風が吹けば
インベントがピットと別れ、修業に明け暮れている頃――
デリータたちがオセラシア自治区にやってきて、丸三年の月日が経っていた。
デリータが計画していたタムテンの町が復活。
当初は誰もが半信半疑だったが、あれよあれよと事が進む。
「――これはいけるかもしれない」
ひとり、またひとりと、そう思いだしてからは加速度的に物事が進みだす。
風を掴んだ帆船が突き進んでいくかの如く、デリータの手を離れ進んでいく計画。
名前もただの町から、城郭都市タムテンに変更。
これは防壁造りにこき使われたゼナムスが「名前ぐらい変えさせろ!」と駄々をこねたからである。
石材を使い巨大な城まで造ろうとしたが却下され、土の城で我慢させられたゼナムス。
だが壁造りに関しては、三年間の経験でかなり上達していた。
一番危険性が高い北部は、城壁と堀の二段構え。
城郭都市タムテンは名に恥じぬ防御力を手に入れ、復活したのだ。
オセラシア自治区の民――特にタムテンの町の住人だった者たちは湧いた。
もう戻れないと思っていた故郷が復活したのだから当然である。
もちろんオセラシア自治区全体の士気も上がった。
まさに順風満帆。
だが、顔を顰めている男がひとり。
それは影の立役者であるデリータである。
**
デリータはナイワーフとタムテンを行ったり来たりする生活を送っていた。
状況を確認しつつ、的確に指示を出し、危険の芽はあらかじめ叩き潰すために。
そしてデリータは矢面に極力立たないが、それでも一部から絶大な信頼を得ていた。
『デリータさんが言うなら間違いない』と思われるだけの実績があるからだ。
駒を意のままに操るデリータ。
だが一番動かしにくい駒が、皮肉なことにロメロなのだ。
デリータの【読】のルーンでも、『門』を開いた人物では読み切れないのだ。
デリータの手駒の中で『門』を開いた人間はクラマとデリータ。
クラマは行動原理が読みやすく【読】無しでも予測しやすい。
それに比べロメロは、長年の付き合いがあるデリータでも突如理解不能な行動をとる。
気分屋で飽き性。
コントロールしていると思いきや、振り回されていることもしばしば。
そんなロメロ。
いつオセラシアに飽き、突飛な行動にでるのではないかと内心冷や冷やしているデリータ。
最強の手駒。
だが全幅の信頼を置けない駒。
だからデリータは仮に現在、ロメロが消えてしまったとしても頓挫しない計画を立てている。
【読】で誰よりも未来を予測できるからこそ、予測不能な状況に陥ることが大嫌いなのだ。
だが――
やはりロメロは予測を裏切り続ける男なのだ。
**
城郭都市タムテンの復活に湧く頃――
タムテンからナイワーフの町へ戻ったデリータ。
防壁を抜けすぐの広場にてロメロを発見した。
「ハッハッハ、かかってこい」
ロメロは模擬戦を行っていた。
だが剣を使った模擬戦ではなく、両手に布をグルグル巻きにした格闘技の模擬戦。
オセラシア自治区では剣術よりも格闘技が主流である。
鉱物資源に乏しいオセラシア自治区では、剣も貴重品なのだ。
ロメロは郷に従い、素手の模擬戦に興じているのだ。
素手であってもロメロは戦いの天才。
負け知らずのロメロは、すでに教える側である。
「おい、ロメロ」
「む? なんだデリータじゃないか」
「随分楽しそうだな」
「ハハハ、まあただの暇つぶしだ。
素手はいいな。なんてったって殺す心配が無い。
ああ、そうそう。大物がいたけど殺しておいたぞ」
「……そうか。助かる」
「後で飯でも食おう、ハハハ」
ロメロは笑って模擬戦に戻っていく。
そんなロメロを見て、デリータは眉を顰めるのだった。
ナイワーフの町の再建。
タムテンの町の復活。
デリータの想定通り物事が進んでいる。
否――想定よりも大幅に早く進んでいる。
全てはロメロのお陰。
全てはロメロの仕業。
ハウンドタイプじゃなくて凶悪なモンスターが現れた!
