最強が煮込まれる裏側で⑧
「しかし……だだっ広いな」
一面拡がる荒野。
大地の起伏も少なく、かなり遠くまで見渡せる。
国土の大半が大森林のイング王国とは真逆な世界。
モンスターが非常によく見える。
逆に言えば、モンスターたちもロメロをすぐに発見できるのだ。
モンスターからすればポツンとひとりの人間。
格好の的。
そしてホイホイとやってくるモンスターたち。
(ニンゲン、マルカジリ!)
駆け寄り、飛びつき、噛みつこうとするが――
死の恐怖を気付くこともないまま、大事な部分が斬られていく。
合理的に――機械的に――
「つまらん。
量より質だよなあ。
さて……帰るか。
――あ!?」
ロメロ。
大事なことに気付いた。
「しまったな。
馬を捨てちまったじゃないか。
さっきのボロボロ団は、あ~……もういないか。
いやまあ……『馬を返せ』って言うのも格好が悪い。
あ~もう、歩いていくか」
独り言。
独り言を呟いている間にも、二体のモンスターを絶命させた。
ロメロは歩く。
ナイワーフの町まで。
ただ歩いただけなのに、屍の道ができあがっていた。
**
屍の道を通り、クラマたちはナイワーフの町に入る。
そして状況を確認するために、『愚虎』の像が跨る塔へ。
塔周辺が前線本部としての役割を担っている。
ボロボロの装備と、ボロボロの人間が集まった前線本部。
デリータは無表情にナイワーフの町を観察していた。
(思った以上に……酷い状況だ。
しかしまあ……これは凄いな)
デリータは、真下から巨大な虎の像を見上げ、感嘆の声をあげた。
さて――
クラマの登場に湧くオセラシア兵。
絶大な戦力であり、象徴となる人物の帰還。
だが、素直に喜べない兵たち。
もうすでに諦めムードが漂っているのだ。
希望を絶望が圧し潰していく。
しかし、ナイワーフの町にて最も疲れている男――と思い込んでいる男。
それは――
「ハア……余は部屋で休ませてもらう」
慣れない長旅で疲労困憊のゼナムス。
ファティマが睨みつけるが、そそくさと逃げ出した。
呆れるクラマと、一笑するデリータ。
「あの、クラマ様」
「ん? なんじゃデリータ」
「色々やることがあるとは思うのですが、町を見て回りたい。
――今すぐ」
「わかった」
だが、兵たちは救いを求めていた。
指示を――鼓舞を――安堵を――
後ろ髪を引かれるクラマに対し、デリータは耳打ちした。
クラマは目を見開き、小さく「わかった」と呟く。
クラマは要職の数名を集め――
「北部のモンスターはワシたちが倒しておいた。
西部と東部、八対二ぐらいで兵を配備してくれ。
できる限り休める者は休ませるように」
そして最後に――
「絶対にナイワーフの町を守るぞ」
クラマは少し赤面しながら、力強く言い放つ。
虚勢ではないその言葉はしっかりと胸に響いた。
そう、虚勢では無いのだ。
絶望的な状況だとしても、それをひっくり返す自信がクラマにはある。
なにせ、バケモノがふたりもいるのだから。
**
クラマとデリータ、そしてファティマがナイワーフの町を練り歩く。
多くの民衆が逃げてしまった死に向かう町。
デリータはこめかみを押さえた。
「これは……思ったより大変だ」
「ど、どうじゃ?」
「正直な話、この町を放棄したほうが楽ですけどね。
ここから立て直すのか……まったく骨が折れる。
だけどまあ、やるしかないでしょう。
この町が無くなると困る」
「お、おお。
やっぱり町が無くなると、悲しむ人が多いからのう」
デリータは失笑する。
「困るのは私たちがイング王国に帰る時、無いと不便だからですよ」
「へ?」
「イング王国に一番近い町ですからね。
ま、とりあえず戻りましょう。
大体理解しました」
**
塔の中の自室でだらしなく寝転がるゼナムス。
(ああ、疲れた。
なぜ余がイング王国まで出向かねばならんかったのだ)
「ぬあああ~寝転がっても身体が痛いー!」
慣れない馬車生活で、全身に倦怠感を覚える。
揉みほぐしたいのだが、身体が固いため手が届かない。
「ああ、今度こそ本当に避暑でもせねば。
英気を養うべき時だな、うむうむ。
後のことはイング王国のふたりがどうにかするであろう。
よ~しそうと決まれば……とその前に――」
扉がノックされた。
「――ゼナムス王。
お食事の準備が整いました」
「おお、そうかそうか!
