盤面
オセラシア自治区。
サダルパークの町。
町を護る自警団、その名は『白狼団』。
そして団長を務めるのはノルドである。
しかしノルドは自警団を組織した覚えも無ければ、表立ってリーダーシップを発揮する気など毛頭ない。
危機的状況だったサダルパークの町でモンスターを狩っていただけ。
救ってもらった恩義を返そうと、自身の出来る範囲で行動していただけなのだ。
だがいつの間にか民衆が求めていた英雄ポジションに、すっぽりと収まってしまっていた。
日に日に大きくなる『白狼団』。
団長など柄ではないと拒否していたノルドだが、周囲の期待はノルドを逃がさない。
いっそ町から離れようかとも思ったのだが、他に行く場所も無い。
一段落したら雲隠れしよう。
――と思っていたのだがいつまで経っても一段落しない。
逆風は『白狼団』を更に拡大させ、もはやサダルパークの町一番の有名人になってしまったノルド。
おちおち町も歩けない。
「……チッ」
さて――ノルドは苛立っていた。
目の前に置かれたアリベ盤と、その先に座りニコニコ笑う青年に。
アリベ盤。
オセラシアでポピュラーな対戦型ボードゲーム。
互いに配置された三陣営。先に全て陥落させたほうが勝利。
戦略と駆け引きが重要になる。
勘の鋭さが活きるゲームには滅法強いノルド。
何度かプレイした結果、アリベ盤の腕前も相当なものになっていた。
だが目の前に座る青年、『大飯喰らい』と呼ばれるエスタにはなかなか勝てない。
エスタは背丈は人並みだが線が細い青年。
線が細い割に大食いゆえに『大飯喰らい』。
好戦的な性格でもないため、戦力にならない存在。
『白狼団』の雑用係だったエスタ。
だが人並みならぬ勘の良さを有しており、そこに目をつけたノルドが試しに索敵要員にしてみたところ想像以上の成果を発揮したのだ。
そんなエスタは、アリベ盤が異常に強い。
ノルドの動物的勘をあざ笑うかのように、ノルドの一手を先読みしてくる。
(クソ……。
アホ面で微笑んでやがる。
裏の裏をかいて……こいつでどうだ!?)
顔立ちは似ていないのだが、どことなく出会った頃のインベントに似ているエスタ。
ノルド渾身の一手。
エスタは表情を崩さず――
「あ~、そっちなんだ~。
だったらこれでジヒロ地区制圧。
ルンギニー地区に進軍かな」
大勢が決する。
挽回不可能な状態へ。
「あ~クソ」
足を放り出し、天を仰ぐノルド。
「ははは~降参ですか~?
団長は強引過ぎるんですよ~」
「けっ。
実際はこんな盤面通りいかねえんだよ」
「え~。
でもアリベ盤って良く出来てると思いません~?
実在した豪族たちの争いを基に作られたゲームなんですよ~」
ノルドは鼻を鳴らし立ち上がる。
「――だったら」
ノルドは駒を一枚拾い上げる。
そして盤面上、エスタ陣営側の王の駒に重ねるようにパチンと乗せた。
「え~?」
「上空から『星天狗』の攻撃だ。
ハハ、これで俺の勝ちだな」
「そんな無茶苦茶な……」
「ハッ、俺はオセラシアの歴史なんて知らん。
だが『星天狗』がいたことは知っているぞ。
事実を基にしてるんなら、クラマ様の駒があったって構わんだろう。
言っただろ? 全てが盤面通りいくとは限らねえんだよ。
イン――」
ノルドは「インベント」と言いかけて、「エスタ」と言い直した。
不満顔のエスタに対し――
「ほれ、大好きな飯の時間だ。行くぞ」
「わほ~い」
満面の笑みで駆けていくエスタ。
そんなエスタを見ながら――
(随分と見ていないな、インベントのやつ。
どこでなにしてやがるんだかな)
ノルドは『星天狗』として扱った駒を手に取った。
「ま、いつか会えるだろう」と言いながら駒を優しく盤面に転がした。
****
某所――
男は目を閉じる。
そして額を指でトントンと叩く。
「ただいま、父さん」
男は背後から声をかけられた。
男はゆっくりと目を開き、ゆっくりと振り返る。
「おかえり、ルベリオ」
後ろに立っていたのはルベリオである。
そして、その男はイスクーサ。
『星堕』のリーダーを務める男。
ルベリオは腰かけた。
「で? どうだったんだい? ルベリオ」
「フフフ、いたよ。『陽剣』」
「やはり……か」
「アハハ、ボクも目を疑ったよ。
まあかなり遠くから見ただけなんだけどさ。
怖くて近づけなかったよ。
いや違うな。見られてはいないけど気付かれたと思うよ。
アレはもう人じゃないよ。
フフ、恐ろしいね。ハハ、二度と近づきたくないね」
イスクーサは笑みを浮かべた。
「怖い目に合わせてすまないね。
ルベリオにしか頼めない仕事だったからね」
「まあ仕方ないよね。
適任者はボクしかいないしね。エウラリアが死んじゃったんだからね。
ハア~ア、出来る男はツラいよね。面倒事は全部ボクに回ってくる」
「まあそう言わないでくれよ。
代わりに運び屋の仕事から外したんだからさ」
「ま、別にいいんだけどね。
だけど本当に大丈夫なの?
