必要も無い。
ま、私ぐらいになると人殺しに抵抗がある奴なんて星の数ほど見てきたさ。
人を殺すことに葛藤して、乗り越える展開もそこそこ見てきた。
でもよ~『ボクは殺したくないのにぃ!』とか言いながらぶっ殺さなくたっていいだろ。
ベン太郎は狩りたいモンスターを狩ることだけに集中してりゃいい。
人型なんて放置すりゃオッケー! 万事解決!
さすが私!」
クロは「ククク」と嗤いながら、ロープを持っている右手でどうにか左目を隠す。
「だから逃げたっていいじゃねえか。
いいんだけど、私的にはちょっと癪だ!
そもそも逃げるにしてもアイツしつこそうだろ? 鬼ごっこは面倒。
だからあんな人型はこの私――!
『闇枯れの淑女』に任せるがいい!
千を超える雑兵! 万を超えるゾンビ!
億を超える魑魅魍魎を滅殺してきたこの私にな!
モンスター化した人間如き、私の敵では無いのだ!
ハーハッハッハハッハ!」
(か、かっこいい!)
頼りがいのあるクロにキュンとしているインベント。
盛り上がるクロ。
シロは『……全部、ゲームの話でしょ~が』と――以下略。




