お別れ×2
さしずめ黒い稲妻から、黒い雷鳥へ。
クラマが驚愕するほどの飛行能力を得たインベント。
だが――
「なんだろう……少しズレるな」
イメージとの乖離。
インベントがイメージしているのは鳥ではない。
『リアル系ロボット』なのだ。
追い求める理想へ。原因を探るインベント。
すでにバーニアに問題が無いことは理解している。
バーニアはこれまでのインベント流の飛行方法の延長線上にあるため、クロのイメージ理解し、実行できている自信がある。
となるとやはりスラスターである。
(どうしてズレる?
角度か? 反発力か? 接地面積? 摩擦?)
理想を実現するための試行錯誤。
そんな試行錯誤はインベントにとってはもはや大好物。
『怪鳥』と追いかけっこをしつつ、試行錯誤を続ける。
現時点ですでに余裕があるのだ。
倒そうと思えば『怪鳥』を狩ることは恐らく簡単だと思っている。
インベントはすでに理解していた。
『怪鳥』はそれほど強いモンスターではないことを。
空を飛ぶという稀有なモンスターであり、予測不能な動きは先読みが難しい。
だが警戒すべき攻撃手段が無いのも事実。
尖った嘴や鋭い鉤爪を持つ『怪鳥』だが、当たらなければどうというものではない。
今のところ一度も危ないシーンは無い。
インベントはいつでも攻撃できるが、あえてしないのは舐めプだからではない。
漆黒装備の完成形を披露したいのだ。
漆黒装備を纏い、師匠の構想を実現した最新の自分自身を披露したいのだ。
そう――披露したい。
残念なことに誰に披露したいのかをすっかり忘れているのだけれど。
さて――
試行錯誤の結果、すぐに頭に浮かんだ可能性は全て違うことが証明された。
(むむ? どういうことだろうか?)
インベントはバーニアを連続使用し、その後スラスターを連続使用。
バーニアは思い通りの性能を発揮する。
だがスラスターは微妙なズレが。
インベントは考えの方向性を変えた。
(なぜバーニアは問題無いのに、スラスターには違和感を覚えるんだ?
バーニアの扱いには慣れているから? それだけ?
だったら何度もやればスラスターも使いこなせる?
……違う気がする)
バーニアとスラスター。
手や足から反発力を得るのか。
それとも漆黒装備の強化装甲部分から反発力を得るのか。
実行していることに関してはほとんど変わらないはずなのに、なぜかズレを感じる。
差分に注目するインベント。
そして気付く。
(……あ、脱力か)
アイナから剣術を学び、何度も脱力するように指導されているインベント。
力む癖を手放すのに相当時間がかかったが、意識的に脱力できるレベルには到達している。
そしてそれは収納空間を使う際にも発揮されている。
力を籠めるのは剣術でも収納空間でも技を使う瞬間だけ。
だがスラスターを使用する際、インベントは無意識に身体を強張らせている。
そのことに気付いた。
(なんで強張らせちゃうのかな?
正確さを求めて? 師匠たちのサポートがあるんだから必要ない。
強化装甲がズレちゃうから? ……それはないか。
ドウェイフさんたちの仕事は完璧だ。だからこそ完全版の漆黒装備。
だったらなんだ?)
技術にも装備にも問題は無い。
あとは――
(ああ……これって恐怖心か)
スラスター。
バーニアが主推進システムだとすればスラスターは副推進システム。
アニメや漫画であれば、なにかしらの推進剤を燃やし、気体や粒子を噴射することで推進力にしている。
大きな推進力を得ようとすれば、推進剤を大量に消費する。
それに比べインベントの場合は、収納空間から推進力を得ている。
大きな推進力を得ようとすれば、それ相応の衝撃がインベントの身体に返ってくる。
スラスターは姿勢制御や方向転換目的で使用するため、衝撃は少ない。
それでも一歩間違えれば、大怪我をする可能だってある。
実際にロメロと行った最後の模擬戦では、身体への負担を無視して高速移動を繰り返した。
結果は、インベントは納得していないものの引き分け。
ただしインベントは死んでもおかしくないほどの大怪我を負う。
スラスターを使用する際、反動を恐れ、知らず知らずのうちに身構えていたのだ。
その正体が恐怖心だと悟ったインベント。
「く、くくく」
インベントは笑う。
剣や盾を媒介にする場合と、着用された衣服に仕込まれた強化装甲を媒介にする場合。
仮に万が一失敗した場合、後者の方が衝撃がダイレクトに肉体へ伝わるため大事故に繋がる可能性は高くなる。
だが、シロとクロから全面的に協力を得られている現状。
更に漆黒装備にも全幅の信頼を置いている。
絶大な信頼は、小さな可能性に恐怖する心など簡単に吹き飛ばしてしまった。
そもそも恐怖心を持っていたことに恥ずかしさを覚えた。
「さてさて、行っくぞ~」
『怪鳥』に急速接近。
重力に引かれつつも、ほぼ真っすぐに進む。
そしてスピードを一切殺さず、インベントは更に跳ねるように飛翔した。
両膝の強化装甲を使用したのだ。
頭上を取られることを警戒する『怪鳥』。
だが一転、急降下するインベント。
バーニアとスラスターを織り交ぜ、まるで滑り台を滑るかのように、インベントは『怪鳥』の腹部を眺めつつ滑空する。
この時点ですでに『怪鳥』はインベントを見失っている。
『怪鳥』の後方斜め下にいるインベントは、つま先を真上に向け、逆立ち状態のまま急上昇。
『怪鳥』の後方斜め上へ。
見下ろす状態へ移行したインベント。
(嗚呼。
これで師匠の理想に一歩近づいた)
上昇するエネルギーと重力が釣り合い無重力状態に。
まるで時が止まったかのように感じるインベント。
『怪鳥』はインベントを完全に見失っている。
無防備の極み。
完全版・漆黒装備の力を十二分に引き出すことができた。
後は――狩りを完了させるだけ。
有終完美。
締めの一撃。
インベントは素早く『死刑執行双剣』を仕舞い、替わりに片刃の大型剣を装備。
(ふふ、空を支配する『怪鳥』を屠る剣。
怪鳥殺しとでも名付けよう)
逆立ち状態のまま両足で天を蹴り、一気に加速するインベント。
(嗚呼、なんだろう。
身体が軽いや。
まるで風を纏ったかのようだ)
高揚感?
それともスラスターを使いこなせるようになったご褒美か。
インベントは黒い閃光となり――
あっけなく『怪鳥アルヒエドラ』の首を両断した。
あまりにも手応えが無く、少しだけ不安になったインベントは振り返る。
だが杞憂だった。
頭部と胴体が綺麗にお別れし、別方向へ落ちていく。
三つの部位に分かれ落ちていく。
(……ん?)
一つ多い。
確かに一刀両断した。頭部と胴体に分かれた。
もう一つはなにか?
目を見開くインベント。
「あ……れ?」
首を捻り背後を見るインベント。
いない。
愛しのアイナがいないのだ。
そういえば先程から身体が軽いと感じていることを思い出し、背筋が凍る。
「やばい!!」
『やっべええ!』
『アイナちゃん!?』
確認する前に急加速するインベント。
近づき、落下物がアイナであると確信を持った時――
「ア、アイナアアアアア!!」
インベント渾身の叫び声が木霊した。
(どうしてこんなことに!?
間に合え! 間に合え!! 間に合えええ!!!)
――――全部アナタのせいである。




