自分勝手に生きる人たち
オセラシア自治区はいまだ予断を許さない状況である。
そんな中、『宵蛇』の二枚看板であるデリータとロメロを貸し出すという大判振る舞いをしているが、イング王国は平常運転。
いつもと変わらず、日々モンスターに誰かが殺されている。
少なくない人数が。
だが、モンスターに対し復讐心を燃やす者は稀。
妻と娘がモンスターに惨殺され、『狂人』としてひたすらモンスターを殺してきたノルド。
彼のようにモンスターに大切な人を奪われた人は多々いる。
だが、悲しむことはあっても何年も引きずったりはしない。
イング王国においてモンスターは自然の摂理のようなもの。
モンスターに殺されたとしても『運が悪かった』で終わる、ある意味異常な国。
さて――
そんなイング王国でも変化があった。
一番の大きな変化は、『神寄りの町ルザネア』である。
ルザネアは、イング王国で唯一モンスターがほとんど発生しない町。
インベントは過去にロメロに連れられ、クリエ・ヘイゼンに会うために訪れたことがある。
そんな最も平和な町が、最も悲惨な状況に陥っていた。
平和だった町付近にモンスターが現れるようになった。
市民は――珍しいこともあるもんだ、と暢気に構えていたが日を追うごとに死者が増えていく。
神に護られていると思っていたルザネア市民は、危機感が薄れていた。
昔は町を守るために駐屯地もあったのだが、すでに撤退している。
無菌状態だった町は、一気に絶望へと叩き落される。
元々ルザネアの西部はモンスターが発生しやすい場所。
だが、ルザネアの西部には『神猪カリュー』を中心に猪たちが巨大なテリトリーを作りあげていた。
その結果できあがっていた『神寄りの町ルザネア』。
そんな『神寄りの町ルザネア』にモンスターが現れた理由は、『神猪カリュー』が移動してしまったからである。
そして『神猪カリュー』が移動した理由は、クリエが弟デリータの代わりに『宵蛇』に同行することになったからだ。
原因の張本人であるクリエ。
ルザネアが危機的な状況に陥ることは当然知っていた。
知っていてあえて離れたのだ。
町が大混乱になることも、多数の死者がでることも知っていたが、気にせず動いた。
クリエはルザネアがどうなっていくのかおおよそ見当がついていた。
そして見当通りになる。
大混乱。
その後に芽生える危機感。
多数の犠牲が出るのは間違いないが、時間と共に自衛できるだけの力をルザネアは持つ。
ぽっきりと折れた骨が回復後強固になるように、ルザネアが自立していく。
クリエが唯一懸念していたのは、『宵蛇』がルザネアに出動しなければならない事態。
そうならないと判断したからこそ、ルザネアを無視したのだ。
クリエとデリータ。
どちらもルーンに愛され、予知能力を持つ姉弟だが根本的に考え方が違う。
デリータはイング王国のために最善を尽くす。
それに対しクリエはイング王国がどうなろうと知ったことではない。
クリエはただ、デリータの代わりを務めているだけ。
デリータのように予知を駆使し『宵蛇』を導いているが、抜くところは抜いている。
クリエからすればデリータは過保護だと思っている。
『宵蛇』が精力的に動かなくとも、モンスターによって人は死んでいくかもしれないが、それはイング王国では普通なのだ。
だがクリエはデリータのやり方を否定したりはしない。
むしろ尊敬に近い念を持っている。
国のために生きるデリータを、出来の良い弟だと誇りに思っている。
そして弟に比べ、自分自身はなんと自分勝手で身勝手な、悪い姉だと思っている。
**
そしてもうひとり。
誰よりも自分勝手に生きるインベント。
ずっと変わらずモンスターを狩り続ける。
『黒白熊獣』が死んでしまった後も変わらず。
日増しに勘が鋭くなっていくインベントは、引き寄せられるようにモンスターを発見し狩り続ける。
結果、カイルーンの町は平和になっていく。
信じられないほど死者数が減り、カイルーン森林警備隊の気も少し緩みだしていた。
もしも更に数年、インベントがカイルーンで変わらずモンスターを狩り続ければ、『神寄りの町』はルザネアからカイルーンに変わることになったであろう。
だがインベントもクリエ同様、誰かのためではなく自分勝手に生きている。
インベントの場合、もっとモンスターが増えて欲しいなんて思っているため、ある意味クリエよりも性質が悪い。
そんなインベントをカイルーンの町に繋ぎ止めておけるわけもなく――――
**
ある日――
インベントが家でそわそわしている。
珍しくアイナの帰りを待っている。
アイナは森林警備隊本部からの呼び出しを受けてお出かけ中である。
そしてやっと帰宅したアイナを――
「ただいま~って、おおう?
