幕間 救世主?(笑)
「な……なんでこんなことに!?」
ヘズモッド・スンは震えていた。
ヘズモッドはヘズモッド隊の隊長であり、10年以上隊長を務めるベテランである。
ヘズモッド隊は危険区域である『緑の檻』周辺の探索中、怒り狂ったモンスターに襲われたのだ。
多少の油断があったのは事実。
最近はモンスターが減ったと噂されるほど、モンスターの動きが鈍い。
それは前線部隊であるヘズモッドも感じていた。
だがヘズモッドが責められるほど油断などしていない。
長年の勘を活かし、危険な匂いを感じたヘズモッドは細心の注意を払いながら索敵をしていた。
そんな時、突如攻撃を受けたのだ。
なにが起こったのかわからない。
ただ、轟音とともに吹き飛ばされ、五名中二名が重傷を負った。
(ちくしょう!
モンスターの野郎! 俺が追い払ってやる!
追い……払って……)
そう思ったヘズモッドだが、黒く巨大なモンスターと目が合った。
攻撃性を剝き出しにして接近してくるモンスター。
――勝てるわけが無い。
――全滅する。
ヘズモッドの本能が、全力で逃走を促した。
だが、負傷した二名を抱えて逃げるのは難しい。
それに逃げたとしても、逃げる方向はカイルーンの町。
ヘズモッドは「お前ら! 逃げろっ!」と仲間に叫び、自らはモンスターへ回り込むように駆けだした。
自らを囮にすることで、仲間と町を守るために。
決死の覚悟ではあるものの、ヘズモッドは死ぬつもりは無かった。
(俺の防御力はカイルーンで随一!
【大盾】で強化した連結盾なら、どんな攻撃でも防げるさ!)
ヘズモッドは左右に装備した細長い盾を連結させ、【大盾】で強化。
「さあ! こいやあ!」
ヘズモッドは一撃受け止めた後、モンスターをカイルーンの町から逆側に誘導し、そして隠れる算段だった。
だがヘズモッドのプランはモンスターの一撃で砕かれてしまう。
(――あ)
カイルーン随一の防御力は伊達ではなかった。
ヘズモッドの盾はモンスターの一撃を受け止めることに成功する。
だが、凄まじい衝撃をヘズモッドの肉体が受け止められなかったのだ。
右足があらぬ方向に曲がり、踏ん張りが効かなくなったヘズモッドは盛大に吹き飛んだ。
まともに歩くことさえできなくなったヘズモッド。
それでもヘズモッドは気力を振り絞り、モンスターを視界に収める。
(コイツは本当に危険だ。
機動力もあるし、俺の防御を上回る攻撃力。
そして巨大……しかし妙だ。
傷だらけだな。
いや、そんなことよりもコイツは俺が見たことのある中で明らかに最強の大物)
この大物がカイルーンの町に接近すれば大惨事になりかねない。
準備不足の状況で大物狩りに挑む事態になれば、やはり大惨事は確定。
ヘズモッドは注意を惹きつつも、逃げる方法を考える。
(俺はな、しぶとい男なんだぜ!
どうにか逃げて、町のみんなに状況を伝えねえとな!)
ヘズモッドは細長い盾を大地にぶっ刺し、その上部に上着をかける。
続けてしゃがみ、盾に隠れる。
遮蔽物と呼ぶには余りにも頼りない。
だが、ヘズモッドは後方に四つん這いになって逃げる。
身を隠し、泥に塗れ、なんとか逃げようとしたヘズモッドだが――
「ぶあッ!?」
背後から打ち付けるような衝撃を受け、地に伏せてしまった。
「な、なんだ……?」
なにをされたかわからないヘズモッド。
まさか、ただ土を投げられただけだとは理解できない。
上体を起こすヘズモッド。
「ハア……ハア……クソッ。
こんなことなら昨日、母ちゃんのとこに顔出せばよかったな」
モンスターに見降ろされ、死を覚悟したヘズモッド。
そっと目を閉じた。
そんな時――
「あっれれ~? おっかしいな~」
酷く能天気で楽し気な声。
危険区域とは思えないほどの暢気さ。
幻聴? それもと死後の世界の住民?
