北斗七星
本日は晴天なり。
青い空を背景に――
白い猿と弾け飛んだ赤いシチューと人形。
インベントの瞳に写る世界はまるで一枚の絵。
だがインベントはそんな酷くつまらない絵など見ていなかった。
インベントが見ていたものは、五つの光。
その光を見たインベントは「カシオペア」と呟いた。
五つの光は特徴的な『W』の形を成しており、まさしくカシオペア座の形。
だが、インベントの世界では星の集まりを星座として扱う文化は無い。
続いて見たのは七つの光。
インベントは笑みを浮かべ「ホクトシチセイ」と呟く。
七つの光は北斗七星の形を成していた。
インベントは目を閉じる。
するとひと際大きい光が、まるでインベントを包み込むかのように迫ってくる。
カシオペア座と北斗七星。
その二つの星座が導く星と言えば――
「ふふ、『死招き星』が見える」
そう、北極星……では無く、死招き星とはアルコルのことを指している。
アルコルはおおぐま座の四等星であり、北斗七星を成す星の一つ、ミザールの脇に存在する星。
四等星のため輝きは弱く、ミザールの影に隠れている星。
別名『寿命星』などと呼ばれることもあり、この星が見えなくなると死ぬと言われていたり――
某世紀末作品では、真逆で見えると死ぬ星として扱われている。
兎にも角にも不吉でいわくつきの星。
インベントは知りもしない星のことを呟いたのだ。
発案者は当然、クロである。
実はかなり前にインベント、シロ、そしてクロはある取り決めを交わしていた。
とある条件を満たした時、シロがカシオペア座、クロが北斗七星、そしてシロとクロが『死招き星』を順に提示。
続け、インベントが瞳を閉じ「『死招き星』が見える」と言葉を発した時、三者が合意とみなされる。
三者のうち一人でも反対するものがいれば実行されない。
アイナにも共有していない三人だけの秘密。
瞳を閉じたインベントはできうる限り心を落ち着かせる。
目指す理想状態は睡眠の一歩手前。
「カカカ、バトンタッチ~」
それはクロがインベントを乗っ取った状態へ移行するため。
数年前は夢と現実の境目を曖昧にすることで、インベントを乗っ取っていたクロ。
ゆっくりと時間をかけ、インベントは知らず知らずのうちに乗っ取られていた。
だが、この三者合意が実行された際、インベントは協力的に乗っ取られにいく。
合意の上で憑依状態へ。
クロはインベントの操作性を確認する。
「シンクロ率は……80%ってとこかしらね。
久々のシャバの空気は美味いわねえ。
そんでもって『白猿』が……ってなんだよ? シロ!?
うるさいっての!」
クロはインベントを介して喋り、シロは念話で語りかける。
『ねえ……本当にこれしかなかったの?』
「あ? 合意したんだから文句言うんじゃねえよ!
カシオペア出しただろ、カシオペア!」
『だ、だって! ベンちゃんピンチだったし。
フミちゃんがやるしかないって……』
ふたりのやり取りにインベントは「ふふふ」と嬉しそうに笑う。
それはクロではなくインベント本人の笑い。
と同時に体勢を崩し落下するインベント。
「う、うおい! バカバカ!
接続が弱まる! ベン太郎は心を落ち着かせろ~。
そんでもって愚痴なら後な! てか邪魔すんなシロ!」
体勢を整えつつ『白猿』の攻撃を回避するクロ……が操作するインベント。
「危ねえなあ」
『だ、だってえ!
条件だって……満たしてないじゃん』
「あ? カシオペア出したじゃねえか」
『違う! そっちじゃなくて前提条件の方!』
「カカカ、しゃ~ねえだろ状況が状況だ。
ベン太郎が躊躇するような気味悪いモンスターが現れるなんて完全に想定外だしな!
ま……予行練習には丁度いいじゃねえか」
指をポキポキと鳴らすクロ。
『で、でもお……』
「だあー! がったがたうるせえ!
シロはベン太郎に『白猿』を――ってあれえ!?」
びしっと『白猿』を指差そうとするクロ。
操作自体は問題無かったのだが、あろうことか折れている左手でやってしまった。
「うぎゃあああ!!」
叫ぶインベント本人。
「ご、ごめんごめん」
謝るクロ。
どうにもややこしい状況。
てんやわんやのインベントだが『白猿』は待ってくれない。
「あー! めんどくせえ!
私は応急処置するから、シロは回避担当な!」
『え!? 無理無理!』
「うるせえ! 逃げるだけなら得意だろ!
ドッチボールでもずっと逃げてたじゃねえか」
『い、いつの話よ!』
「ほーら、クソザルが来るぞ~。両腕は適当に処置しとくからヨロシク~」
『う、嘘でしょ!? ギャアアアー!』
『白猿』の攻撃を大袈裟に回避するインベント――シロが操作するインベント。
クロは左腕が動かぬように、固定していく。
「おい~揺れ過ぎだっての。こっちは怪我人だぞ~?」
『む、無茶言わないでよ!
だったらフミちゃんがやってよ! ま、また来たー!?』
「カカ、だったらシロが応急手当するか~?」
『わ、わたしがベンちゃん操縦できないこと知ってるでしょ!?』
「あっれ~? そうだっけえ?」
『フミちゃんのイジワル!
ねえ! まだ応急処置終わらないの!?』
「いや、と~っくに終わってるけど」
『は?
だ、だったら早く変わりなさいよ!
あ、ま、また来たー!?』
クロは「へいへい」とインベントに呟かせ、収納空間からロープと剣の鞘を取り出す。
続け、鞘の中心にロープを括りつける。
『白猿』は飛びかかってくるが「当たらないよ~ん」と嘲笑しつつ、最低限の動きで回避しつつ作業を続ける。
「片手じゃ難しいな……よ~し、できたできた」
『フ、フミちゃん!? 来るよ!?』
「カカカ、わかってるよ~ん。
ほりゃ」
完成したロープを括りつけた鞘。
クロはロープを脇に挟み、鞘を収納空間投げ入れた。
そして右手でロープを掴み、重力に身を任せ落下することで『白猿』の攻撃を回避。
そのまま落下せず、ロープに吊るされたかのような状況に。
「カカカ、想定通り」
『え? どういう状況?』
「カッカッカ~、タネは簡単だ。
鞘は縦に入れればゲートに入る。
だけど横にすればゲートのサイズ上限に引っかかるだろ?
ロープを括っておけば、ゲートも閉まらないから宙づり状態の完成ってワケだ!」
インベント本人が「おお~さすが師匠!」と歓声をあげた。
「カカカ! 師を崇めるがいい!
反発力は極めたって言っても過言じゃないぐらい使いこなしているが、色々試して幅を広げていかないとな!」
「そうですね!」
「ガハハハハ!」
一人二役状態のインベント。
『なに暢気に会話してんの!
原理はわかったけど、これ何の意味があるのよ!?』
「意味~?
いや~ずっと試したかったんだよ。
溢れる好奇心だな!」
『ば、バカバカ!
遊んでる場合じゃないでしょ!?』
「バカとはなんだ、バカとは。
好奇心を失った瞬間から人間は老いていくんだぞ~。
それに……こうだ!」
ぐっとロープを引く。
するとゲートに向かって身体は引き上げられていく。
「カッカッカ!
収納空間の引っ張る力を利用して、エレベーターのように移動もできるってわけだ!
これで回避も! ……回避も」
確かに引き上げられていくが、非常にゆっくりである。
「……う~ん」
『フ、フミちゃん?』
「引っ張る力……めっちゃ弱いわ。
カハハ、ウケる」
『ま、真面目にやれええ!!』




