神ゲー
『良ゲー』や『神ゲー』。
インベントは『モンブレ』以外知らないが、『モンブレ』以外にも数多くの素晴らしいゲームがある。
その多くに共通しているのが、障害が用意されていることだ。
敵、罠、謎、制限時間など、さまざまな障害。
そんな障害を乗り越えていくことが達成感を得ることに繋がる。
障害が簡単すぎてはつまらない。
逆に理不尽過ぎる障害は、プレイヤーの心を折る。
さて――
インベントにとって『黒白熊獣』はどうだろうか?
『良ゲー』レベルには当然達している。
ちっぽけな人間に比べ、圧倒的な巨躯。
まともに一撃喰らえば、致命傷は免れないほどの攻撃力。
理不尽すぎる体格差。
これでこそモンスター狩り。
そう感じているインベント。
『絶影』という新しいスキルを習得し、気分上々。
当然、楽しんでいるし、幸せを感じている。
だが、『神ゲー』レベルには達していない。
理不尽過ぎる障害はプレイヤーの心を折る。
だがどのレベルが理不尽と感じるのかはプレイヤーによる。
ゲーマーたちが行きついた先、失敗を前提とした『死にゲー』や『やりこみ』を求めるように――
インベントもまた、理不尽な障害をモンスターに求めていた。
そして――
その願いは成就することになる。
**
「むふふ~」
『絶影』で先手をとり、反撃に対してもモーションから動きを先読みし華麗に回避。
戦いの時間が長引けば長引くほど、観察力に優れたインベントは、『黒白熊獣』の行動パターンを丸裸にしていく。
ただ合間を縫って攻撃を仕掛けるインベントだが、『黒白熊獣』の防御力は高く致命傷を与えられずにいた。
それでも構わなかった。
(大物に対しチマチマ削るのは当然だもんね!)
地道な戦いも大好物のインベント。
たとえ、一度の失敗が死に直結するとしても、気にせず攻撃と回避を繰り返す。
始めはやる気の無かった『黒白熊獣』も、今は怒りに身を任せ攻撃を繰り返す。
ことごとく攻撃は当たらないが、戦意喪失することは無い。
時間と共に、木々は薙ぎ倒され、大地は荒れていく。
そんな中、インベントが次の一手を考えていた時――
先に仕掛けてきたのは『黒白熊獣』だった。
それは偶然の行動。
『黒白熊獣』はちょろちょろと飛来するインベントに対し、地面を掬い放り投げたのだ。
それは癇癪を起した子どもがモノにあたるかのように。
だがインベントは飛来する土や礫に目を丸くした。
(――やばい)
咄嗟に、最大スピードで後方へ飛ぶ。
投げたのは岩でも無ければ、石でもない。
礫を含んだ、ただの土。
されど、『黒白熊獣』が力一杯ぶん投げた土は、速く、広範囲にばら撒かれ、まるで散弾銃のようにインベントに迫る。
避けることは不可能だと察し、三本の丸太を縦に真っすぐ降らせるように落とした。
少しでも迫る土の量を減らすために。
更に身体を丸め、両手に盾を装備し急所を守る。
「ぐ!?」
咄嗟の中で、インベントは最善の対応をしたと言える。
だが迫りくる土を全て防げるわけもなく、衝撃でバランスを崩すインベント。
追撃を警戒し更に距離をとるが『黒白熊獣』は動いていなかった。
インベントは左腕に痛みを覚え、見てみると前腕部に切り傷が。
治療を必要とするような大した傷ではない。
流れる少量の血。
それを見て――インベントは笑った。
続いて点滅する光。
クロが緊急事態を告げるアラートである。
「……ふふ、わかってますよ師匠。
あれは危険ですねえ」
怒りに身を任せ、土をぶん投げた『黒白熊獣』。
偶然の産物だが、これがインベントに対しては非常に効果的。
インベントの戦いを支える屋台骨の一つに回避力がある。
どれだけ強力な牙も爪も、仮にビームを撃つモンスターがいたとしても、当たらなければどうということはない。
その圧倒的回避力は『モンブレ』仕込みの観察眼からくる先読み。
更に『絶影』を習得したことで回避力はますます磨きがかかった。
だが『黒白熊獣』の土投げは攻撃範囲が非常に広い。
初見で避けるのはインベントでも無理だった。
ただ威力はそれほどでも無い。
所詮土なので、もしも大きな盾を持っているのならば防ぐことは可能なレベル。
しかしながらインベントは小型の盾しか収納空間に入っていない。
これは準備不足なのではなく、ゲートの大きさが直径30センチメートルなため大盾のような幅をとる装備は入れることができない。
回避し難く、防御も難しい。
インベントの戦い方は『当たらなければどうということはない』なのだが――
『当たってしまえば被害甚大』なのだ。
【大盾】や【保護】のように幽力を防御に回せない以上、一撃が致命的になりうる――まさに紙装甲。
(う~ん……広範囲攻撃か……。
まあそれだけならなんとかなる気もするけど……)
インベントは呼吸を整え、両手に『死刑執行双剣』を握りしめ『黒白熊獣』ににじり寄る。
あることを確かめるために。
『黒白熊獣』はインベントの思惑通り、前肢で土を掴む。
掴むと言っても人間のように器用に掴んでいるのではなく、掴むと掬うの中間のような曖昧なものだった。
そしてインベントの思惑通り土投げを実行する『黒白熊獣』。
土を掴む動作が発生するため、先読みは容易い。
だがインベントは苦笑いを浮かべた。
「やっぱりかー!」
インベントは目星をつけていた大樹に隠れ、空飛ぶ土砂をやり過ごす。
「ひゃー、怖い怖い。
ま、なんかそんな予感したんだよねえ」
インベントは大樹から顔を覗かせ『黒白熊獣』を見る。
インベントの予測が的中した。
この土投げはただでさえ広範囲攻撃であり非常に厄介なのは間違いなかった。
それに加え、大きな問題がもう一つ。
一度目と二度目で攻撃範囲が大きく違ったのだ。
(一回目に比べると、攻撃範囲が横に広い感じだったね。
う~ん……これは予測しにくい)
『黒白熊獣』の前肢は土を投げることに特化した形状ではない。
それゆえに、土投げごとに差異が発生する。
『広範囲+ランダム性』。
予測を得意とするインベントからすれば、ランダム性は非常に厄介。
そのことをクロも理解していた。
だからこそ、光の点滅で警告を出し続けている。
その意味は『さっさと逃げろ』である。
だが――
「う~ん……厄介だなあ。
回避不可の土投げ……なんて理不尽な技だ。
ふふ、ふふ、どうやって……狩ろうかなあ」
シロはインベントに死んでほしくない。
クロはそんなシロのお願いを叶えたい。
だからこそ、命を危険に晒すような展開は避けたいのだ。
クロが目指すのは、圧倒的な強さで無双するインベント。
その境地には達しておらず、日々課題を与え成長を促している状態。
育成中なのだ。
育成中に死んでしまえば元も子もない。
そんな思いとは裏腹に。
「土投げをどうしたものか。
う~ん、なにか良い手はないものか。
嗚呼、これは困ったな。
嗚呼、これは本当に……」
攻略法が思いつかない。
だからこそ燃え上がる思い。
ゲームは難しければ難しいほど面白い。
「――楽しいナァ」