ヘズモッドは困惑する。
「同じ場所にいると思ったらいないんだもん。
びっくりしたよ、うふふ、うふうふ」
怒りの咆哮が一帯に木霊する。
朦朧としているヘズモッドだが、なにかおかしいと気付いた。
少なくともまだ生きていることを実感する。
「ハハハ、ごめんごめん。
五日も待たせちゃったもんね。
アイナがね、『ちゃんと治療しろ、こんちくしょー』ってうるさくてさ。
さあ、再開しよう!
あ、ここだと町が近いから離れようね~」
ヘズモッドは朧気ながら声の主を見た。
知らぬ横顔。
若い青年。
こんな状況で笑みを浮かべている。
ふと目が合った。
だが気にも留めず、すぐに視線はモンスターに。
「さ、いっくぞ~」
ふわりと飛び去り、モンスターを連れ、町の反対方向へと飛び去っていく。
ヘズモッドには青年が急に消えたように見えた。
空を飛んだなんて夢にも思っていない。
**
その後――
ヘズモッド隊は重傷者三名を出したものの、全員生存。
そして報告を受け、カイルーン警備隊は即座に警戒態勢に移行。
だが総力を挙げて大物モンスターを捜索したが発見できなかった。
とは言え、複数名が見たと証言しているため信憑性は高く、警戒態勢は継続。
しかし残念な事に――
「いやいや! 信じてくれって!
突然、神々しい青年が現れたんだよ!
こ~んな感じでさ、手をかざすとモンスターが大人しくなっちまったんだ!
嘘じゃねえって!
頭を打ったからじゃねえ!
俺は見たんだ!
俺を救ってくれたんだ!
そうさ! あれは救世主だったんだ!!」
ヘズモッドの証言を信じる者は誰もいなかった。
いや、たった一人を除いては。
あまりに突拍子の無い話だからである。
しかしながらヘズモッドは知らない。
ヘズモッドが救世主だと思っている人物が、温厚だったモンスターを暴れさせた張本人であることを。
****
「痛てて」
病院にて治療を受けるインベント。
「おやまあ。
今日もボロボロだねえ」
治療を施すのはイヴェット先生である。
【癒】のルーンを持ち、御年56歳の大ベテラン。
イヴェットの手が空いている時は、率先して治療してくれるのだ。
逆に言えば、他の先生はあまりインベントと接したがらない。
森林警備隊の総隊長からは正規隊員として扱えと言われているものの、インベントの素性は不明。
寡黙なインベントは少々不気味に思われているのだ。
「何度もボロボロになるけど、大怪我は無くなってきたね。
なにしてんのか知らないけど、治療はこれで完了さ。
ああ、服は着替えたほうがいいよ。
この前みたいにアイナが心配するからねえ」
「ははは、そうですねえ」
「あんまりアイナに心配かけるんじゃないよ」
インベントは笑った「はーい」と応えた。
そして部屋から立ち去ろうとするインベント。
「またいつでもおいで。
――――――救世主さん」
インベントは聞き取れず振り返る。
だがイヴェットは手で部屋から出ていくように促す。
「さっさと帰ってアイナを安心させてやんな」
インベントは会釈し、部屋から出ていった。
静かになった部屋でイヴェットは一息ついた。
「さあて、バカ息子――
イヴェットのところに見舞いにでも行こうかね」
イヴェットのフルネームはイヴェット・スン。
ヘズモッド・スンの母親である。
イヴェットは知っている。
ヘズモッドは、話を膨らませることはあっても嘘はつかないことを。
インベントが『宵蛇』となにかしらの関係を持っていることも知っている。
イヴェットは森林警備隊総隊長のメルペと幼馴染であり、それとなく聞き出したのだ。
そしてイヴェットが大怪我をした日――
同じくインベントもボロボロになって病院にやってきた。
(ふふん、本当はあんたが救世主なんだろう?
みんなには秘密なんだろうけどさ)
イヴェットはインベントが救世主だと知っているのだ。
本当はただ、モンスターを狩りたいだけ。
誰かを救うことになんてま~ったく興味が無いことは知らない。
作者が風邪をこじらせていたことも――――誰も知らない




