おーとま
『なあベン太郎』
「なんでしょうか!」
『ベン太郎が良く使ってる縮地だけどさ~。
あれって咄嗟のタイミングでも使えるだろ?』
「そうですね」
『覚えたての頃はどうだった?
あれって結構、制御難しいだろ?』
インベントは思い返す。
『縮地』。
インベントにとって『縮地』は特別な技だ。
収納空間を駆使するという特異な戦闘スタイルゆえに全て独学だったインベント。
そんな中で『縮地』はノルドが考案した技なのだ。
制御に難があった反発力を、正確に三メートル移動することだけに注力した結果生まれた技。
何百回も練習し、実戦でも使い続けたからこそ、咄嗟に使えるレベルにまで達した。
「覚えたての頃は……毎回微調整した感じですね。
何度やっても中々上手くできなくて、毎度毎度どこが悪かったのか考えながら使ってましたね」
『カカカ、そうだろうな。
技とか術ってのは、基本練習を繰り返して習得するもんだ。
今頑張っている二刀流だってそうだろう。
意識的に練習して、何度も繰り返すうちに無意識レベルでも使えるようになってくる。
逆に無意識レベルの悪癖は中々改善が難しかったりな。
ま、極めることで最適なタイミングで反射的に技を出せるようになるってわけだ。
カカカ、スポコン漫画とか、バトル漫画でよくある展開だろ?』
シロは『ま~たジャンプイズム……』と茶々を入れる。
『うっせえ! 今いいとこなの!
あ~だからなんだ。
ベン太郎は咄嗟のタイミングで自由に収納空間を使えるようになればいい。
これまで通りと言えばこれまで通り。
二刀流になれば処理スピードを上げる必要があるけどな!
CPUをアップグレードしねえといけないわけだ!』
インベントは『CPU』とやらはなに知らないが、方向性は間違っていないことに納得し笑みを浮かべた。
『カカカ。だがなあベン太郎さんよう』
「はい?」
『――反射のその先を知りたくねえか?
無意識の壁をぶち破る方法をよう』
****
「『おーとま』にしよう」と呟いたインベント。
インベントは右手の剣を大地に刺し、ゲートを開いた。
目的は収納空間からなにかを取り出すことでも、仕舞うことでもない。
人差し指でゲートの表面に、まるで文字を書くようになぞるインベント。
剣を握り、構え――強張らせる。
そしてあることをする。
次の瞬間――
50センチ浮上――
右回りに旋回――
左回りに旋回――
元いた場所に着地――
再度50センチ浮上――
左、右、前、後と小刻みに動き、元いた場所に着地――
再々度、50センチ浮上――
今度は左に小さく移動、続けて大きく左に移動。
『黒白熊獣』はインベントの動きを目で追う。
だが、視界から消えるインベント。
呆気にとられ探そうとする『黒白熊獣』。
だが――探す必要は無かった。
なぜならば自らの鼻先にいるからである。
右回りにくるくると二回旋回し鼻先を切り刻むインベント。
驚き、痛み、そして湧きあがる怒り。
叩き落とそうとする『黒白熊獣』。
だが、目の前にはもういない。
インベントはなんと元いた場所にいる。
なにが起こったのかわからない『黒白熊獣』。
目にも止まらぬ動きかと思いきや、まるで幻だったかのように元いた場所に。
この矮小な生物がなにを考えているのかわからない。
未だ、自らが狩られる存在であることを認識できていない中――
「――垂直」
意味深な言葉を呟き、インベントは人差し指でゲートの表面に一本の線を描く。
両手を交差させ構えるが、右手に持つ剣の切先は 『黒白熊獣』の額に向いている。
先端が平らなその剣で『突く』と言わんばかりの構え。
両足を揃えて飛び上がり、また、あることをした次の瞬間――
陽炎のように、時に大きく、時に小さく全方向へ揺れ動くインベント。
焦点が定まらない『黒白熊獣』。
そしてまたもや消える。
消えたと思えば、もう目の前に。
眉間目掛けての強烈な突きが炸裂する。
目玉が飛び出て、首が折れるのではないかと思うほどの衝撃。
だが『黒白熊獣』は頑丈である。
今度はあまりにも近すぎて焦点が定まらないが、インベントを確かに視界に捉えている。
当然叩き落そうとする『黒白熊獣』だが、その攻撃は止まってしまった。
またもや忽然と消えてしまったインベント。
周囲を見渡しても発見できなければ、先程のように元の位置に戻っているわけでもない。
「ふふ、『おーとま』は凄いだろう?」
突如頭の中に響くインベントの声。
それもそのはず、インベントは 『黒白熊獣』の頭頂部にいた。
振り払おうとする『黒白熊獣』だが、インベントは優雅に回避し背後へ。
インベントを発見できない『黒白熊獣』を横目に、インベントは身体の各部をチェックする。
(足も――肩も――問題無し。
手首は少しじんわりするけど、まあ大丈夫。
ふふ、さすが肉体改造の成果)
二刀流の修業も、肉体改造も全てが繋がっていることを実感し感無量のインベント。
『黒白熊獣』に二度使用したとある技。
これはピットとの模擬戦の最終局面、追い込みに追い込まれた状況で使用した――使用された技である。
満身創痍の中、本人もわからぬうちにピットの背後を奪った。
あの時は背後を奪ったがそのまま気絶してしまった。
だが今のインベントは、この技に耐えれるだけの肉体に仕上がりつつある。
「ふう」
頭をぽんぽんと叩くインベント。
軽く酔った感覚があるが、狩りに支障は無いレベル。
これも想定の範囲内なのだ。
むしろ、これほど幸せな時間を止めるつもりなど毛頭ない。
『おーとま』の凄さを実感できて楽しくて仕方が無いのだ。
この技を構成する重要な要素、それが『おーとま』。
インベントはその意味を知らない。
対を成す言葉が『まにゅある』であり、その中間が『せみおーと』なのだが意味はやはり知らない。
クロが言い出して、シロがどうにか説明してくれようと頑張ったが、理解できずに終わる。
まあ『自動車』を知らぬインベントに『ギア操作』の説明をしたところで、理解できるはずもないのだけれど。
だが言葉の意味が理解できなくとも、インベントは『おーとま』の素晴らしさはすぐに理解した。
そして自分自身だけでは何度人生を繰り返したとしても辿り着けない境地だと悟る。
クロがいなければ扱えない代物。
だがクロもまた、『オートマ』を思いついたのはインベントのお陰だと知っている。
インベントが収納空間に心血注ぎ込んできたからこそ、実行可能なのだと知っている。
インベントでなければ扱えない代物。
「さあ、完成させよう。
『おーとま』…………いやこの技――」
『おーとま』を駆使した技の名。
それは――
「――この『絶影』を」
中二病満載の技名。
技名の意味を、当然インベントは知らない。
つけた本人のクロも、知らない。
なんかカッコいい。
技名なんてそれでいい。




