ゴツゴツして真っ黒な
森林警備隊は町からモンスターを守る仕事である。
そんな森林警備隊にとって最重要任務は、町にモンスターを侵入させないことだ。
前線部隊はモンスターに襲われる危険を冒してでも町から離れた場所を探索する。
目的は町にモンスターが接近してないか確認することと、町の周辺が人間のテリトリーであることをモンスターたちに知らせるため。
そして周辺警備部隊はその名の通り、町の周辺を警備する。
前線部隊が大きな網だとすれば、周辺警備部隊は目の細かい網。
二重の網でモンスターを警戒しているのだ。
当然前線部隊のほうが危険だが、周辺警備部隊も無くてはならない存在。
どれだけ町の外が危険であっても、町の中は平和でなければならない。
だが、もしもモンスターが上空からやってきたとしたら。
翼をもたない人間には空を警戒することはできない。
突如、空から町にモンスターが襲来すれば大惨事になるであろう。
だが、物見櫓や監視塔を造り上空を警戒しているかと言われれば、そんなことはしていない。
なぜか?
それはイング王国の国民は上空からのモンスターを警戒する必要がないことを知っているのだ。
実は多種多様なモンスターが現れるイング王国だが、飛行するモンスターは非常に少ない。
町を襲った例は皆無に近い。
前線部隊では稀に鳥型のモンスターであるバードタイプを発見することはある。
しかし上空から強襲してくるようなことはない。
なぜならば大抵の場合、飛べないのだ。
大きな翼と軽い体だからこそ飛ぶことができる鳥。
だがモンスター化した鳥は、大きな翼は持っていても大型化してしまい体のバランスが崩れてしまう。
それゆえ羽ばたいたとしても優雅に飛ぶことはできなくなる。
高く飛び上がることはできるかもしれないが、モンスター化したことで最大の特徴を失ってしまった存在。
残念なモンスターなのだ。
だが稀有な例だが、町を襲ったバードタイプモンスターも存在する。
その中で最も有名なモンスター、その名はヒエドラ。
30年以上前であり、またかなり脚色されているが、町ひとつを滅ぼしかねないほどの強さだった言われている。
そんなモンスターを片手間――否、勇敢に立ち向かい一刀両断したのが若かりし頃のロメロである。
そんなヒエドラ。
その二つ名は――――『怪鳥』。
****
『明日、南東の方角に怪鳥が現れる』。
差出人不明の手紙。
だが差出人などインベントにとってはどうでもよい。
『怪鳥』の文字。
インベントも怪鳥ヒエドラのことは知っている。
むしろ憧れていたと言っていい。
そんな『怪鳥』が現れるのだ。
行くしかない。ホイホイ引っかかるインベント。
アイナは止めない。
止められるはずがないのだから無駄な努力はしない。
当日、「暗くなる前に帰ってこいよ」とお母さんのような発言をするアイナ。
だがインベントは――
「え? アイナも行くんだよ?」
そう言われて目を丸くする。
実は最近、一緒にモンスター狩りに行く機会は減っている。
一緒に行ったとしてもやることが無いのだ。
逆にモンスターに夢中のインベントに放置される可能性もある。
自衛のためにもモンスター狩りに同行しないほうが良いと判断したのだ。
ただ、少し寂しい気持ちもある。
そんな乙女心にインベントが気付けるわけもなく。
だから誘われて少し嬉しいアイナ。
「アタシも一緒に行くのかよ?
い、いや~でもなあ……へへ」
「今日は完全版・漆黒装備のお披露目だよ!
それも、うってつけの『怪鳥』だよ!
アイナも来ないとダメだよ」
「あ~、新装備か。新装備ね。
ま……そういうことなら仕方ねえか。
じっくりと拝見させてもらうとしましょうかねえ、シシシ」
せっかく誘われちゃったし、ついていくことに決めたアイナ。
こうしてアイナもホイホイ引っかかった。
**
「それじゃあ行くよ!」
完全版・漆黒装備を身に纏ったインベント。
意気揚々と出発しようとする。
だが――
「ちょっ……と待てい!!」
「なにさ?」
「な、なんだその恰好!?
