どんまいラホイル②
ノルド隊にラホイルを加えた面々は、安全区域を抜けて危険区域のど真ん中に来ていた。
ラホイルは危険な空気を感じつつも、さすがに危険区域だとは思っていなかった。
何せラホイルは駐屯地勤務は初めてであり、どこまでが安全区域なのか土地勘が全く無い。
普通の部隊はこんな場所までこない。
「け、結構危なそうなとこですねえ~」
「ん? ああ、まあそうでもない(Bランクはいそうにないしな)。
それにしてもお前速いな。マイダスから聞いたが【馬】らしいな」
「あ、はい」
「――まあ、今日は適当に見ていろ」
「はいー! 勉強させてもらいますー!」
ラホイルのルーンは【馬】。ノルドと同じだ。
だからマイダスはノルドの戦い方がラホイルの参考になると考えたのだ。
ノルドはハンドサインで静かにするように促す。
何せここは危険区域。すぐそこにモンスターがいるのだから。
「ハアハア。お待たせしました」
少し遅れてロゼが到着した。
ノルド隊で一番足が遅いのはロゼだ。
体力は新人離れしているのだが、さすがにルーンの差が出てしまう。
ラホイルは少しだけ優越感に浸った。
(『神童』ゆうても速さは俺のほうが上やな。へへへ)
「それにしてもインベント遅いですねえ」
「ん? あいつならもう着いてるぞ」
「へ?」
インベントは指差した先で簡易的なキャンプの準備をしていた。
「あ、アイツ……いつの間に」
「よし……そろそろやるか」
ノルドは戦闘モードに入る。
インベントとロゼはノルドの雰囲気を察し、同じく気を引き締めた。
始まりは突然に――
ノルドが速足で木々の間を駆け抜け、いつも通り石を投げてモンスターの注意を逸らし――
切り落とす。
「え?」
ラホイルは何が起きたのかわからない。
いつの間にかノルドが消え、いつの間にかモンスターが狩られている。
それも少々小さいがボアタイプのモンスター。
大きさから言ってCランク。
ラホイルは戦慄した。
(な、な、な、なんや、あのバケモノ!?
も、元々死んどったんか!?)
普通の隊は一日一匹モンスターを殺すかどうかである。
そもそも森林警備隊の任務は町や街道周辺の安全を守ることが主務である。
モンスターは殺したほうがベターなのだが、危険を冒してまで殺す必要は無いとされている。
ノルド隊は異質なのだ。
とにかくモンスターを探し出してまで殺す姿勢なのだ。
ラホイルは惚けていた。
「ねえ、あなた」
「うぇ!? な、なんや!」
ロゼは面倒な顔をしつつ――
「大声は出さないで頂戴。後ぼーっとしてたら、はぐれて……――死ぬわよ」
「え、あ、はい」
ノルドが駆ける。
インベントは指示があると嬉々……鬼々とした顔でモンスターを狩る。
ロゼは基本的には随行するだけだが、大物に遭遇することに備え集中している。
(え? ナニコレ? 意味わかんねえんだけど?)
ラホイルはただただ戸惑った。
モンスターを殺すのは特別な出来事なはずだ。
なのにいつの間にかザクザクと殺していく。
それもノルドだけでなく、同期のインベントもとにかく殺す。
(あかんあかん。ナニコレ?
い、インベントいつの間にどっか行ってるし……)
逃げ出したい気持ち一杯になる。
(俺がおかしいんか? もしかしてコレが普通なんか?
ヒイイ! ま、また殺した!)
ラホイルの常識と目の前の非常識が鬩ぎあう。
だが、心は自分を正当化したがるものだ。
(ちゃ、ちゃう。二人がおかしいだけや……。
そ、それに、ロゼはなんもしとらんやんけ)
常識を正当化するネタを見つけ多少安心するラホイル。
しかし何故だかわからない不安感が押し寄せてくる。
いや、そもそも現状不安でいっぱいなのだが。
(あ、あっちからヤバイ感じする……)
漠然とした不安は、ゆっくりとどこからやってくるのかわかってくる。
深い木々の奥のさらに先からだ。
行ってはいけない――
ラホイルがそう思った数秒後、ノルドはその方向を見て立ち止まる。
そして――ハンドサインを出した。
(な、なんのサインやろ?)
