手間取る脅威
大きくても小さくても。
モンスターはモンスター。
全て愛おしい存在。
だがやはり大きいモンスターにはロマンがある。
そして耐久力が高いため、長く戦える。
長く――遊べる。
攻撃力が高いのも素晴らしい。
まともに一撃喰らえばあの世行き。スリリングでたまらない。
「くんくんくん。
う~む、なんと芳醇で鮮烈な香り。むはははは」
インベントは匂いに誘われ森の中を歩いていた。
強烈なモンスターの香り。
実際に匂っているわけではないのだが、香りが鼻腔をくすぐり脳に届く感覚と、『モンスターソナー』でモンスターを感じとる感覚が似通っているのだ。
途中地鳴りがインベントの身体を揺らすが、それはとても些細な事。
むしろ、『モンスターソナー』が正確に起動していることの証。
そして発見する。
「おお、当たりだ」
目を輝かせるインベント。
全身が真っ黒。
横たわっている様はまるで巨岩のよう。
(熊じゃないか。
おお~こりゃあ珍しい)
熊――ベアタイプモンスター。
ベアタイプは非情に珍しく、インベントも数えるほどしか遭遇したことはない。
ただでさえ珍しいのに、以前見たベアタイプよりも二回り近く大きい。
だがおかしなことに、敵意を向けてこない。
テリトリーを侵されたモンスターは激昂し、襲いかかってくるべきなのに寝そべったまま。
仕方なくインベントは、スコップで堀った泥を投げつけ、収納空間を通過させることで加速させ、モンスターの特徴的な目の周辺にぶつけた。
下瞼、上瞼、そして眼球へ。
やっと敵意を向けてくれたモンスターに笑顔を向けるインベント。
「クマちゃ~ん、朝だよ~。
ん~そうだな~……」
インベントは考える。
せっかくの大物モンスター。
ぴったりの名前を考えてあげたいと思ったのだ。
一部を除き真っ黒な体毛で覆われている。
だが、目の周りだけ真っ白なのだ。
そんな特徴的な容姿から着想を得たインベント。
熊。
白黒。
「お前は……『黒白熊獣』だな。
うん、『黒白熊獣』にそっくりだよ! あはは」
インベントは『パンダ』という生物を知らない。
モンブレでも『パンダ』というモンスターは存在しない。
だが見た目が白黒の熊型モンスターが通称『パンダ』と呼ばれ、見た目が黄色い熊型モンスターは『プー』と呼ばれていることは知っているインベント。
その名前の由来は知らないのだ。
だから、『熊+白黒』だけで『黒白熊獣』と名付けたインベント。
本物のパンダを知る者からすれば、全身真っ黒で目の周りだけが白い熊をパンダとは呼ばないのだが……それは些細なこと。
インベントは挑発の締めとして、熱々のコーヒーが入ったポットを取り出した。
「ほらよ」
『黒白熊獣』からすればコーヒーは臭くて黒い液体。
インベントは正確にコーヒーポットを鼻頭にぶつけた。
穏やかな『黒白熊獣』も堪忍袋の緒が切れ、遂に立ち上がる。
「おおお~、これはすごい」
まるで人間のように立ち上がった『黒白熊獣』。
二階建ての建物ほどの高さから生じる威圧感。
振り上げた前足を思い切り振り下ろす『黒白熊獣』。
インベントは迫りくる死を楽しみながら、後方へ飛ぶ。
激しく大きな地鳴りと、飛び散る大地。
華麗に回避したインベントだが、風と小石がインベントを襲う。
「痛てて。
ちゃんと余裕をもって避けないと、こりゃあ危ないぞ~。
ん? あれ?」
『黒白熊獣』は、強烈な一撃を放ち、インベントを睨みつけた後――
また先程と同じように、大地に伏せてしまった。
「なんだよ……やる気ないな。
傷ついちゃうな~、傷ついちゃうよ。
ククク、こうなっては仕方ない。
伝説の防具を召喚するか」
インベントは左手を握りしめ、振り払いながら手を開く。
すると黒煙が舞う。
そして仰々しく両手を天に掲げた。
「いでよ!
重力装備の進化系!
重力を制し、闇の力を纏いし伝説の防具!」
両手を交差させ、これまた両手で大地を叩くと――
盛大に黒煙が舞う。
ちなみにこの黒煙、煤であり、タイミングよく収納空間から取り出しただけである。
ただ、量を間違えたインベントは咳き込んだ。
「ゲホッ!
い、いでよ!
漆黒ブーツ!!」
黒煙の中からまるで召喚したかのように現れる漆黒ブーツ。
その名の通り真っ黒なブーツである。
漆黒ブーツは、ドウェイフ工房に特注で造らせた。
基になった重力グリーブとコンセプトは似ており、脚部からも収納空間の反発力を利用するための装備だ。
踵部分とつま先部分には鉄板が仕込まれている。
また、重力グリーブは片足10キロ弱の超重量級装備だったが、クロたちと相談した結果、大幅に軽量化しグリーブからブーツの形状へ。
インベントはドヤ顔で『黒白熊獣』を見る。
「ククク、これを見たからには生きて返さん。
震えあがるがいい!」
ビシっと指差し、啖呵を切るインベント。
それに対し『黒白熊獣』はノーリアクション。
ここからインベントの猛攻が始まる。
と思いきや――
「ちょっと待ってね」
インベントは座り、漆黒ブーツを履き始めた。
重力グリーブほどではないが、かなり重いブーツなので履くのに手間取るインベント。
またブーツを履いているタイミングは無防備であり、ちらちらと『黒白熊獣』を見て警戒するインベント。
啖呵を切ったかと思いきや手間取る様は、なんとも滑稽。
「よし! 準備万端!
待たせたな!」
インベントは再度手を交差させ、またも仰々しく両手を大きく広げた。
「『死刑執行双剣』――召喚!」
またもや黒煙を出しながら『死刑執行双剣』を装備するインベント。
インベントは久しぶりの大物にテンションが上がっている。
「ふっふっふ~。
それじゃ、生まれ変わった俺の双剣術を見せてやろう!
まずは……『まにゅある』でいく!!」
インベントは両手に持った剣で地面を突く。
反発力を利用し直上へ。
『黒白熊獣』はインベントがまるで鳥のように飛翔したため、目で追う。
「ククク!
いくぞ!
闇の力を得た我が必殺剣を――喰らえッッ!!」
インベントは新装備の漆黒ブーツで、跳躍用丸太を思いっきり踏み、一気に距離を詰めようとした。
「ふぬう!?」
だが――
発生するはずの反発力を得られない。
跳躍用丸太を踏んでいるのに、返ってくるはずの反発力が一切発生せずスカスカしているのだ。
「あれえ? なんでえ!?」
足をバタバタさせながら落下していくインベント。
飛び上がったと思えば、そのまま落下していく。
『黒白熊獣』は呆れながらその様子を見ていた。
インベントはその場に留まり、なぜ反発力を得られなかったのか原因追及している。
『黒白熊獣』からすれば、「もう帰れよ」なんて思っているのかもしれない。
だが、「ああ~」と手を叩き――
「なるほど重さか」とその場でぴょんぴょん跳ねるインベント。
そして奇怪な生物インベントは――
「それじゃあ『おーとま』にしよう」と意味深に呟いた。