そんな危険なモンスターはロメロさんにお任せ。
大物だろうがなんだろうがスパっと斬り刻んで解決だ!
安全領域を広げたい?
それならロメロさんにお任せ。
精力的にお散歩するだけで、モンスターは近寄ってこないぞ。
人間の皮を被った凶悪な生物であるロメロさんに近寄ってくるモンスターは、もういないんだ。
なんだって? もっと強くなりたい?
それもロメロさんにお任せ。
フレンドリーなロメロさんが稽古してあげるぞ。
みんなのレベルに合わせてあげるから安心安全だぞ。
HAHAHA!
HAHAHAHAHAHAHA!!
(……おかしい。
全然ロメロらしくない)
訳の分からないデリータ。
予想以上に役立っているが、あまりにも協力的過ぎる。
(オセラシアの空気が合っているのか?
……わからん)
ロメロがなにを考えているのかはロメロにしかわからない。
ただ――
ロメロが精力的に活動することで、巡り巡って被害をもたらしていた。
否――僥倖をもたらしていた。
****
「おい~っす、アイナじゃん」
「ああ、ポトフか」
食材調達のためお買い物中のアイナ。
ポトフは幼馴染の女性である。
「しっかり嫁さんも板についてきたじゃん」
「誰が嫁だ、誰が」
「またまた、新婚で、料理を頑張ってるってウワサだよ」
「……結婚してねえし」
「え?」
「してねえよ結婚。ったく、かったるい」
「で、でも一緒に住んでるんでしょ?」
「まあ……な。
でも結婚してねえよ」
「え? なんで?
ワケアリ?」
「ハア……。
色々あんだよ」
「色々か……。アイナも苦労してるね。
オッケ、このことは黙っておくからさ!」
嘘つけ――と思うアイナ。
「へいへいっと。
んじゃ用が無いならアタシは行くぞ」
「あ~っとちょい待ち待ち。
そうそう聞いた?」
「ん?」
「隣町が結構やばいんだって」
「隣町? アイレドか?」
「ううん、シュトリア。
なんかモンスター大発生だってさ」
「……へえ」
「ちょっと! もう少し興味持ちなさいよ!」
「いや、別に興味が無いわけじゃないけど……」
「でも『宵蛇』の『怪力乙女』が大活躍らしいよ」
「え? なんだって?」
「『宵蛇』の『怪力乙女』よ。
まだ若いらしいけど、すっごい強いんだって」
「へえ~」
アイナは、脳裏にフラウが過る。
『宵蛇』の若手で、『怪力』ならばフラウは該当する。
(……なんかダサイ二つ名だな)
「見てみたいわよね~『怪力乙女』。
でも『宵蛇』が来るとしたら、カイルーンがやばいってことか……。
それは嫌だわね」
「ははは。
カイルーンは大丈夫だって」
「え~? なんでそんなことわかるのよ。
隣町がやばいってことは、カイルーンだってねえ?」
「はっはっは。アタシにはわかるんだよ~。
カイルーンには守り神がついてっからさ。
それじゃあな~」
「あ、ちょっとアイナー!?」
ポトフを撒いたアイナは――
「守り神というか……処刑人か」
と呟いた。
**
風が吹けば桶屋儲かる。
柄にもなくロメロが張りきれば――。
オセラシア側に近づけなくなったモンスターは北上する。
北上したモンスターはイング王国のモンスターを刺激する。
刺激されたモンスターは活発になり、シュトリアの町や、カイルーンの町へ。
だが現在のカイルーンには彼がいる。
『死刑執行双剣』を持ったモンスター処刑人がいる。
「うふふ。
あはは。
おほほほほ」
ロメロが張りきれば、処刑人が喜ぶ。
****
「ぶえっくし! っす!」
『怪力乙女』はハルバードを振るう。
『怪力乙女』はモンスターをバッタバッタとなぎ倒す。
『怪力乙女』は…………
「もっと……オシャレな名前が良かったっす!」




