同族嫌悪
(『白猿』の跳躍力を見誤った……のか?)
あまりにも想定外の事態。
それに加え、集中し自己暗示をかけていたこともありインベントは呆けてしまっている。
いつの間にか自身よりも更に上空まで到達している『白猿』。
だが手段がわからない。
これまでの戦いで『白猿』の跳躍力はおおよそ把握しており、届くはずのない高さまで到達しているはずの状況。
(え? 木をよじ登って跳躍?
それとも急激に身体能力が向上したのか?
まさかワープ? はは、そりゃ凄いぞ。
あ、まずい……そんなことより防御しなくちゃ)
上空から迫る『白猿』に対し、インベントは咄嗟に両腕を交差した。
防御を選択するインベントだが、すぐに判断を誤ったことに気付く。
(いや、回避だ。
受け止められるわけ無い。
左? 右? 下? え、どっち?)
インベントは自身が思う以上に混乱していた。
とにかく判断力が鈍っており、手をこまねいてるうちに『白猿』の攻撃はインベントに到達してしまう。
「うっ!?」
交差した両腕に『白猿』の攻撃が届く直前――
インベントは腹部に強い痛みを覚えた。
知らぬ間に発射された徹甲弾が腹部に命中し、インベントの身体を下方へ。
結果、『白猿』の攻撃は直撃せずインベントの左腕を掠めるように当たった。
「痛っでえ!」
直撃せずとも威力は凄まじく、左腕に装備している小手は砕けて弾け飛ぶ。
吹き飛ばされ落下するインベント。
墜落を防ぐため、姿勢制御してから浮き上がるように移動した。
そして左腕に目をやる。
腕が吹き飛んだのではないかと思うほどの衝撃だったが、しっかりとくっついている。
ただし、前腕部は曲がってはいけない方向に。
(い、痛い痛い! どうしよう! 治療しないと!)
激痛と、いかに応急処置すべきがわからず混乱するインベント。
とりあえず右手で左手を支える。
「うっぎゅう、これは……痛――え!?」
インベントは重傷を負った。
『ぶっ殺スイッチ』がオンになっていればそれでも戦ったかもしれない。
だが現在のインベントは、『重症=撤退』という常識的な判断ができる状況。
急いで帰ろうと思ってる。
当然、『白猿』と戦っている場合では無い。
戦略的撤退の一手。
なのに――
「なんで……もう目の前に!?」
『白猿』はすでにインベントと目と鼻の先に。
咄嗟に両脚で加速し上空へと緊急回避。
左腕に激痛が走るが、躊躇っている状況ではない。
(なんで? なんで!?
どう考えても早すぎる――速すぎる。
地上に降りてから再度浮上してきた?
どう考えても計算が合わないよ。
本当に……ワープ?)
モンスターブレイカーでは少数だがワープが可能なモンスターが存在する。
もしも『白猿』ではなく、普通のモンスターがワープを使用してきたのならば狂喜乱舞したのかもしれない。
だが、逃げの一手の現状においてワープはシャレにならない。
ワープではないとしても『白猿』の動きは想定外極まる。
呼吸も忘れ集中するインベント。
徐々に小さくなっていく『白猿』を凝視。
仮にワープしたとしてもすぐに気付けるように。
そして、違和感を覚える。
(あれ? 大きくなってる?)
落下していく『白猿』は小さくなっていくはず。
距離が離れれば離れるほど小さく見えるのは当然である。
だが『白猿』はまるで膨張しているかのように大きくなっていく。
(膨らむ……違う!
近づいているんだ! な、なんで!?)
自由落下しているはずの『白猿』があろうことか接近してくる事実。
やっと謎が解けていく。
(ワープなんかじゃない!
ま、まさか……こいつ、飛べるのか!?)
インベントはその場に留まることが安全では無いと気付き、後方へ移動。
すると『白猿』はインベントがいた場所を猛スピードで通過していく。
見下ろされる状況は、まるで振り出しに戻ったかのような構図。
よもや羽を持たぬ『白猿』が飛べるとは全くの想定外。
それも飛べることは判明しても、原理はいまだ不明。
「な、なんなんだよコイツ」
理解不能な動きは、これまでインベントがやってきたことである。
収納するための空間を、攻撃や移動に使うなど相手からすれば想定外。
そんな想定外の動きが、どれほど脅威なのか『白猿』から体感するインベント。
『白猿』は右手を引いた。
インベントにはそれが人間がパンチをする際のモーション見えた。
次の瞬間――
僅かな衝突音とともに加速し、インベントに接近する『白猿』。
インベントは驚きはしたものの、身構えていたため回避に成功する。
だが、『白猿』の飛行方法はいまだにわからない。
(鳥のように飛んでいるわけじゃない。
クラマさんのように【雹】に乗っているわけじゃない。
どちらかというと……俺に近い気がする。
反発力? まさか【器】?)
空中を逃げ回るインベントに対し、『白猿』は直線的な動きで迫る。
そこに見えない地面や見えない壁があるかのように空を駆ける『白猿』。
速さは互角。
ただ『リアル系ロボット』の動きは小回りが利くため回避能力は上回っている。
だが左腕に重傷を負っているため、動くたびに激痛が走る。
(ど、どうしよう。
戦おうにもこの腕じゃ……。
腕の痛みは我慢したとしても、そもそもいまだに有効な攻撃方法が無いし。
やっぱり逃げるしか……。
でも、逃げるにしても、どうやって?)
空というセーフエリアを失ったインベント。
次の一手を考えつつ回避に専念するが――
「しまっ――」
身体への衝撃を抑えるため、最低限の動きで回避していたインベント。
だが力加減を誤ってしまう。
このままでは『白猿』の攻撃を避けられない。
(間に合うか!?)
そう思い回避行動をしようとしたインベントだが――
「……え?」
赤い液体が宙を舞う。
それは血液――ではなくシチュー。
肉片が宙を舞う。
インベントの身体――ではなくインベントを模した人形。
絶妙なタイミングでの異物たちに『白猿』は驚き、それらを振り払う。
身代わりのお陰で、なんとか窮地を脱したインベント。
インベントは落下していく。
少し驚いたような表情で落下していく。
だが笑みを浮かべながら――小さくなにかを呟いた。
ゆっくりと息を吸い込みながら瞳を閉じる。
「カ、カカカ」
奇妙な笑い声。そして――
「さあて、Round 2といきましょうかねえ。
カッカッカ、カ~ッカッカッカ!」




