エピローグ
目の前に一組のカップル。
観光大使――もとい、クラマは饒舌にオセラシアの魅力をプレゼンする。
「――最近はのう、ハウンドタイプ以外のモンスターも増えておってのう。
つい最近は巨大な猛牛のモンスターが現れたんじゃよ。
それはもう恐ろしい角を携えておった」
カップルの男、インベントはモンスターが大好きな青年。
美味い料理も、風光明媚な観光地も興味が無い。
兎にも角にもモンスター。
モンスターのことさえ話していれば魅力は伝わるのだ。
想像を掻き立てられインベントは笑みを浮かべている。
まさに好感触。
だが女――アイナは腕組み、斜に構えている。
クラマの発言に対して懐疑的であることは手に取るようにわかる。
アイナは溜息交じりに口を開いた。
「ハア……そんなことより。
な~んでクラマさんはこんなとこにいるんですか?」
「あ~……なんで……か。
え~っとのう……ふむ。
おお、そうそう! あの巨大鳥もオセラシアで発見されてのう。
ワシの【雹】で羽を撃ち抜いたんじゃが……バランスを崩しながらイング王国方面に逃げてしもうてな。
始末しようと思って追いかけてきたわけじゃよ」
そう言った後、これまで笑みを浮かべていたインベントの顔が曇った。
「ああ……だから不安定な飛び方してたのか。
可哀想に」
クラマは驚き「か、可哀想!?」と目を丸くする。
インベントは『万全な状態で俺と戦えず、可哀想に』思ったのだ。
まるで『怪鳥』が自分自身と戦いたかったかのようにねじ曲がった解釈。
そこまで理解できずクラマは困惑する。
だが旗色が悪くなったのではないかと思い焦る。
「と、とにかく、そうじゃのう……。
モンスター狩りには困らんぞ!
宿も飯も全部保障するしのう!
思う存分モンスター狩りをしてよいぞ!」
アイナは「どんなけヤバイ状況なんだよ……」と呆れている。
「い、いやいや!
状況はかなり良くなっておるんじゃ!
ゼナムスが防壁を造っておるからのう。
町を囲む防壁は中々に壮観じゃよ」
「ええ? あの王様が防壁を?」
「う、うむ。
ゼナムスもやっと王としての責任感が芽生えてきたのじゃ」
「責任感……ねえ」
脳裏に浮かぶゼナムスが、たった数年で責任感が芽生えたとは到底思えないアイナ。
(でもまあ、防壁ってのはアリだな。
あの王様のルーンの正しい使い方って感じだ。
案外、窮地に陥って心を入れ替えた……のかもしんねえな)
実際はゼナムスは今も昔も大して変わっていない。
防壁もデリータが半強制的に、ゼナムスがやらざるを得ない状況に追い込んだだけである。
さて――
クラマの話を聞いてもアイナの顔は晴れない。
それはそうである。
別にオセラシアになんて行きたくないのだから。
投獄されたり、インベントがおかしくなったり、殺されかけたりしたオセラシア。
良い思い出も無く、行きたいはずもなく。
巻き込まれるなんてまっぴらごめん。
――ではあるものの、インベントが「行く」と言えば、反対するつもりも無かった。
(なんかクラマさんに押し切られちまいそうだな~インベント。
ま、かったるいし一応反対するつもりだけどさ。
アタシの反対なんて押し切られて、ど~せアタシもついていく流れになっちまうかな。
あ~あ、またオセラシアか~。かったる~)
そんな風に考えているアイナ。
オセラシアのゴタゴタに巻き込まれるのは御免だが、インベントに巻き込まれるのはやむなしといったところ。
だがクラマは焦る。
アイナに反対されるかもしれないと思い焦る。
「本当に良い状況なんじゃ。
そうそう! 壊滅しておったタムテンの町も復活したんじゃよ。
民の士気は上がっておるし、おぬしたちが来てくれた数年前よりも町は活気づいておる。
まあイング王国の森林警備隊ほどの練度は無いが、しっかりと自衛する力をつけとるし。
だから――」
焦った結果、多弁になるクラマ。
そして――口を滑らせてしまう。
「インベントは安心して、モンスター退治してよいぞ。
ロメロのようにのう」
一瞬の静寂。
「ん?」
首を傾げるアイナ。
「んん?」
インベントも首を傾げアイナを見る。
「む?」
クラマはなにに反応しているのかわからず、やはり首を傾げる。
「え? なんで、このタイミングでロメロの旦那の名前が?」
クラマは納得し「おお、そりゃあ――」とまで言い、口籠る。
(ロメロがオセラシアにおること……言っちゃまずかったかのう)
イング王国でロメロとデリータがオセラシアにいることは公表されていない。
日陰者を演じるデリータはともかく、『陽剣のロメロ』がイング王国内にいないことが知れ渡れば大問題になりかねない。
そうなればロメロはイング王国に帰らざるを得ない。
ロメロの件を知っているのは『宵蛇』の面々とメティエ女王以外にごく少数。
いわゆるトップシークレット扱い。
インベントとアイナが知らぬのも当然である。
「いや……あ~ナンデモナイゾ」
「ハ? いやいや……怪しすぎる。
どーゆうこと? ねえねえ! クラマさん!」
詰め寄られるクラマは「なんでもないの!」と駄々をこねた子供のように言い放った。
「と、とにかく! オセラシアに来てくれんかのう!