本日一度も見たことの無いサインにラホイルは不安になる。
そのサインを見て、インベントは指を擦り合わせた。
最近、テンションが上がると指を擦り合わせるようになっている。
ロゼも唇を少し舐め、集中のレベルを引き上げた。
さて――行ってはいけない方向に進もうとしたその時――
「ちょ!」
ラホイルは、引き留めたくて声を出してしまった。
いや引き留めたいのだから間違ってはいない。
だが――
三人の強烈な視線がラホイルを制止させた。
――――邪魔をするな。
(な、なんやねん……こいつら……)
ラホイルは押し黙るしか無かった。
**
(や、やばいやばい!)
疑念が確信に変わる。
絶対に何かがいるという確信でラホイルは震えた。
「ギギィギィィィィイィィ!!」
頭をつんざく奇声。
野鼠。
大きな野鼠がそこにいる。
(き、気持ち悪い!!)
野鼠――つまりラットタイプのモンスターは非常に多い。
イング王国において一番の発生数はラットタイプのモンスターだ。
野鼠は繁殖力が高く、生死のサイクルが速い。
突然変異でモンスター化する可能性が非常に高いのだ。
ただし基本的にラットタイプモンスターは最低のDランク扱いだ。
なぜならベースとなる鼠は非常に小さいため、モンスター化してもさほど大きくならない。
新人の初モンスター退治の登竜門的な扱いだったりする。
だがラホイルが目にしたネズミは牛並みの大きさだ。
あまりに大きすぎるため、自重を支え切れていないようにも見える。
しかし異常に発達した四足が重すぎる肉体を支えている。一見鼠には思えない。
だがやはり容姿が鼠なのだ。
鋭く尖った特徴的な前歯が、サイズに見合った成長を遂げていた。
(に、逃げな!)
ラホイルは思った。
なんて馬鹿な隊なのだ――と。
こんなバケモノにあえて向かっていった愚かな三人組に恨みさえ覚えていた。
**
(……あんなモンスター見たこと無いな)
ノルドは超大型のラットタイプモンスターを見て少し悩んでいた。
(どうするか……。
脚が短すぎる。俺は攻撃できてもインベントは正確に足を狙えるかわからんな……)
インベントは武器の扱いは未だ素人に毛が生えたレベルだ。
収納空間の扱い以外は粗が目立つ。
「――インベント」
ノルドはインベントの耳元で囁いた。
ノルドがこのタイミングで話すことは珍しく、インベントは少し驚いた。
「足は狙えんだろう。殺らなくてもいいんだが――」
インベントはこの世の終わりのような顔をした。
「わかった……。いつも通りの手筈で行こう。
足を狙わなくてもいい。ダメージを与えられるならなんでもいい」
ノルドが石を持った。
狩りのスタートだ。
いつも通り石を投げモンスターの注意を逸らした。
すぐさまノルドの斬撃がモンスターの右後ろ脚を襲う。
(……硬ッ)
異常に発達した足は、硬い体毛と筋肉に守られていた。
斬撃ではダメージが通らない。
ノルドはもう一撃突いた。
「ギギイィィ!!」
モンスターは気づいた。そしてノルドをターゲットに定める。
その直後――
(縮地……オッケー。遠隔ゲート……オッケー)
インベントは加速してモンスターの近くに着地しすぐさま縮地を使う。
縮地のスピードを利用し――
(丸太ドライブ――壱式!!)
インベントはすれ違いざまに丸太を出しモンスターの顔面にぶつけた。
スピードを乗せた丸太の衝撃は凄まじく、モンスターの顔面が吹き飛ぶ。
だが大型ラットタイプの首は、顔との首との境目がわからないほど筋肉が発達しているため、大きなダメージを与えるには至らない。
(丸太ドライブ……参式!)
インベントは立ち去りながらもモンスターの上空にゲートを開く。
落下した丸太はモンスターの背骨にヒットする。
ちなみに『壱式』、『弐式』はモンブレからパクっている。
通常の壱式。下から突き上げる弐式、上空からの参式。
(う~ん……参式は威力が足りないな……)
かなりの威力ではあるものの、上空から落下してきた場合に比べると威力が物足りない。
インベントは不完全燃焼だったが、モンスターから離脱する。
モンスターはインベントにターゲットを変更しているが――
「ほら――こっちだ!」
ノルドは執拗に足の傷口を刺し抉った。
これでターゲットはまたノルドに――――
(む??)
ならない。
モンスターはインベントに狙いを定めたままだ。
(ちっ!! ネズミのお頭じゃ予想通りにはならねえか!)
「ギアアアアアア!!」
「逃げろ! インベント!!」
モンスターはインベントに迫る。
鋭く尖った前歯でインベントを抉ろうとしていた。
(むむ?)
