地獄の特等席
カイルーンの町を出て、完全版・漆黒装備にお着替え中のインベント。
「ハア…………なんで真っ裸に」
完全版・漆黒装備はインベントの身体に合わせて製作されているため、服の上から着ることはできないのだ。
無防備なインベントの警護をするアイナ。
「お待たせ~。
さささ、乗って乗って」
「へいへい」
黒を基調とした漆黒装備。
背負子は漆黒装備に合わせて、グレーを基調とした色合いになっている。
無駄なこだわりが詰め込まれているのだ。
「よいしょっと」
背負子に座るアイナ。
インベントとは背中合わせの状態。
進行方向と真逆を見たまま飛ぶのかと思い、アイナは少し恐怖心を覚える。
だがそれは杞憂に終わる。
「インベント! いっきまーす!」
元気いっぱいな掛け声。
だが非常に滑らかな加速。
アイナは優しい浮遊感に包まれながら大地を後に。
「ほっほ~う」
速度はぐんぐん上がっていくが、揺れはほとんど無し。
背負子の座り心地も非常に良く、アイナは空中散歩を楽しむのだった。
**
小一時間、南西へ進むインベント。
『怪鳥』と出会うため突き進む。
『な~かなか現れねえな~』
背中合わせの状態なので念話で会話するアイナ。
「ん~そうだねえ」
『しっかしホントに現れんのかねえ、【怪鳥】さんはよう』
「う~ん……まったくそんな気配はしないけど……
もう少し進もうよ」
『アタシは快適だから構わねえけどさ。
帰る時間も考えろよ~。
知ってたか?
行きと同じだけ帰りも時間かかるんだぜ~』
「そんなのわかってるってば。
もう少し……もう少し」
『へいへいっと』
逸る気持ちを抑えきれないインベント。
と同時に不安も襲ってくる。
出会えなかったらどうしよう。
いつもだったら感じない焦り。
というのも最近は『モンスターソナー』のお陰でモンスターに出会うことに苦労しなくなったインベント。
だが『モンスターソナー』は空からは機能しない。
見逃さないように瞬きも少なく空中移動している。
そのせいか、眼球は乾燥し、目は血走っている。
そんな時――
僅かだが強烈な信号がインベントの脳を駆け巡る。
まるで芳醇なトリュフの香りが、一瞬だけ漂ってきたかのように。
だが間違いようがない刺激。
「……きゅぴーん!」
インベントは奇妙な音を発声し、視線を左斜め下へ。
アイナは「うぇ?」と思わず声が出た。
急に流れる景色の速さが変わったからだ。
『お、おい?
インベント? インベントさん?』
インベントは反応しない。
視野を最大限広げ、激しく眼球を動かし、些細な事も見逃さないように探し続ける。
なにせ相手は『怪鳥』。
『モンスターソナー』は左斜め下方向に反応しているのだが、もしかすれば上空から現れるかもしれない。
アイナに構っている場合ではないのだ。
アイナはインベントがなぜ反応しないのかわからない。
速度が上がった理由もわからない。
背中合わせの状況では、インベントがなにを見ているのかもわからない。
急に訪れる不安。
「む!?」
インベントは僅かな森のざわつきを発見する。
ざわつきの中心部分に注目し、息を飲むインベント。
そして――
垂直に飛翔する物体。
鋭く長い嘴。
長く伸びた首。
全体は茶色を基調としているが、赤や黄色が散りばめられた非常に派手な翼。
「お、お、お、おお!?」
『怪鳥』である。
「いっ――たああああ!!」
『怪鳥』を発見し歓喜するインベント。
突然叫びだしたインベントに驚くアイナ。
そしてもうひとり。
インベントと同じタイミング。
『怪鳥』を挟んでインベントとは真逆に、男がひとり。
「おった!!」
なぜか『星天狗』のクラマがそこにいる。
クラマは『怪鳥』に近づこうとするが――
「む!? なんじゃ……アレ」
『怪鳥』に急接近する真っ黒な物体を発見する。
見間違いかと思い目を擦る。
だがやはり消えない黒い物体。
「むむむ?」
高速で動く黒い物体。
それが漆黒装備を纏ったインベントであることを、遠くからは判断できなかった。
**
「おおお~」
インベントは打ち上げ花火のように舞い上がる『怪鳥』を眺めていた。
そして最高到達点で大きく翼を広げ羽ばたいた。
さぞ優雅に飛ぶのかと思いきや――
「あれ?」
まるでもがくようにバタバタと翼を動かす。
なんとも無様に乱高下する。
「ふふ、なんかバカっぽくて可愛いなあ。
なーんか愛嬌のある顔してるしねえ。
なんかアルドモスに似てるかも。
クフフ、アルドモスとヒエドラか。
なんか似てるし……よし! アイツは『怪鳥アルヒエドラ』にしよう!」
モンスターの名前も決まり、ご満悦のインベント。
『怪鳥アルヒエドラ』の甲高い雄叫びも心地よい。
「ぎゃあー! なんの声だ!?
出たのか!? 『怪鳥』がでたのかっ!?」
アイナはいまだに『怪鳥アルヒエドラ』を見ることも叶わず。
ただただ見えない恐怖に怯えている。
インベントはとりあえず槍を発射した。
注意を引くために。
『怪鳥アルヒエドラ』はインベントを発見する。
そして急接近――――するかと思いきや
「あ、あっれえ?」
空中で制御を失った『怪鳥アルヒエドラ』は、不規則に高速な動きで落下していく。
インベントは不満げに「なんだあれ」と呟く。
『怪鳥アルヒエドラ』が落下していく影を見たアイナは「な、な、な、なんかデケエの落ちてった!?」と喚きだす。
落下した『怪鳥アルヒエドラ』を観察していると、またもや急上昇する『怪鳥アルヒエドラ』。
「ふふ、なんか変な奴だなあ。
あんまり……強そうじゃないかも。
でもあれだな~、不規則ってのはある意味予測が難しいってことか。
丁度いい。アレの……」
インベントは柏手を打つ。
「そうだった!
アイナ! そうだったよ!」
「あ!? なんだなんだ!?」
「大事なことを忘れていた!
今日は漆黒装備のお披露目だったよ!」
「は? い、いや、そんなことより――」
インベントはアイナの発言を遮り話を続ける。
「くふふ、おあつらえ向きな相手だと思わない?
大空を支配する狂った『怪鳥アルヒエドラ』。
そんな空の王に今から挑むわけだよ」
インベントは意味ありげに収納空間から『死刑執行双剣』の片割れを取り出し右手に装備した。
「二刀流の修業して、師匠からたくさんのことを学んだ。
そして現在! 未完成だった漆黒装備がようやく完成した!
つまり! そうつまり! 足りなかったピースが埋まったということだよ!」
「は? い、いやそんなことより――」
インベントはゆっくりと左手にも『死刑執行双剣』装備。
「ククク!
ここから戦いの概念が覆るよ、アイナ!
これまでの常識を捨て――新しい自分に生まれ変わるんだ!
そう! 変わるためには!
執着している今を捨てなきゃね!
俺は師匠にそれを教わったんだ!」
剣と剣を擦り合わせ澄んだ音が鳴り響く。
「ここからが第二幕ってとこかな!
キーワードはス〇〇〇ー!
ス〇〇〇ーだよ? アイナ!
アイナは特等席でじっくり見ていてね!!」
「なに言ってんのかわかんねえ!
そもそも見えねえんだよ!!
そんなことより、まずはアタシを降ろせええええ!!」
アイナ。
願い叶わず。
地獄へ向かう特等席からは降りられない。