ゴツゴツしてるし! 真っ黒だし!」
完全版・漆黒装備。
『黒白熊獣』との戦いでも使用した漆黒ブーツ。
それに加え、上半身用と下半身用の服。
更に腕部には小手。
つまり完全版に相応しく、首から上以外は全て黒で覆われている。
「ははは、漆黒装備なんだから黒くて当然でしょ」
「い、いやいや、なんで当然なのかわっかんねえし!
そ、それになんだよ、なんで色々なところが盛り上がってるんだよ?」
ただ黒いだけではない。
肘や肩、背面、胸部、臀部、膝、いたるところが盛り上がっている。
アイナはインベントの盛り上がっている胸部を触ってみる。
「か、硬ッ!?
て、鉄板でも仕込んでんのか!?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!
何度も何度も改良を重ね、重過ぎず、それでいてしっかり防御力の高い装備へ!
見て見てこの動き!」
インベントは二刀流の構えから剣を振る動作を繰り返す。
その動きは非常にスムーズ。
「苦労したんだ~。
可動域に干渉しないようにしてさ~。
それに強化装甲がズレたりしないように何度も何度も修正してね~」
愛おしげに肘や胸の強化装甲を撫でるインベント。
筋肉愛好家が自らの筋肉を触るかのように。
「た、確かに出来はすげえな。
ドウェイフのおっちゃん、大変だったろうな……」
「ははは、ドウェイフ工房もそうだし、仕立て屋さんも巻き込んで一大イベントだったよ」
「マジか……」
「さて、早速出掛けよう!
準備万端!」
「待て待て! え?」
インベントは手を出し、アイナの発言に待ったをかける。
「ふふん、わかってるさ。
完全版・漆黒装備は、強化装甲がいたるところに搭載されているからね。
わかるよ、乗り心地が悪いと思ったんだよね?
確かに背負いにくいんじゃないかと思ってたんだよね!
だから漆黒装備と並行して、こんなものも作成しました!」
「え? これはなんだ?」
一見するとなんだかわからない、小さな梯子のようなものを収納空間から取り出すインベント。
折りたたまれていたその道具を、二段階ほど広げる。
「じゃじゃ~ん、アイナ専用背負子だよ!
これで乗り心地も抜群!」
背負子。
薪や荷物を括りつけ、背負って運ぶ用の道具である。
アイナを背負うことを想定しているため、座り心地にも配慮されていたり、持ち手があるのでアイナも安心して運ばれることができるぞ。
「背負子……いや、背負子装着!
さあ、準備完了だ! 今飛び立とう!」
新装備や、まだ見ぬ『怪鳥』に心躍っているインベント。
すでにテンションが高い。
アイナを背負う準備万端。
だが――
「……インベント君」
「さあ、乗って!
さあさあ!」
「とりあえず一回落ち着こうな。
まずは立て」
しゃがんでアイナが乗るのを待っていたインベントは振り返る。
それを見たアイナは、手をくいっと動かし立つように促した。
「どうしたのさ?」
「背負子があるのはわかった。
アビスなんちゃらもまあいいさ。
だけどさ……アンタその恰好で家から出る気か?」
首を傾げ「そりゃそうでしょ」と言うインベント。
「バカバカ!
そんな変な恰好で家から出たら、ただでさえ変わりもんだと噂されてるのに、変人疑惑に拍車がかかるだろ!」
「え~? 変じゃないよ」
「変だわ!
まごうことなき変だわ!
真っ黒なだけでも怪しい!
更にゴツゴツしてんだからどう考えても変だわ!」
「大丈夫だよ。まだ朝早いし」
「大丈夫じゃねえ!!
絶対誰かに見つかる!
ご近所付き合いってもんがあんの!
町を出てから着替えろ!
ほれ、脱げ! さっさと脱げ脱げ!」
「えええ~!?」
インベント。
とりあえず普段着に。