き、来てくれるなら全部話せるんじゃが……」
「い、いやいや、全部話せるなんてロメロの旦那がいるってことじゃねえか!?
え? なんでロメロの旦那が?」
クラマは不信感いっぱいのアイナを無視し、インベントを見つめる。
「のうインベントや。
オセラシアではモンスターをたーくさん狩れるぞ。
な? 来るじゃろ?」
強引な勧誘。
そんな勧誘に対しインベントは――――
「あ、行かないっす」
****
クラマの提案を拒否したインベント。
食い下がるクラマだったが「俺、カイルーンの森林警備隊に所属してるんで勝手な事できないですよ」と至極真っ当な発言で華麗に回避した。
久方ぶりのクラマとの再会を終え、カイルーンの町へ戻るインベント。
ゆっくりと、いつも以上に安全な空の旅。
アイナはインベントの背中にしがみつく。
背負子は当然拒否した。
「なあ~インベント」
「ん~?」
「なんでクラマさんの誘い断ったんだ?」
「ふむ」
「いつものインベントなら『うっひゃ~モンスター最高~』とか言ってホイホイついていっちゃいそうなのにさ」
インベントは笑い「そんなこと言わないけど」と呟く。
「う~んそうだな~。
勘……かな」
「勘?」
「オセラシアにモンスターがたくさんいるのは間違いないと思う。
理由はわからないけど、ロメロさんもいるみたいだし」
「あ~……なんでだろうな?
ロメロの旦那はあんなのだけど、それでも『陽剣』だしな」
「ふふ、わからないね。
ロメロさんは予想外な行動ばっかりしそうだし」
「ま、予想外具合はアンタもいい勝負だっての。
あ、ロメロの旦那がいるからオセラシアに行きたくないのか?」
「ああ。
確かにそう言われるとそうかも。
また『ロメロチャレンジやろう!』って言われそうだしねえ」
アイナは思う。
(そういや、今、インベントとロメロさんが模擬戦やったらどうなるんだろうかねえ?
あれ? インベントがオセラシアに行かねえのはロメロの旦那と関係無い?)
「ってことはロメロの旦那が原因じゃないのか?」
「そうだね。
正直、カイルーンでもモンスター狩りに困って無いし。
それに……なんかこっちにいるほうが面白くなりそうな予感がするんだよね。くふふ」
「ほ~う。だから勘ってことね」
インベントは鼻で笑う。
「それに――さ」
「んあ?」
「オセラシアだと、アイナが来てくれないかもって思って」
「へ?」
「オセラシアでは色々あったしさ。色々」
申し訳なさそうに発言するインベント。
色々。
インベントとアイナだけが知る色々がオセラシアでの思い出には詰まっている。
その思い出は総合的には暗い思い出である。
「あ~。
なんだなんだ。
アタシがついていかないと思ったのか?
シシシ、アタシのためってか~?」
照れ笑いのアイナに対し――
インベントは「そうだよ」とストレートに答える。
「あ~、そう。
にゃはは、そうか、へへ」
「ん、どうしたの?」
「あ? な、なんでもねえっての」
少しだけ顔を赤らめるアイナに――
『照れてるね、コレ』
『カカカ、間違いなく照れてるな、こりゃ』
シロとクロから念話がアイナに届く。
『んあ!? て、照れてねえし!
突然出てくんな! コンチクショウ!』
インベントは突然の念話に驚きつつ――
「ん~? アイナ照れてるの~?」
「て、照れてねえっての! バーカバーカ!」
「はは、照れてる~」
「ぐぬぬぬぬ」
三人にからかわれ唸るアイナ。
するとアイナはインベントにガッシリしがみついた。
「あ~、なんかまた気持ち悪くなってきちまったな~」
「え!?」
「吐き気がぶり返してきたなこりゃ。
あ~吐きそうだ~オエ~」
「だ、だめだよ!」
「う~んもうだめかも~、ゲロロロロ」
「ぎゃああああ!」
****
**
こうしてインベントはオセラシアに向かわない選択をした。
だが、クラマの知らぬところでインベントは巻き込まれていく。
否――搔き乱していくのだ。
そして――――
クラマの軽率な発言は、巡り巡ってある者の人生を狂わせるのだ。
第十三章 収納空間と極める男編 完
13章完結です。
色々ありまして投稿スピード遅くなって申し訳ございません。
ブックマーク、★評価、よろしくお願いします!