なんだなんだ? 今日はモンスター狩って無いのに幸せそうにしやがって」
ドアを開けると、目の前にはインベント。
飼い主の帰りを待つ犬のように嬉しそうな顔で。
「もう~遅いよ、遅い遅い!
むふふ! なんと! 本日完成しました!!」
アイナは首を傾げ、頬を掻いた。
「あ~あれか。
うるとらガントレットだっけ?」
「違うよ!
あれはまだ未完成!」
「えっと……あ、ごるでおんハンマーだっけ?」
「あれは、開発凍結したよ!
腰に悪いからね!」
「あ~はいはい。
あれだあれだ。
だーくないと…………らいじんぐ? だっけ」
「違う!
そっちはダークナイトシャドウね!
それはもう完成してるよ! 前に見せたじゃないか!」
インベントは『宵蛇』からの資金提供を一切躊躇せず武器開発に勤しんでいる。
一見すると何に使うか理解不能の道具や装備、そしてなんとも微妙なネーミングセンス。
インベントは大層嬉しそうにアイナに説明するのだが、アイナからすれば覚えてられないのだ。
「えっと……なんだっけ? へへへ」
「もー! これだよこれ!
じゃじゃーん! 完全版・漆黒装備!」
インベントは勢いよく紹介し、収納空間から完全版・漆黒装備を丁寧に取り出した。
「な、なんだこれ?」
「うひひ、17回の改良を重ね、やっと完成したんだよ!
これがあれば戦いの常識が変わる! 変わるんだ!
あっはっははあ~」
小躍りするインベント。
(そもそも非常識な戦い方してんだから、常識もくそもねえだろってのに。
まったく……かったるい)
アイナは溜息交じりにインベントから目を逸らし、おもむろにカバンに手を突っ込んだ。
そして一枚の手紙を取り出し、その手紙を見て再度溜息。
「喜んでるところ悪いんだけどさ、アンタ宛に手紙だ」
「ほ? 手紙?
え? ……誰から?」
インベントは怪しむ。
差出人が誰も思い当たらないのだ。
カイルーンに住むようになって二年近くが経過したが、これまで一度も手紙など届いたことはない。
なにせインベントがカイルーンの町にいることは、両親さえも知らないのだ。
アイナは手に持っている手紙をくるりと半回転させる。
「差出人は――無し」
「え?」
「差出人は言っちゃだめなんだってさ。
だけど重要な手紙だから必ずインベントに渡せって。
一応、中身は読ませてもらった。
ま、アンタの所属は一応アイナ隊だからな」
アイナは手紙を手渡した。
インベントは「別に読むのは構わないけど……」と呟きながら手紙の内容に目を通す。
訝し気な表情で手紙に目を通すインベント。
左から右に目を動かすたびに、表情は晴れていく。
その様子を見て、アイナは首を振る。
「あ~あ、なんともまあ簡潔な内容だよな。
恐らく十中八九『宵蛇』からだよ。
ったく、回りくどいしめんどくさいしかったるいし……」
インベントは手紙の中身をアイナに見せつけた。
笑顔のインベントに苛立つアイナ。
「内容は知ってるつーの!
こんな手紙を個人宛に送るなんてどーかしてるっての!」
手紙に書かれている内容。
それは――
『明日、南東の方角に怪鳥が現れる』
たったそれだけ。
それだけで、インベントを動かすには十分だった。




