悲しき生態
「ふんふふ~ん」
30体以上のドレークタイプモンスターを狩り、上機嫌のインベント。
「いや~、木登りや岩登りが得意なんて良い特技だねえ。
今になって考えると、やっぱり野宿なんてするもんじゃないね。
でもさあ~打撃攻撃に弱すぎるんだよねえ。
脆い。脆すぎる。
ふふ、でもさ、いるんでしょ~?
親玉さぁ~ん」
インベントは拘束されし魔狼を思い出す。
木に拘束され、ひたすらモンスターを産み続けていたモンスターを。
瓜二つのモンスターが量産されていると思われる状況が、酷似しているからである。
「親玉なら、大きくて歯応えありそうだよねえ。
……ま、邪魔が入らないといいけどさ」
インベントが思い描く理想の展開。
それは、木に拘束された大物ドレークタイプモンスターを発見し、まずは拘束を解除。
そして楽しい狩りの時間を堪能すること。
だが懸念点は、手紙に示唆されていた存在が邪魔者である可能性。
(手紙には『人型の可能性あり』って書いてあったからねえ。
『黒猿』みたいだったらいいなあ~。
二度美味しい。
でもな~アドリーだと嫌だなあ)
『人型モンスター』で連想されるのは、小柄だが異常な速さと耐久力だった『黒猿』。
これはインベントとアイナも共通認識。
だがインベントにとって『人型モンスター』は、ロメロを筆頭に『門』を開いた人間も含まれる。
インベントは急いでお目当てのモンスターを探しつつも、アドリーの奇襲を警戒するのだった。
**
お目当てのモンスターを発見するのにそれほど時間はかからなかった。
モンスターが導くままに、屍の道をつくり――
そして道の先は『モンスターソナー』が強く反応していたからだ。
「これは……鳴き声かな?」
老人が咳払いしたかのような形容し難い音が鳴り響く。
期待せずにはいられないインベントは、あえてゆっくり歩を進め、発見の瞬間を楽しむ。
そしてモンスターの親玉――まさに生みの親を発見したのだ。
「はっはっは、相変わらず……無茶苦茶だねえ」
『紅蓮蜥蜴』並の大型のモンスター。
大きさを除けば、姿形は狩り続けてきたドレークタイプモンスターと瓜二つ。
そんなモンスターが一本の大樹に拘束されているのだ。
太い幹が、まるで道が二股に分かれ、また一本の道に戻るように空洞を作っていた。
その空洞部分にモンスターの胴体がすっぽりと埋まっている。
宙に浮いたかのように拘束されているモンスターを見て、インベントは滑稽だなと感じていた。
インベントはとりあえずじっくりと眺めることにした。
そして、腹部が胎動したことをインベントは見逃さない。
小さく小刻みに身体を動かし、徐々にぶるぶると下半身を震わせ、最後、後肢を空中でバタバタと動かす。
すると、ぼとりぼとりと三個連続で産み落とした。
「あ~、そっかあ」
インベントは産み落とされたモノを見て驚く。
拘束されし魔狼のようにウルフタイプモンスターが産み落とされると思いきや、産み落とされたのは卵だったからだ。
「へえ~トカゲって卵だっけ。知らなかった」
産み落とされた巨大な卵。
インベントは昆虫観察する子どものように、食い入るように卵を眺めていた。
本来、トカゲの卵は孵化するまで30日以上かかる。
インベントはそんなことは知らないのだが、じっと眺めているのには訳がある。
色濃くモンスターの気配がその卵から漂っているからだ。
そう――今にも孵化しそうな。
「お?」
インベントは20分以上眺めていたのだが、三個のうち一個の卵がぐらりと動く。
続けて小さくヒビが入り、ぱりぱりと殻が剥がれ落ちていく。
そして先程まで狩り続けていたモンスターよりも一回り小さいモンスターが卵の中から現れた。
普段であればモンスターを見ればすぐに狩ろうとするインベントだが、今回は生命の神秘――モンスターの神秘を感じ、腕組みしながらじっと眺めていた。
産まれたてのモンスターがどんな行動をとるのか興味津々。
(む? こっちを見た)
人間の赤ん坊であれば、産まれてすぐにできることは皆無。
だが産まれたてのモンスターはすでに動き出すことができるように見えた。
動くことも――戦うことも。
(来るのかな?)
多少警戒心を高めるインベント。
だがモンスターはインベントの次に、母を発見した。
母を眺める子。
(お母さんに……甘える?)
木に拘束された母を眺める子。
ゆっくり動き、母の横顔が見れる位置まで移動した。
目と目が合った、とインベントは思う。
だがその後、子はじりじりと後ずさりしていく。
母を見たまま距離はどんどん離れていく。
インベントはなぜそのような行動をするのかわからない。
わからないが考える。
そしてある仮説に辿り着いた。
「――モンスターだから。
そうか……モンスターはテリトリーを守るから」
強大なモンスターの近くに他のモンスターは近づかない。
強ければ強いほどテリトリーは広がっていく。
それゆえ強いモンスターであればあるほど孤高で孤独な存在になる。
そう――例え親と子であっても。
モンスター同士の縄張り意識は、親子の絆さえ簡単に破壊してしまう。
もう先程産まれたばかりのモンスターは目の届かない位置まで移動していた。
あまりにも早すぎる親離れ。
切なさを感じ、インベントは哀愁のある顔をした。
(拘束されし魔狼の時はどうだったかなあ……。
もう忘れちゃったよ)
「…………ま、それはそれとして」
打って変わって、満面の笑みを浮かべるインベント。
なにせ目の前にはお目当ての大物モンスターがいるのだ。
「ふふ、うふ。
おっと……大事なことを忘れていたよ。
さあ、名前は何にしようか?
昔さあ~『紅蓮蜥蜴』ってのがいたんだ。
だからまあ、その系統でいくと……『沼地蜥蜴』とか?」
インベントは頭を振る。
そして値踏みするかのようなねっとりとした視線を向けながら、ゆっくりとモンスターの周囲を徘徊する。
「そもそもさあ、ドレークってのが面白く無いよね。
やっぱりさあ、ドラゴンだよねえ。
アハ~ハハ。『沼地龍』?
いや、もっと仰々しいのがいいね!
『深き泥沼の龍王』にしようか!
別に泥沼関係無いけどさあ、色が沼っぽいしさ! ハハハ!」
インベントは両掌を上に向け、呼吸を乱しながら『深き泥沼の龍王』に近づいた。
「ふふ、優しくするからねえ。
まずはその……邪魔なやつをとっちゃうね」
お楽しみの時間が始まろうとしていた。
だがインベントは気付いていないことがある。
『深き泥沼の龍王』はこれまでに大量の卵を産んできた。
であれば、大量の殻が残っているはずなのだ。
しかし、その場には多く見積もって10体分の殻しかない。
つまり誰かが移動させているのである。
そしてインベントは知らない。
この後、それはそれは幸せな時間が訪れると確信しているインベント。
まさか、インベントが人生で最も激怒する展開が待っていることなど、知る由も無い。




