南へ
南方、かなり遠くにモンスターが現れる
複数の可能性あり
また、人型の可能性あり
手紙の内容を思い返し、アイナは物憂げに溜息を吐いた。
インベントに同行するべきか悩んでいるのだ。
これまで『怪鳥』の件を含め12通の手紙が届いているが、アイナが同行したのは『怪鳥』の時だけ。
『怪鳥アルヒエドラ』との戦いで披露したインベントの『リアル系ロボット』の動き。
その凄まじさを背中越しに体験したアイナは、二度と御免だと思っているのが本音。
だが――
(さすがに一緒に行ったほうがいいか?
複数のモンスターに『人型』だもんな。
う~ん……いやでもなあ……。
『怪鳥』の時みたいな動きされたらしがみついている自信無いし。
戦いが始まる前に降りれば……いや~戦いは突然に始まるからな~。
どうしよう~! どうしよう!?)
インベントと同行するか迷うアイナ。
戦いの役にたてるとは思っていないが、インベントが暴走か心配なのだ。
親心に近い感情。
迷うアイナに対し――
「それじゃ明朝に出発するね。ひとりで」
いとも簡単にアイナの迷いを断ち切るインベント。
「え?」
「ん?」
アイナは「一緒に行こうか」と発言しようとするが、インベントはアイナの言葉を遮った。
「なんか遠いみたいだしさ、アイナはお留守番しててよ」
「そ、そりゃ……まあそうだけど」
同行を拒否される展開は想定していなかったアイナ。
優しい言葉を使いつつも、明確に拒否を叩きつけるインベント。
それはアイナに対しての優しさか――それとも――。
****
空が白む前にカイルーンの町を発ったインベント。
ただひたすら南へ。
手紙には『かなり遠く』と書かれていた。
それはどれほど遠いかは判断が難しい。
これまでの手紙はカイルーンの町から最長五時間程度の距離だった。
行って、狩って、帰るともう夜。下手すれば深夜。
(あの時は……アイナにすごく怒られたな。
『夜に出歩いちゃだめでしょ!』って……ふふふ、お母さんみたいだったなあ)
とりあえず五時間を待たずインベントは一旦地上に降りた。
『モンスターソナー』でお目当ての大物がいるか確認するために。
「くんくんくん……。
むふふ」
カイルーンの町はイング王国の最南端。
カイルーンの町から南に向かえば、手つかずの大森林が広がっている。
つまり、モンスターの気配が濃くなっていく。
完全な危険領域――インベントにとっては興奮領域なのだ。
インベントが歩けばモンスターにあたる状況。
だがインベントはぐっとこらえて、大地をあとに。
そこから一時間ごとに着陸と離陸を繰り返す。
だがお目当ては見つからない。
着陸七度目。
「ふ~む、どうしようかなあ」
心地よいモンスターの気配に包まれているインベント。
しかし――お目当てではない。
インベントは迷う。
これ以上進めば、カイルーンの町へ戻ることが難しくなる。
すでに現時点からどれだけ急いで戻ったとしても、夜になってしまう。
手紙に記載されてたモンスターを諦め、近場にいるであろうモンスターと遊んでから帰る選択肢もある。
だが――
(アイナに怒られちゃうけど……ま、いっか!)
インベントは更に進む。
深夜に帰宅すればアイナは激怒する。
激怒されるかもしれないが、もう少し先にお目当てのモンスターがいるかもしれない。
「もう少し……もう少しだけ……」
インベントは突き進む。
手紙の魔力――魅惑のクエストは、アイナを怒らせたくないと思う心を簡単に打ち負かしたのだ。
**
「あ~…………」
水平線に太陽が沈んでいく。
時間切れである。
帰らなければならない。
帰らなければアイナが心配する。
だが――
「う~ん。本当にもう少しな気がする! 気がするのに!」
眼下に広がる大森林。
その更に奥にはオセラシアの荒野が見える。
一日探したが手がかりらしい手がかりは無い。
手がかりは無いのだが、着実にお目当てに近づいている気がするのだ。
ゴールに続く糸を手繰り寄せているかのように。
(せっかくここまで来たのに……またやり直しは嫌だな。
う~ん……でもなあ。さすがに夜の森は危険すぎる。
安全な場所なんて無いし、徹夜は嫌だしねえ)
諦めざるを得ない。
かと思いきやインベントは妙案を思いつく。
オセラシアの荒野に目をやる。
(夜の森は危険だけど……夜の荒野なら……大丈夫じゃないかな?)
「むふ」
こうしてインベントは南下を続けるのだった。
****
そんなインベントの様子を見ているシロとクロ。
「なんかアレだよな~」
「なに?」
「ベン太郎って、ギャンブルやったらダメなタイプだよな。
『次こそは当たる!』って言いながら破産しそう」
「あ~……そうだね。
間違った方向で、諦めたらそこで試合終了しちゃいそう」
「カカカ、この世界にソシャゲが無くて良かったぜ。
廃課金まっしぐら」
「う~ん……ちゃんと歯止めになってあげないとね。
ね、フミちゃん」
「カカ……歯止め、ねえ。
私はどっちかといえば焚きつける側なんだが」
「だめ! ただでさえベンちゃん暴走気味なんだからフミちゃんまで悪ノリしちゃだめ!」
「ハハ、ま、善処しま~す」
クロはヘラヘラと笑いながらシロをあしらう。
憤慨するシロを見ながら、クロは急に真面目な顔に。
「なあ、シロ」
「え? なあにフミちゃん」
「ベン太郎はゲームキャラじゃねえ。
私たちがコントロールしようとしたところで、メインはやっぱりベン太郎だ。
へっ、昔みたいに操作権奪っていいなら話は変わってくるけど――」
シロはぶんぶんと首を振り「それは絶対ダメ!」と言う。
クロは手を振り「しねえしねえ」とお道化て見せるが、表情は真剣なまま。
「だけどさ、あの件だけは私の言うとおりにしてもらうからな」
シロは不安そうな顔で頷いた。
「カカカ、心配すんなって。
もしかしたら起きないかもしれない。
ベン太郎次第だがそっちの未来のほうが可能性は高いんじゃねえか?
だけどまあ……準備はしておかねえとな。
ほら、私はシロのお願いを叶えないといけないからさ、カッカッカ」
****
「帰ってこねえ!」
アイナは怒っていた。
いつになってもインベントが帰ってこないからだ。
「あの手紙が届くと毎回深夜帰りじゃねえか!
ったく、今日は飯抜き決定だ。
かったるい!
だから、手紙のことはすっかり忘れてたー! ってことにしたいのに。
あのすっとぼけ……手紙の時だけは異常に勘が鋭い。
ったくバカチン!」
アイナは下唇を突き出し、自らの前髪を吹き上げた。
「――帰ってきたら蹴飛ばしてやる」
悪態をつくアイナ。
椅子に座り、ドアを眺めている。
裏を返せばいつ帰ってくるかわからないインベントを、起きて待つつもりなのだ。
**
「ふあ~あ……遅っせえな」
**
「だあ~、もう。
遅刻記録更新かよ!
腹パンも追加だ、コンチクショウ!」
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「あれ……。
本当に帰ってこない?」




