最強が煮込まれる裏側で⑨
時は少しだけ遡り――
クラマが操縦する馬車に先行していたデリータとロメロ。
そろそろ大森林を抜けようかというタイミング。
襲い来る強烈な暴風を必死に耐えるが、今にも圧し潰されそうな町。
デリータはナイワーフと思われる町がそんな風に見えていた。
(暴風……というよりも町側が弱すぎるだけか。
イング王国なら森林警備隊だけでどうにかできるレベルだ)
「おい、ロメロ」
「あん?」
「ちょっとひとっ走りしてくれ」
「ひとっ走り~?」
「行けばわかる。ほら、早く行けって」
「ったく……わかったわかった」
デリータはガラム率いる第一辺境偵察兵団の気配を感じていた。
第一辺境偵察兵団を守るためにロメロを先行させたのだ。
(大したレベルではないだろうな。
まあ……駒ぐらいにはなるだろう)
奮戦している第一辺境偵察兵団。
デリータにとっては中の下程度の評価だった。
**
ナイワーフの町を見たデリータ。
誰にも聞こえないように「頭の悪い町だ」と嘆いた。
荒野のど真ん中に位置するナイワーフの町。
攻めようと思えば360度どこからでも攻められる。
(東部には川がある。
とにかく……北部と西部。北部は急務か。
やれやれ)
デリータは巨大な『愚虎』を眺めながら溜息を吐いた。
**
大量発生するモンスター。
それに対し、手駒はロメロとクラマ。
そして名も無き雑魚兵。
適切に駒を動かせば、ナイワーフの町は守ることができる。
デリータには自信があった。
だがデリータ最強の手駒、ロメロには大きな問題がある。
(気分屋だからな……いつ飽きるかわからん)
ロメロはモンスターを狩って喜ぶ変態ではない。
狩るにしても量より質。
長年の付き合いだが、デリータでも手に余る最強。
(とっとと――終わらせねば)
そしてデリータが目を付けたのはゼナムスである。
ゼナムスというよりもゼナムスのルーン。
大地を操る【故郷】のルーンの力は、イング王国の大森林の中で夜営する際に見ていた。
いとも簡単に土製のドームを造りあげていたゼナムス。
更に『愚虎』を見たデリータは、活かさない手は無いと考えたのだ。
ゼナムスを最大限利用して、防衛壁をつくってしまえばいい。
堅牢な壁があれば、町の中は安全になる。
現状、いつモンスターが町に入り込んでくるかわからない状態。
心も体も休まらず、兵の疲労は溜まる一方。
ナイワーフの町を健全化させる。
それがデリータがまずやるべきこと。
(あとは……あの王様が引くに引けぬ状況を作ればいいだけだな)
虚勢を張った隙間風。それがデリータから見たゼナムスである。
ゼナムスは国のために率先して動く王ではない。
逃げ癖もある。
そんなこと百も承知のデリータ。
だから、ゼナムスに影響力のある人物、ファティマ、ガラム、そしてクラマに声をかけた。
更に要職の人物を集めることで、簡単に逃げれない状況を整えた。
ゼナムスには与えられた選択肢は二つ。
国のために尽力し壁を作るか。
それとも、決断を避け逃げるか。
隙間風は、文字通り隙間を通る風。
隙間風が逃げないようにするためには、隙間を塞げばよい。
うやむや、先延ばし。
そんな芽を片っ端から摘んでいく。
全てはデリータの掌の上。
****
「塀……だと?」
「そうじゃ。
ゼナムス王なら簡単に塀でも堀でもつくれるじゃろうて。
そうすれば簡単にモンスターは近寄ってこれん」
ゼナムスは即座に思う。
めんどくせー! ――と。
だが――
「おお!」
「それは凄い!」
クラマやガラムに呼ばれ、理由もわからず集まった要職の者たち。
ファティマが提言し、物資の目途が立っただけでも御の字だった。
更に起死回生の有効策が提言され、希望を失っていた彼らの瞳に光が宿る。
――塀ができれば、ナイワーフは救われるかもしれない!
そんな期待がゼナムスに突き刺さる。
目が泳ぐゼナムス。
どうにかうやむやにできないかと、逃げ場を探すゼナムス。
「し、しかしなあ。
塀を造るとなると……かなり時間がかかる。
そ、それにどこに造ると言うのだ?
ナイワーフの町全域など到底――」
「まずは北部だけで十分ですよ。
モンスターの大半は北部からだ。
な! みんな」
ガラムが皆に同意を求めると、簡単に同意を得られた。
皆が北部にできあがった塀を想像し、自然と首を縦に振ったのだ。
「いや……あの……その……」
逃げ場が無くなっていく。
そして――最後の逃げ場へ。
「あ!
や、やはり塀は難しい!
