ソレナリ
『黒白熊獣』は強い。
短い期間だがイング王国内で最も強いモンスターだった。
紛れもなく王の器。
しかしながら圧倒的な強さは期間限定。
最強であったのは約半年。
最強だったからこそインベントにちょっかいをかけられても生き延びることができた。
ある日、溢れるほどの力が失われていく。
全身に漲っていた活力は霧散し、自らの体が重く感じるようになった。
一回り小さくなった身体。
とはいえ、並みのモンスターより強いのは違いない。
それでも王の貫禄は失われていた。
ハリボテの王へ。
そんなハリボテの元へやってきたモンスター。
強いには強いが全盛期の『黒白熊獣』とは比較にならない。
森林警備隊の精鋭が集まれば問題無く処理できるレベル。つまりソレナリのモンスター。
ハリボテとソレナリ。
ソレナリがこのタイミングで姿を現したのは、勝てる勝負だと確信したから。
モンスターは縄張り意識が非常に強く、自分よりも強いモンスターには近づかない。
知能が足りず暴走するケースもあるがそれは稀。
つまり相手の強さを測る術に長けているのだ。
ソレナリは『黒白熊獣』が力を失っていくことを敏感に察知し、タイミングよく近づいてきた、ある意味セコイモンスター。
対峙するハリボテとソレナリ。
『黒白熊獣』は自らを奮い立たせ、ソレナリを睨みつけた。
勝てないことはわかっていたが、王としての誇りか矜持か、引くことはできない。
ソレナリは『黒白熊獣』を見ることで、やはりハリボテであることに確信を持つ。
勝てる戦いだと思い、余裕の笑みを浮かべる。
否――
余裕の笑みに見え、彼はそれが癪に障った。
ソレナリは彼を見る。
取るに足らぬ矮小な存在の彼を見る。
そして無視した。
今は王の椅子を争う大事な時。
構っている場合ではないと判断したのだ。
彼の異様な圧力を感じ取れないソレナリ。
『黒白熊獣』の存在感に紛れてしまったのか。
それとも目の前に転がる王の椅子に、危機探知能力が鈍ってしまったのか。
最も警戒しなければならない存在を、あろうことか無視した。
多少でも警戒していれば、未来は変わったのかもしれない。
彼は怒りに身を任せ行動しようとしていた。
短絡的な行動であり、付け入る隙はいくらでもあった。
死へのカウントダウンは止められたかもしれない。
「――イッテンイチ」
奇妙な呪文も、向けられている殺意にも気付かないソレナリ。
対峙し睨み合うハリボテとソレナリ。
ソレナリはすでに王になったかのように悠然としている。
悠然と静かにたたずむ様は――格好の的だ。
「――イッテンイチ」
彼は『1.1』と呟く。
何度も呟き、呟くスピードは次第に、加速度的に速くなっていく。
「イッテンイチ」から「テンイチ」に。
「テンイチ」から「テンチ」そして「チ」まで短くなっていく。
「チチチチチチチチ」
20回目のチ。
と同時に発射された強烈な殺意を宿した黒鉄。
ソレナリは背筋が凍り、視線を彼に向けようとした。
だが目の前が真っ暗に。
なにが起こったのかわからないソレナリ。
考えることさえできないソレナリ。
それもそのはず。
目も鼻も口も耳もすべて無くなってしまったのだから。
考えるための脳さえもうこの世には無い。
ソレナリの頭部そのものが消し飛んでいた。
静寂の後、体液を噴き出しながら、崩れ落ちていくソレナリの身体。
また訪れた静寂の中、『黒白熊獣』はじっとソレナリの身体を見ていた。
さすがに驚いたのか、瞬きせずじっと。
そんな静寂の中――
「あ!」
なにかを思い出したかのように彼は声をあげた。
そして――
「『増幅型・空間投射砲』!」
技名を叫んだ。
また静寂が訪れた。
**
「う~ん……やっぱりこの技は欠陥品だな。
ははは……師匠、怒らないで」
クロが発するインベントにしか見えない光は、確実に怒りを現していた。
『増幅型・空間投射砲』は未完成――
というよりも制御不能のため凍結された技。
クロからは『使うなよ!』と念押しされていた。
技のベースとなる『空間投射砲』は、収納空間内から武器を発射させる技。
大した速度はでないため、牽制にしか使えない技。
それに対し『増幅型・空間投射砲』は、ベースとなる『空間投射砲』とは方向性が違う。
起点は『空間投射砲』で徹甲弾を発射する。
そしてすぐに進行方向に開いたゲートの砂空間で反発させ、反対方向へ。
反対方向へ進む徹甲弾を再度反発させ、元の方向へ。
徹甲弾を二枚のゲートで挟み、行ったり来たりさせる。
お手玉のような状態の徹甲弾だが、進行方向が変わるたびに『1.1倍』に加速させるのだ。
たかが『1.1倍』。されど20回連続で『1.1倍』に加速させれば七倍近くのスピードを得る。
威力において速さは最も重要な要素。
『空間投射砲』でもそれなりの威力だが、七倍の速度になれば威力はけた違いに跳ね上がる。
跳ね上がった結果が――ソレナリの頭部で実証されたのだ。
文句無しの必ず殺す技。
使いこなせればロメロも殺せる可能性がある技。
だがクロはこの技を使わないことに決めた。
理由は様々で、まず『増幅型・空間投射砲』発動中は二枚のゲートを使用しっぱなしになるため収納空間が使えなくなる。
更に何度も往復させる際に、正確に反射させなければ徐々にズレが大きくなってしまう。
ズレが大きくなれば狙いが定まらない。
それだけならまだしも、暴発してしまえば最も危険なのは術者であるインベントである。
更に更に、この技、狙いを変えられない。
止まっている相手以外に使えないのだ。
もしもソレナリが『増幅型・空間投射砲』の発動を察知し、先制攻撃を仕掛けてくれば、なすすべなくやられていたかもしれない。
だから『使うなよ! 絶対使うなよ!』と念押されていたのに、やっぱり使っちゃったインベント。
ある意味お約束なのだが、本日の夜、こっぴどく怒られることになるインベント。
罰として三日間『モンブレ無しの刑』に処される。
そんな絶望的な展開が待っていることをインベントはまだ知らない。
だからこそ大きく伸びをして、何事もなかったかのように腰掛けるインベント。
そんなインベントを見ながら、『黒白熊獣』はゆっくりと身体を沈め、伏せた。
インベントを見つめる『黒白熊獣』の目は穏やかそのもの。
小さく「ガア」と発した声に意味があるかはインベントにはわからない。
されど、それはインベントに向けて発せられた声だと、直感で気づくインベント。
「ふふっ」
そこから本当に静かな時間が流れた。
モンスターはもちろん、小動物の気配さえしない。
まるで世界が王の死を悼むかのように。
日が傾き、いつもなら町へ戻る時間。
だがインベントはじっと座ったまま。
『黒白熊獣』の薄く開いていた瞳がゆっくりと閉じていく。
眠りに落ちるかのように、息を引き取る『黒白熊獣』。
インベントは『黒白熊獣』の身体からなにかが抜け落ち、大地に還っていく様を感じ取る。
それが命が終わった瞬間なのだと理解した。
人生で最初で最後となるモンスターを看取ったインベントは――
「お疲れ様でした」と呟き、目を潤ませ、友との別れを済ませ、ゆっくりと町へ戻っていった。




