ドレークの呪い
「ふあっ!?」
風の音に驚き、目覚めるインベント。
「え……あ、ああそっか。そうだったね」
掌から伝わる硬さの正体が、岩であることを思い出す。
インベントは現在、岩の上にいるのだ。
見張り無しで野宿するなど自殺行為に等しい。
だがオセラシア側の荒野であれば、見通しも良くモンスターも少ない。
それでも危険であることは間違いないが、手紙を信じ、まだ見ぬお目当てのモンスターと出会うために野宿を敢行した。
可能な限り安全な場所として岩の上を選んだのだが、熟睡することはできず、体育座りの恰好で夜を凌ぎ、朝を迎えたのだ。
「ふう、生きててよかったね。
まだ暗いけど……寝るのはもういいや」
インベントはそう呟きながら、収納空間から例の手紙を取り出し読み返す。
「まさか、野宿することになるのは想定外だったけどさ。
う~む……もう少し詳細に書いてくれるとありがたいんだけど。あ……」
インベントは想定外のケースを思いついてしまう。
(南方……が現時点よりも南方ってことはあり得るのか?
まさか、オセラシアのモンスターって可能性もある?)
『南方』の『かなり遠く』。
すでに十分遠くまでやってきているつもりのインベント。
「う~ん……これより先に進むのは嫌だなあ。
ノルドさんがいる町に着いちゃうよ……。
サ、サ……サナルカンド? サマルトリアの町だっけ?
まあどっちでもいいけど」
ノルドがいるのはサダルパークの町なのだが、それは些細な事。
口を尖らせるインベント。
そんなインベントに対し、使者が現れる。
鼻腔をくすぐる素晴らしい香りを携えて――
「お? お?」
目を輝かせるインベント。
荒野と同系色であり、視認し難いモンスターが近づいてくる。
濡れた土のような焦げ茶色の肌のモンスター。
「へええ~!? 珍しい~。
というよりも……懐かしい? ふふ」
イング王国では比較的珍しいトカゲ型のモンスターが、その爬虫類らしい真っ黒なガラス玉のような瞳でインベントを睨みつけていた。
インベントはその姿を見て、初めて出会った大物『紅蓮蜥蜴』を思い出す。
ただ、『紅蓮蜥蜴』に比べ頭部が大きく丸い。
「ふふ、朝から縁起がいい。
特徴的なのも……イイネ! その頭は頭突きが得意で間違いないね。
ふぇっふぇふぇふぇ」
睡眠不足のため、いつも以上にハイな精神状態。
インベントは覗き込むようにモンスターの瞳を見つめながら、地面に落ちている石を収納空間に入れる。
直後、インベントの目線の高さにゲートを開き、回収した石を落下させる。
石の瞬間移動である。
落下する石を収納空間の力を使い弾き飛ばす。
速く正確な石弾は、モンスターの右目に直撃する。
大袈裟に顔を背けるモンスターを見て、インベントはそれはそれは幸せそうに笑うのだ。
それに対しモンスターは怒る。
表情からは感情を把握しにくいドレークタイプモンスターだが、四肢をフル回転させインベント近寄ってくる様は、敵意剥き出しで間違いなかった。
そんな様子に興奮しつつも、冷静に分析するインベント。
(スピードは見た目よりもあるねえ。
でも、牙は無いし、爪はあるけどそこまで怖く無いかな)
インベントは大きく左へ移動。
モンスターはドタドタと不格好ながら反応良く追いかけてくる。
今度は右へ。同じようにドタドタと。
インベントは立ち止まりモンスターの攻撃を誘う。
「お? やっぱり頭突きか! 素晴らしい!」
ひらりと攻撃を躱すインベントは、特徴を活かした攻撃にご満悦。
インベントの経験上、突進してくるモンスターは多いが、頭突きをしてくるモンスター珍しい。
モンブレでは頭突き――といっても単純に頭をぶつけてくるだけではなく、異常発達した角で突き上げてきたり、属性攻撃や範囲攻撃を織り交ぜてくる多種多様の頭突きのバリエーションがある。
モンスターからの頭突きに少し高揚するインベント。
他の攻撃パターンも見たいと思ったインベントは、挑発を繰り返す。
だが、何度攻撃を誘発してみても、モンスターは頭突きばかり。
あまりのワンパターンさに飽き飽きし、飛びかかってきたモンスターの頭部を掌で受け止めるかのような仕草を。
あわや大惨事というところで、ゲートから丸太の頭を出し激突させる。
(――丸太ドライブ零式)
モンスターの突進の威力を利用し発射される丸太。
モンスターの首はあらぬ方向へ曲がってしまった。
インベントは起き上がってくることを期待して、数秒ほどじっとモンスターを眺めていた。
だが逝ってしまったことを悟ると、少し寂しそうな顔になる。
(HPも少ないのか。なんだよ、あっけないな)
不完全燃焼のインベントだが、もう一体のドレークを発見した。
いや、そのさらに先にはもう一体。
色も大きさもまるで複製したかのように同じドレーク。
「ああ、そういうことね~。ふふ」
インベントは進んでいく。
ドレークに導かれるようにオセラシアからイング王国側へ。
**
一方その頃。
サダルパークの町は危機的状況からV字回復していた。
ノルド率いる自警団――『白狼団』は逆境をバネに力をつけてきた。
さらにゼナムスが防壁を造ったことで、町の防衛力は飛躍的に向上していた。
だが――
「クソ……忌々しい」
ノルドは嘆きつつ、モンスターにトドメを刺した。
先日から大量発生するようになったドレークタイプモンスターである。
濡れた土のような焦げ茶色の肌の小柄なモンスターであり、イング王国であれば雑魚として扱われるであろうレベル。
だが『白狼団』ではかなり危険視されている。
理由としては荒野と同系色であり発見が難しいこと。
そして独特な形状の爪は急斜面でも登ることができる。
つまり防壁を登ることができるのだ。
先日もいつの間にか防壁を突破され、団員一名が負傷している。
さらに探知能力とは呼べぬレベルだが、ノルドが忍び足で背後から近づいても気付かれてしまった。
つまり不意打ちすることも難しい。
仕方なくノルドは、石の剣で脳天をぶっ叩き幽壁を誘発。
幽力が切れたところに鉄の剣で急所を刺す戦法をとる。
大きく息を吐くノルド。
(サクサク殺れねえから、鬱陶しい。
それに、鉄の剣はこっちじゃ貴重品だ。
アイレドなら剣なんていくらでも手に入ったんだがな)
鉄の剣を眺めるノルド。
大事に大事に使っているが、それでもかなり劣化している。
次に絶命しているモンスターに視線を落とし、右手に力を籠める。
だが弱々しい握りこぶしをつくることしかできない。
過去の戦いの後遺症で、満足に剣を握ることもできなくなってしまった。
(……クソ、あん時もトカゲだったな!
俺はトカゲに呪われてやがるのか?)
『紅蓮蜥蜴』。そしてその後に現れた濃紺のドレーク。
そして物量で町に迫るドレークたち。
大のトカゲ嫌いになりつつあるノルド。
「ハア~。
対策を講じるしかねえか。
武器に関しては、例の件が上手くいけば……。
ま、眉唾な話だったが、ロゼは自信満々に『大丈夫』って言ってたな」
ノルドは天を仰ぐ。
「期待せず待つとしよう。
それよりも、まずはクソドレーク対策だな」
ノルドは『白狼団』の本部へ戻っていく。
入念なモンスター対策をするために。
だがなぜか、数日後にはぱったりとドレークタイプモンスターは現れなくなった。




