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『絶影』。
またの名を『定められし絶望への暗黒街道(プリスクライド デスペア カオティックパス)』。
インベントは歓喜したが、長すぎるのでアイナとシロから却下された。
『絶影』が発動すると、インベントの意志とは関係無く超高速の連続移動が行われる。
『死刑執行双剣』の先端と柄の部分や、漆黒ブーツに連続で発生する反発力。
まるでインベントはピンボールのように360度縦横無尽に弾き飛ばされる。
考えて実行することなど到底不可能な動き。
『絶影』はほぼクロが主体となる技である。
『ゲート起動→エネルギー発生→ゲートを閉じる』。
この一連の動きを間髪入れず何度も連続発動している。
例えば『黒白熊獣』の鼻先を斬り、元の位置に戻る動き。
この時も、実に32回発動している。
短時間の間に32回もゲートを起動することはインベントでも不可能である。
クロも従来の方法では不可能だが、プログラムすることで実行している。
『絶影』は発動する前から決まった動きをしているのだ。
まさに全自動――automaticなのである。
「ふふふ、素晴らしい」
完全にインベントを見失っている『黒白熊獣』を見て笑う。
『絶影』は技の性質上、短時間に無数の衝撃がインベントの身体を襲う。
もしも衝撃に負けバランスを崩せば、収納空間から全身タコ殴りにあう。
しっかり衝撃に耐えつつ姿勢制御することが『絶影』発動の条件なのだ。
だからこその肉体改造。
更に脳の認識が追い付かないほどの加速減速を含む連続高速移動は、三半規管からの情報と目からの情報、そして体からの情報が大混乱状態に陥る。
極度の乗り物酔いに似た状況になってしまう。
酔いへの対策はとにかく慣れるしかなく、時間があればぐるぐる回ったりしていた。
そんなわけで練習はしていたが、本格導入は本日が初めてである。
「くふふ……これなら」
インベントは『黒白熊獣』の背後からゆっくりと歩きながら、前方へ。
そしてにこやかに手を振る。
不意打ちできる状況を捨て、あえて身を晒すインベント。
警戒する『黒白熊獣』に余裕の笑みを浮かべ、ゲートを開く。
『絶影』はほぼクロが主体となる技。
インベントが担当するのは二点だけ。
一つ目が、動きの選択。
これは事前にゲートを指でなぞることでクロに伝達している。
複雑な動きはできないが、直進なのか弧を描く動きなのか。
もしくは移動の途中で攻撃を挟むのか。
選択肢はそれぐらいである。
そして二つ目。
それは『絶影』発動タイミングの指示である。
戦闘中に、最適な発動タイミングはインベントにしか判断できない。
クロもシロも全面的にインベントをサポートするが、やはり主体となって戦うのはインベントだからだ。
だからこそ、発動タイミングの指示をどうするかは、アイナも交え夜な夜な協議された。
なにせ極端に疲労していない状況だと、インベントはクロたちと会話することができないからだ。
通信方法が限られている、そんな中での伝達方法。
技名を叫ぶ、ポーズを決める、構えてから一秒後などなど様々な案が出され、一通り試した。
そして最終的には『ゲートを閉じたタイミング』が採用された。
インベントは二枚ゲートを開くことができる。
逆に言えば、インベントが二枚ともゲートを開いていると、クロは『絶影』を発動できない。
ゲートを閉じた瞬間は、クロがゲートを使えるようになるタイミングなのだ。
これならばクロが先走って『絶影』を発動することも無い。
さて――
インベントはゲートに弧を描く。
そして構えた状態で、ゲートを閉じた。
恐ろしい速さで動く自らの体。
そして恐ろしく目まぐるしく移動する視界。
胃液がせり上がってくる気持ち悪さを、一息吐いて落ち着かせる。
「これは……ほんとうに……ひっひ、はっはっはっは」
インベントは『黒白熊獣』の側面に。
やはり、『黒白熊獣』には気付かれていない。
「あっはっはっはは、あ~すげえすげえ」
笑いをこらえられないインベント。
高笑いするインベントにやっと気づく『黒白熊獣』。
インベントは満面の――いや、口角が三日月のように吊り上がった笑顔に。
そして笑い過ぎで溢れた涙を拭いながら――
「これ――戦い方が根本的に変わるね」
インベントは右手の剣を上空に放り投げ、ゲートを開き半円を描く。
そのままゲートを閉じず、剣をキャッチ。
続けスタスタと歩き、『黒白熊獣』のエリアに入っていく。
警戒する『黒白熊獣』だが、右肩がピクリとした瞬間――
インベントは構え、ゲートを閉じる。
次の瞬間には、『黒白熊獣』の後頭部を見下ろす位置へ。
「嗚呼……。
こんなに凄いと、先制攻撃し放題じゃないか!」
インベントのこれまでの基本戦術は、観察から始まることが多かった。
相手を観察し、癖を見抜き、隙を突く。
相手の攻撃に合わせ死角に潜り込むのは、インベントの必勝パターンの一つ。
行動パターンを分析は、長年『モンブレ』見てきたインベントからすれば当たり前の戦術なのだ。
だが『絶影』ならば、初手から相手を翻弄することができると気付いたインベント。
言うならば、後の先を得意としていたインベントが先の先もできるようになったのだ。
「ふふふ~ん」
インベントは加速し、『黒白熊獣』の後頭部を斬った。
図体がデカいため大したダメージではないが、激昂する『黒白熊獣』。
インベントは飛び越えるように優雅に宙を舞う。
そんなインベントに対し、『黒白熊獣』は跳躍し叩き落そうとしてくる。
「速っ!」
想像以上の速さに驚くインベント。
だが二刀流を駆使し華麗に空中移動し、攻撃を回避。
『黒白熊獣』は木々を薙ぎ倒し着地。
強烈な地響きが、遠くにいた鳥たちを驚かせた。
「イイ!
イイヨ!
モットコイヨ!」
インベントはあえてもう一度宙を舞う。
先程同様に『黒白熊獣』は跳躍した。
巨大なモンスターが高速移動してくる威圧感をひしひしと感じつつも、さきほどと違い驚きは無い。
インベントは笑みを浮かべつつも、じっくりと観察している。
「うん……なるほどね」
インベントは『黒白熊獣』の攻撃範囲を読み切り、攻撃が当たらない位置に身を置いた。
攻撃が虚しく空振りし、落下していく『黒白熊獣』を眺めながら――
「ワンパターンだと読まれちゃうよ?」
インベントは丸太を出し、『黒白熊獣』の頭部目掛けて発射した。
『絶影』を習得したことで、攻め方のバリエーションは増えた。
だが、観察力は衰えてはいない。
ここから更に、じっくりと料理されていく『黒白熊獣』。
徐々にインベント沼にはまっていくのだった。
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「なあ? 地響きしてねえか?」
「ん~? そうかな?」
「ホラ! また!」
「あ~確かに……なんだろうな?」
「崖崩れかな?」
「まあ、なんかあったら森林警備隊がどうにかするだろ」
「そうだな、カイルーンの警備隊は優秀だからな」
「そうだそうだ、ハッハッハ」
「ハッハッハ。
さ、仕事にもどるっぺ」
カイルーンの町は本日も平和なり。