反発移動で逃げることはできる。
だが、インベントはいつもと違う展開にウキウキしている。
(試したかったんだよねえ……)
インベントは立ち止まり、モンスターの接近を待った。
ノルドとロゼは驚いているし、ラホイルはインベントの死を覚悟していた。
(8……6……4……)
モンスターとインベントの距離が二メートルをきった。
その時――
「――零式」
ゲートを開き、丸太がモンスターの目の前に現れた。
だがモンスターは気にせず突進してくる。
丸太とモンスターがぶつかり、モンスターは丸太を収納空間に押し戻そうとしている。
(今だ!!)
収納空間は、入りきらない場合反発力を発生させる。
丸太は長さ二メートル。収納空間ぎりぎりいっぱい入る長さである。
インベントは丸太が入っていた収納空間内のスペースに、砂を瞬時に移動させた。
すると、丸太は収納空間に入らない。
だがモンスターは凄まじい勢いで丸太を押し戻そうとする。
結果――
「ガギヤ!」
モンスターの頭は凄まじい威力で吹き飛び、頸椎が捻じれるほどのダメージを受けていた。
反発移動同様、収納空間にモノが入りきらない場合に発生する反発力を利用した技。
それが丸太ドライブの零式である。
(いいね! 零式は相手の体が大きければ大きいほど効果があるな。
おっとっと! いったん離脱しよっと!)
インベントは空中を駆けていく。
とどめの一撃の準備だ。
さて……モンスターはというと――
「首がおかしな方向に曲がってやがるな……」
「そうですわね……」
呆れ顔のノルドと、隠れていたロゼが隠れる必要が無いと判断し姿を現していた。
「ありゃあ……なんだったんだ?」
「いつもの丸太ではない……? 威力が……」
二人は上空を見上げた。
「準備万端ってところか」
「そうですね……。縛る必要も無さそうですが……」
「まあとりあえず縛っとけ」
「わかりました」
その後、さすがの生命力で生きていたモンスターを、インベントがとどめの一撃を加えてモンスター討伐は完了した。
**
昼食――
インベントは楽しそうにお昼ご飯を食べている。
それに比べてラホイルはゲッソリしていた。
飯が喉を通らないのだ。
「ラホイル」
呼びかけられてラホイルはビクリとした。
「な、なんやインベント」
「どうしたの? 体調悪いの?」
「そ、そんなことないで!」
「そっか~」
インベントはラホイルを気遣った――――わけではない。
ただ顔色が悪く見えたので、ただ単に声をかけただけだ。
インベントの頭の中は、モンスターでいっぱいなのだ。
ロゼはラホイルを横目で見ている。
(ショッキングだったでしょうね……。まあ仕方ないわ)
ロゼはラホイルの心情を理解していた。
ノルド隊は異質であることを誰よりも客観的に把握しているのはロゼだからだ。
(ま~ったく覚えてないですけど、同期の新人だったわね。
……なんでまたラホイルの隊長は同行させたのかしら?)
ロゼはラホイルを気遣わない。
多少の哀れみを感じてはいるものの、それほど他者に興味が無いのだ。
さて――
「おい」
「……あ、ノルド隊長」
塞ぎこみ気味なラホイルを気遣って、ノルドは声をかけた。
――――わけでは無かった。
「お前……ルーンは【馬】だよな?」
「え? はい。そうです」
「他にもルーンを持っているだろ?」
「あ、はい」
「言いたくなかったら言わなくてもいいが――」
そうノルドは前置きをした。
ルーンに関しては基本的にはホイホイと話すものではない。
ある程度の信頼関係が構築されている場合に共有するのが一般的だ。
「恐らく【猛牛】、もしくは【馬】のダブル――
もしくは【人】……はさすがに無いか。
それか――【読】だな?」
「あ、【読】です」
ノルドは悪い大人の顔をした。
「……なるほどな。そうか」
ラホイルはビクリとした。
何故か悪寒が走ったのだ。
**
「集合」
ノルドの号令でインベントとロゼはすぐに集まった。
「休憩終わりですか?」
いつもより短い休憩時間だったので、インベントは質問した。
休憩時間が短かければ、モンスターを狩る時間が増えるので嬉しいのだ。
「今日はいつもと違うことをしようと思う。
せっかく……ラホイル君が来てくれているんだしな」
「うぇ?」
ガンバレ……ラホイル
なんか『ざまあ』小説が書きたくなってしまったため、明日短編で『ざまあ』な話をアップします。