あの兄弟に任せちゃって。
ボクは正直苦手だよ。
アドリーのババアもやりづらいんじゃないの?
ま、知ったことじゃないけどね」
「あの子たちはよくやっているさ。
少し変わっているが、ラーエフがしっかり教育している」
「ふ~ん……まあいいけどね。
それよりも大丈夫なの?
まさか『陽剣』が現れるなんて、さすがの父さんでも予想外だったんじゃないの?」
イスクーサはおどけて見せる。
「確かに驚いたよ。
まさか『陽剣』を連れてくるとは。
クラマもなりふり構わなくなってきたかな。
それに『愚王』も献身的に働いているみたいだな。
防壁造りは順調だったかい?」
「そうだね。犬っころじゃ簡単に弾き返されちゃうね」
イスクーサは大きく息を吐きだした。
「確かに。確かに予想外ではある。
だけどねルベリオ。想定の範囲内でもあるんだよ。
こちらのほうが駒は多いのさ。
ふふふ、使うつもりはなかったがとっておきの手も用意してある。
オセラシアには地獄が訪れるさ、ふふふ」
「ふ~ん。
まあ、ボクは楽しければなんでもいいよ」
「フフ、楽しいのはこれからさ。
全ては私の掌の上」
「なるほどね。
それじゃあボクももう少し頑張ろうかな」
「ん?」
「後任の仕事を見てくるよ。
ついでにババアがちゃんと働いてるかもね」
「アドリーは勤勉だから大丈夫さ。ルベリオ」
「ハハ、どーだかね。
ババアの嘘のせいで、一度死にかけたからね」
「ああ。そんなこともあったな」
イスクーサは額に手を当てた。
アドリーが殺したと言ったが実は生きていた男のことを思い返す。
真っ黒な風を纏った邪悪な少年。
空を飛ぶ忌々しい悪魔のような少年。
オセラシアの荒野で出会った少年。
そしてその後死んでしまった少年。
ルベリオが始末したインベントのことを。
「それじゃあ行くよ、父さん」
「ああ、気を付けて」
ルベリオが去る。
イスクーサは深く長い息を吐いた。
「どうやって『陽剣』を連れてきたんだ……まったく。
それに『陽剣』だけではないな。
私の一手一手に対し、即座に応戦してくる。
誰だ? まさか……『軍師』が現れたとでも?
クックック、まさかな。そんなことはあり得ない。絶対に」
イスクーサは頭を振り、笑みを浮かべる。
余裕の笑みである。
だがイスクーサは知らない。
『陽剣』だけではなく、デリータまでオセラシアにいることを。
そして――
死んだはずの人間が生きてることも知らない。
死んだはずの人間が何をしでかすのかも知らない。
私事ですが、「キネティックノベルス」(発行:ビジュアルアーツ、発売:パラダイム)様から書籍化が進行しております!
いつも読んでいただいている皆さまのお陰です。
これからもしっかり連載しつつ(投稿遅くなって申し訳ないですが……)、書籍化に向け一層面白い作品にしていければと思ってます!