ゲハハ、すぐに行く」
丁度、腹が減っていたゼナムスは手を擦り合わせた。
久々のオセラシアでの食事。
意気揚々とゼナムスは部屋を後にした。
**
非常に大きなテーブルを前に、ひとり座るゼナムス。
「おい、料理はまだか?
あ、水をもう一杯」
「すぐにお持ちいたします」
料理を待つゼナムス。
だが、来たのは料理ではなく――
「邪魔するぞ」
クラマとファティマ。
更にオセラシアの一般的な服装に着替えたデリータが入室してきた。
「え?」
更に――
ガラムをはじめ、隊長職の要人がぞろぞろと入室してくる。
ひとりで食事するには広すぎる部屋が、いつの間にか満室に。
「な、なんだなんだ!?」
手を挙げるファティマ。
微笑みの中に毒が混じっていることをゼナムスは気付いた。
「なん――だ?」
「ゼナムス王。
ゆっくりお休みになられましたか?
大変お疲れかと思うんですけど、ナイワーフの町は緊急事態。
今後に関して決めていきたいんです」
「あ、ああ、それは……そうだな」
ゼナムスは、『勝手にやれよ』と思いつつも言えない。
「まずは物資に関してです。
完全に滞っているんですけど、どうしましょうか?」
「む、むう……そうだな……。
えっと、け、け――」
考えるゼナムス。
そして「検討する」と、問題を先延ばしにしようとするが――
「あ、分かってると思いますけど、一応言いますね。
今すぐにでも決めないと、みんな死にますよ?」
「……え?」
「そうですよね~? みなさん」
その場にいる皆が同意する。
人、食料、医薬品、装備に至るまで全てが足りぬ状況。
すでにナイワーフの町は、防衛戦ではなく籠城戦に近い状態なのだ。
「そ、その……」
「王様が命令でもしてくれればすぐに動きますけど、どうしますか?
ねえ? ゼナムス王?」
ファティマの見下す視線。
ゼナムスは「わかった」と小さく呟く。
「はい? なにか言いました?」
「わ、わかった! 姉さんに任せる!」
ファティマは「命令書、書いておいてね。今日中に」と言い――
「別室で必要物資の洗い出しをしましょう!
関係者はついてきて!」
ファティマは数名を引き連れ、部屋から出ていった。
人が減ったことに安堵するゼナムス。
だが、終わらない。
「それじゃ次は、ワシ」
「なんだよ……爺さん」
クラマは視線を宙に泳がせ「えっと」と呟いた後――
「正直な話じゃが、ナイワーフはもう大ピンチじゃ。
時にガラムや」
「はい」
「あと何日、ナイワーフは耐つと思う?」
「……10日といったところでしょうか」
ゼナムスは眉をひそめる。
(と、10日?
そんなの……もう終わりではないか)
絶望的な状況。
ゼナムスは思う。もう放棄してしまうしかないと。
モンスターに圧し潰されてしまったタムテンの町のように、ナイワーフの町も。
「だ、だがのうゼナムス。
あ、ゼナムス王。
ワシにな、秘策があるんじゃ」
「ひ、秘策?」
「そうじゃ。
この秘策が成功すれば、ナイワーフの町は助かる。
失敗すれば、ナイワーフの町は滅び、民衆は……民衆は……なんじゃっけな。
あ! み、民衆は深い悲しみに暮れるじゃろう」
たどたどしいクラマの口調に首を傾げるゼナムスだが――
「だったら……やればいいじゃないか」
「うむ!
じゃがのう、この秘策には王の協力が必要不可欠。
だが、王が頑張ってくれればナイワーフの町は助かる。
つまり、王の双肩にかかっておるんじゃよ」
「は?
ど、どういうことだよ?」
クラマは一息ついた。
やっと――セリフから解放される安堵の一息。
そして――
「塀を造るんじゃ。
町を守るための防御壁をな」
クラマの後ろに立つデリータは小さく頷いた。
と同時に思う。
(クラマ様を演者にしたのは失敗だったかな)
――と。




