一方通行の愛
轟音が鳴り響く。
大物ドレークタイプモンスターもとい――『深き泥沼の龍王』を救出するために、傷つけないように注意しつつ拘束している木を破壊していくインベント。
「ふふ、まだ暴れないでね。
自由になったらいっぱい暴れていいからさあ」
自由を奪われていた『深き泥沼の龍王』だが、久方ぶりに訪れる腹部に対しての緩み。
この機を逃さないと、がむしゃらに身体を揺らすと、幾分か前進した。
なんとか爪先が大地に届き、無我夢中で大地を掻く。
必死な『深き泥沼の龍王』を応援するインベント。
はやく戦いたくて仕方ないのだ。
そしてつっかえていた部分が外れ、堰を切ったかのように大地へ帰還した『深き泥沼の龍王』。
そんな様をインベントは大変嬉しそうに、小さく拍手して眺めていた。
そして目が合う両者。
インベントにとって待ちに待った時間がやってきた。
平静を装っているものの、狂喜は口角を吊り上げ、動悸は激しくさせ、両手は林檎を握りつぶせるほどに力が入っていた。
(さあ、襲ってこい)
準備万端なインベントだが、『深き泥沼の龍王』は動かない。
『深き泥沼の龍王』は戸惑っているのだ。
テリトリーに侵入している異物を排除しようという本能はあるのだが、それ以上に忌々しい拘束を排除してくれた感謝すべき存在だからである。
本能と理性が相反している。
(あっれえ? 襲ってこない。
まったくダメだねえ、もっと暴力的じゃないと。
モンスターってのは人間を見たら襲いかかるべき存在なんだよ?)
インベントがポキポキと指を鳴らし、とりあえずの敵意表明としてナイフでも投げようとした時――
『深き泥沼の龍王』の視線がインベントから、インベントよりも右奥へ向けられた。
なにかと思いインベントも視線を向ける。
「……あ~そうだったね。
なるほど、『黒猿』よりも少し大きいね」
視線の先には予言通り、『人型モンスター』が立っていた。
モンスターにしては小柄であり、全身が体毛に覆われている様は、以前戦った『黒猿』に酷似している。
ただ体毛の色が白寄りの灰色である。
「『白猿』ってとこかな?
しかしまあ、タイミングが悪いね」
モンスターが二体同時。
雑魚二体であればまだしも、『深き泥沼の龍王』はもちろん、『白猿』も『黒猿』並みの強さだとすれば油断できないモンスター。
(まずいな~。どうしようかな)
珍しくモンスターを目の前に悩むインベント。
だが、事態はインベントの想定外の方向へ進んでいく。
まず動いたのは『深き泥沼の龍王』だ。
四肢が空回りするほど動かし、猛スピードで突進してくる。
インベントは大きくサイドステップで回避。
追撃に備えた。
だが、『深き泥沼の龍王』はインベントに目もくれず突っ走る。
突っ走った先には『白猿』が。
「ハア?」
目を丸くするインベントをよそに、『深き泥沼の龍王』はその特徴的な丸みのある頭部で突き上げるように『白猿』を吹き飛ばす。
モンスター同士とはいえ体格差がありすぎるため、『白猿』は面白いぐらいに吹き飛んでいった。
追いかける『深き泥沼の龍王』。
インベントは遠ざかっていく『深き泥沼の龍王』を呆然とした表情で見ていた。
理解不能。
モンスターに無視されるなんて、初めての経験だからである。
『深き泥沼の龍王』が視界から消えた。
インベントの全身が震えだす。震えは全身から両手へ。
震える手で両手持ち用の『死刑執行人の大剣』を、地面に切先を向け握りしめた。
「ふ、ふ、ふっざけんなよ!」
まるで待ちに待った御馳走と最愛の者が、目の前から同時に消えてしまったかのような悲しみや怒り。
その全てをぶつけるかのように、大剣を振り下ろし、肩が抜けるほどの反発力で上空へ舞い上がるインベント。
すぐに二体のモンスターを発見し、『死刑執行人の大剣』から双剣に持ち替え急行するインベント。
鍛えた肉体が悲鳴をあげようが気にもせず、最高速度で現地へ。
『深き泥沼の龍王』は一方的に『白猿』を攻撃していた。
乱暴に前肢を振り回し、勢いに任せた頭突き。
『白猿』は成す術がないのかただただ攻撃を受け続ける。
吹き飛ばされて、木々に叩きつけられ、また吹き飛ばされる。
すでに元いた場所から随分と北上していた。
このまま北上を続ければ、カイルーンの町に到達してしまう可能性さえあるのだがそんなことは些細な事。
(相手は俺なのに!
どうして浮気するんだよ!
モンスター同士は仲良く……いや仲良くはダメダメ!)
インベントは歯軋りし、どうすれば振り向いてくれるのか考える。
(そ、そうだよ。ヘイトだ。
俺にヘ、ヘイトを集めなければ!)
インベントはあえて両者の間へ飛び込む。
危険極まりない行為だが、『深き泥沼の龍王』からヘイトを集めるためには最善の手段だと考えた。
「わああああ! こ、攻撃しちゃうぞー!」
手を大きく広げ、威嚇するインベント。
だが『深き泥沼の龍王』は見向きもしない。
(な、なんで!?)
仕方なく回避し追随するインベント。
ちょろちょろと飛び回りなんとか攻撃対象を自身に向けようとするが、全く興味を持ってくれない。
「もう! 喰らえ!」
仕方なくインベントは攻撃を敢行する。
できるだけ優しく、傷つけない程度に。
それでもやはり、興味を持ってくれない。
(な、なんで? どうして俺のことを見てくれないんだよ!?
モンスターは人間を襲わないとダメだろ!?)
インベントは眉間に皺を寄せるインベント。
「なんで……! なんでモンスター同士で戦うんだよ!
おかしいよ! おまえ! おかしいよ!
俺を見ろよ! 俺と戦えよー!」
インベントの咆哮が虚しく響き渡る。
それでも……『深き泥沼の龍王』は『白猿』に夢中なのだ。




