苦渋な葛藤
四肢を巧みに使い大地を駆け、勢いよくインベントに迫り、前肢使った振り下ろし攻撃――
――両手を補助的に使いながら両脚で駆け、勢いよく両手で叩きつけるような攻撃。
『白猿』がモンスター化した人間なのかどうかは定かではない。
だが意識してしまうと、動物的に思えた動きが、人間的な動きに見えてくる。
なんだか息苦しい気がするインベント。
「オッゲー! オニイラァ!」
『白猿』は発狂しながら、インベントに対し休むことなく攻撃し続ける。
『白猿』はモンスターとしては小さいが、並みのモンスターとは比べ物にならないぐらい速く、直線的な攻撃ではあるものの、まともに喰らえば致命傷は避けられない。
が、インベントからすれば稚拙な攻撃であり、回避は容易。
インベントが攻撃に躊躇している現状、回避に専念すれば危なげなく回避可能なのだ。
逆に鬼気迫る状態ではないため、インベントは思考を巡らせ続けてしまっている。
『白猿』が元人間だったか確かめる方法を。
(腰が曲がっているから推定だけど、直立すればかなりの大男だ。
モンスター化すると大型化するから、基は成人男性……?
いや女性かも……でもお兄ちゃんならば男……。
そもそも人間だと決まったわけじゃない。
人間かどうか確かめないと。
う~ん会話でもしてみる? 明らかに激怒してるけど)
インベントはふと『白猿』の瞳を見る。
(う~、本当に人間なのか?
もしも人間だとしても……それがわかったとして――
元に戻すことなんてできないし。
俺は……どうするべきなんだ?
モンスターとして狩ればいいのか? 本当に狩っていいんだろうか?
ああ、もう!
なんで今、名前も忘れた隊長のことなんか思い出すんだよ!)
インベントの脳裏に浮かぶ男。
それはインベントが二番目に所属した部隊の隊長、マクマである。
マクマは紆余曲折あった男である。
新人の頃、モンスターが殺せず挫折したのだ。
それは能力的な問題ではなく、モンスターであっても殺すことに精神的な苦痛を覚えたからだ。
だがモンスターを殺さずとも追い返すことだけに特化した部隊のノウハウを確立したマクマ。
挫折から立ち上がった彼は、物腰が柔らかなこともあり部隊員からの信頼を得て、順風満帆だった。
そんなマクマ隊を嘲笑うかのように、配属されたとある新人がモンスターを殺しまくり、また精神的な苦痛で倒れたのだ。
その後、一度は警備隊を辞めるつもりだったマクマだが、多くの人間に引き留められ、今もマクマ隊は存続している。
だが……マクマは死んだ魚のような目で時折遠くを見つめるようになってしまった。
そんなマクマである。
モンスターを殺すことを躊躇する途轍もない異常者であるマクマがなぜか脳裏に浮かぶ。
「くっそ……意味わかんない」
本当は理解している。
モンスターに攻撃することに躊躇している今が、腹立たしくて仕方ないのだ。
苛立つ理由は他にもある。
『白猿』の動きが予測とズレるのだ。
(単調なはずなのに、微妙にイメージというかタイミングが合わない。
なんで? 人型だからか?)
相手を観察し、相手の動きに合わせたカウンター攻撃はインベントの得意とするところ。
原因不明なズレが、インベントのもやもやに拍車をかける。
懲りもせず攻撃を続けてくる『白猿』に対し、インベントは絶妙なタイミングで地面に丸太を設置し、足を取られた『白猿』は盛大に転がっていく。
「オガ! オニイ、オニイラ!」
隙だらけの『白猿』に対し、手槍を投げようと試みるインベント。
だが手槍を仕舞い、インベントは飛び上がった。
『白猿』が届かない高さまで。
「……ハ~ア」
『白猿』はどうにか追いすがろうとするが、立ち止まる。
そして跳躍しても届くはずの無い場所にいるインベントをじっと見ている『白猿』。
「オンニィ!!」
手をこまねき咆哮を上げる『白猿』を、見下ろすインベント。
「あ~あ、どうしよっかねえ」
インベントは考える。
このまま逃げることは容易。
だがそれは、モンスターから逃げたことになる。
モンスターから逃げるなんて絶対に嫌なのだ。
だが相手は元人間かもしれない。
『白猿』を殺すということは人を殺す覚悟が必要。
もしくは人型モンスターはモンスターであり、躊躇する必要のない存在だと確信を持つか。
そもそも論、グングニールでも貫けなかった『白猿』をどうやって倒せばいいのかも思いつかない。
考えることが多く、インベントは大きな溜め息を吐き、目を閉じた。
「さあ、どうする?」
自分自身に問いかけるインベント。
決断のため、気持ちを整理していく。
「あれは……モンスターだ。
そうだよモンスターだ。
そもそも元人間かどうか定かじゃない。
うん、人型って名前がダメだな。
小猿型モンスターだな。うんうん」
自らに暗示をかけるように呟くインベント。
ある意味、自分を騙す行為。
だが、思い込むことはインベントの得意分野。
「よし……よし……」
もしも自己洗脳ゲージが見えるのならば、60%~70%まで到達した頃。
遠くでなにかを叩くような音がした。
インベントは集中しているため気にもせず、自己暗示を続けている。
「そうだ……あれはモンスター。
小猿型のモンスター……」
目を閉じているが光を感じているインベント。
ふと、光の中を何かが通り過ぎた。
なんだろうと思い、虚ろな瞳で見た世界。
誰にも邪魔されるはずのない空の領域にいるインベント。
ある意味自分だけの領域――異物の正体を認知したインベントは、自分でも信じられないほど身体を硬直させてしまった。
言葉を紡ぎだそうとしても、喉はまるで塞き止められてしまったかのように空気を通さない。
(どうして?)
インベントは翼をもたないはずの『白猿』を、なぜか見上げていた。