そう! 強度の問題がある!」
ガラムは「ほう、強度?」と言う。
ゼナムスは、ガラム、そしてクラマが笑みを浮かべたかのように見えたが気にせず話を続ける。
「モンスターを防ぐ塀となると強度が必要だ。
【故郷】で壁を造れるが、強度を高めるのは難しい。
余の才をもってしても土壁には限界がある。
土壁では無理だな~、うんうん」
ざわつく一同。
だがゼナムスが水を差したところで、諦めムードにはならない。
「だったら堀でいいんじゃないか?」
「いっそ落とし穴に」
「レンガをもってこよう!」
「壊れた家を材料にすればいいんじゃないか?」
建設的な意見。
一度未来像が見えてしまったら、人間は簡単には諦められない。
そして――
ひとりの男――カベールが閃き「あ!」と声をあげた。
隣の男が「どうした?」と問う。
「い、いや……壁の材料が、あるなと思ってさ」
「なんだよ?」
「い、いや、あるんだけど……言えないな、これは、ハハハ」
「なんだよ? 早く言えよ」
言い淀むカベールに対し――
「言ってええぞ。ワシが責任持つから」
クラマに後押しされたカベールは「そうですか?」と言った後、おもむろに天井を指差した。
「材料なら……ここにあるな~って」
ゼナムスは指の先、天井を見つめた。
「ここ? この塔か?」
「い、いえ。その……。
この塔の上にいる……グ――」
カベールは『愚虎』と言おうとして言葉を飲み込む。
「その~偉大な虎の像が」
隣の男は手をポンと打ち「あ、ほんとだ!」と声をあげた。
『愚虎』。
ゼナムスが製作した石像の中では一番新しい。
その製作理由は――
「ば、馬鹿な!
あれは余が、『来たるべき脅威に対し皆の士気を高めるため』に造りだした虎!
それを材料にするなど!」
カベールは髪を掻きながら「でも脅威……もう来ちゃってるし」と嘆く。
ゼナムスは睨みつけた。
カベールは救いを求めクラマを見る。
クラマは溜息交じりに――
「なあ、ゼナムスや。
像のままにしておくよりも、町を守るために使われた方が虎も喜ぶんじゃないかのう」
「嫌だ!
せっかく作った芸術だぞ!
そ、それに……民だって嫌であろう!
そうだ、そうに違いない!」
その場にいる全員が首を傾げた。
民が嫌な理由がわからないのだ。
「虎は民の心の拠り所!
こんなときだからこそ、睨みを利かせた虎が……」
察しの悪いゼナムスだが、さすがに気付いた。
誰も同意していないことを。
「そ、それに……誰が石材にするのだ!?
余は絶対にやらんぞ! 余がつくりあげた芸術を……自ら破壊するなぞ!」
ざわつく一同。
だがカベールが手を挙げた。
「なんだ!?」
「あの~……だったら私たちで石材にしちゃってもいいんでしょうか?」
「む!?」
「王様には壁を作ってもらわないといけないし、石材にするのは俺たちが……。
なあ? 俺たちがやればいいよな?」
「ああ、もちろんだ!」
「手分けして人を集めよう!」
カベールは拳を振り上げた。
「よ~し、いっちょやってやるか!
あ、俺たちもう行ってもいいですかね?」
呆然としているゼナムス。
クラマとガラムが首を縦に振った。
慌ただしく出ていく面々。
部屋にはゼナムスとクラマとガラム、そしてデリータが残った。
クラマはゼナムスの傍に寄り、肩をポンポンと叩いた。
ゼナムスは一言――
「解せぬ……」
と呟いた。
**
カベールを中心に『愚虎』解体が急ピッチで進む。
「落ちるぞー!」
塔に跨る巨大な像を解体するのは本来なら時間をかけてゆっくりと行わなければならない。
だが、ナイワーフの町にそんな時間は残されていない。
その結果、腕部や尾など比較的落としやすい部分を地面に落とすことになった。
非常に乱暴な手段であり、塔周辺の広場は隕石が落下したかのようにグチャグチャになった。
だがすでにボロボロのナイワーフの町。
多少ボロボロ具合が増したところで誰も気にしない。
むしろ楽しんでさえもいた。
危険な重労働。
だがナイワーフの住民は、寝る間を惜しんで作業にあたる。
町――故郷を守るため。
そして、あの忌々しい『愚虎』がぶち壊せる喜び。
「そーれ!
GTRをぶっ壊す!!」
今、ナイワーフの町は一つになったのだ。
**
――翌朝
ゼナムスの目の前には大量の石材が。
ゼナムスはまた一言――
「解せぬ!!」
GTRは素晴らしい車だと思います。
アルファベット三文字+『ぶっ壊す!』をやりたかっただけです。
GTRファンの皆様、申し訳ございません。




