最強が煮込まれる裏側で⑥
「ああ、蒼天蓋の間がどうやってできたか知りたいのね?
ここって元々なにかの建物があったのよ。
全部が蔓に覆われるぐらい古い建物だったの。
でも老朽化で建物が倒壊してね。
建物は倒壊したのに、蔓のほうがビクともしなかった。
だから蔓だけ残ったわけ。
そうそう蒼天蓋の間以外にも面白い建物があるのよ――」
簡単な自己紹介を終えた後、まるで井戸端会議のようにとりとめのない話を続けるメティエ。
メティエの話を興味深く聞くゼナムスとファティマ。
イング王国のことを全く知らないふたりには、どれも新鮮な内容だ。
だがクラマは苛立っていた。
いつまでたっても本題に入らないからである。
そんなクラマを見透かすように――
「ねえクラマちゃん」
「は、はい?」
「どうして私がこんな話ばかりするのかと思ってる?」
「い、いや……そんなことは……」
「――いつまでも話すわよ」
「へ?」
「私はお客様をもてなすことしか考えていないの。
せっかく遠路はるばる来ていただいたのだから。
香りの良いお茶や、美味しい料理。
楽しい会話に王都観光。
みなさんに楽しんでもらう。それだけ。
そう――『本題』なんてものは、私には無いのよ?」
クラマは息を飲む。
そしてデリータが勧めたからほいほいと深く考えずにエルダルバーフまでやってきた自分を戒める。
オセラシア自治区はピンチに陥っている。
だからと言ってイング王国が手を差し伸べる筋合いは無い。
友好関係だからと言って、手を差し伸べるにしてはオセラシアは遠すぎるのだ。
クラマは姿勢を正した。
「メティエ様。
実はお願いが――」
「――クラマちゃん」
クラマの発言を遮るメティエ。
続け――
「野暮ね。相変わらず」
「む、は?」
「そのお願いとやらは、クラマちゃんのお願いかしら?
クラマちゃんは自分のお願いを言うために、わざわざ若い二人を連れてこんな遠くまで?」
「そりゃあ……違いますが……」
「だったらクラマちゃんが言っちゃだめよ。
あなたは昔から全部自分で背負いこむんだから。
過保護は弱くするわよ。自分も相手もね」
クラマは全てを見透かされているような気分になり、小さく唸った。
「さて」
メティエは視線をゼナムスとファティマに。
「ここからイング王国建国の歴史を語ってもいいのよ。
三日三晩は話せるかしらね、ふふ」
察しの悪いゼナムスはキョトンとしている。
ファティマは心底苛立つが――
「ゼナムス王。
本日はなにか目的があって来たのでは?」
「は?」
ゼナムスがイング王国に来た理由。
それは連れてこられたからである。
首を傾げるゼナムス。
小さく舌打するファティマ。
「オセラシア自治区代表として、イング王国にお願いすべきことがあるんじゃないですかね?
ダイバ王より王位を引き継いだ、ゼナムス王」
「む? むむ?」
ファティマは引き攣った笑顔で――
(コイツ、やっぱり殺してやろうか)
と本気で思った。
そんなやり取りを見たメティエは笑う。
「んふふ、ファティマさん。あまり怖い顔をすると美人が台無しよ。
まったく、お姉さんを困らせちゃだめでしょうゼナムス王」
「は、はい?」
「ゼナムス王。
遠路はるばる来ていただいたことには感謝はしているの。
オセラシアとイング王国の代表が会うなんて歴史的な瞬間よ。
本来なら、私もオセラシアまでお邪魔するのが筋なんでしょうねえ。
でも、私はエルダルバーフから動くわけにはいかないの。
動けないと言ったほうが正しいかしら」
「動け……ない?」
「そう。
私はイング王国の王として、絶対にエルダルバーフから動くわけにはいかない存在。
起点。国の中心点が動くわけにはいかないのよ。
それが豊穣神イングが私に与えた天命ね」
メティエの真意はわからないが、ゼナムスは「なるほど」と答えた。
「つまり私は国を守るために、この王都にいる。
では、ゼナムス王。
王はなぜここへ?」
「そ、そりゃあ……国を……うん……。
国のためだ」
「そうでしょうね、なんたって国王ですもの。
で? だったら?」
お膳立て。
後は「オセラシアを助けて欲しい」と言えば良い。
だが――
ゼナムスはメティエから目を背け、指を弄る。
卑屈な顔で――
「い、イング……イング王国から……。
モンスターは……イング王国から、き、来ている」
メティエは愉快そうに笑みを浮かべ――
ファティマは、今にも殴りかかりそうな顔に。
それでもゼナムスは喋り続ける。
「モンスターが大量発生している。
それは……全部イング王国からやってきている。
そうだ……全部イング王国――から!」
メティエは「なるほどねえ」と表情を変えず呟き――
クラマはガックリと項垂れ、救援要請が失敗に終わったと確信した。
そして――
「オマエは本当に――――死ね!」
殺意の籠ったファティマの右フックが、ゼナムスの腹を抉った。
「げふぉおお!?」
椅子から転げ落ちるゼナムス。
追撃しようとするファティマと、それを止めるクラマ。
そんな様子をメティエは楽しそうに眺めていた。
**
仕切り直し。
「不敬だ……」と呟くゼナムスと、怒りが静まらないファティマ。
そんなふたりの間に座ることで防波堤となるクラマ。
「お、お見苦しいところを……女王」
「んふう、なかなかの良い余興だったわ」
メティエは背後に立つホムラをちらと見て――
「ずっと見ていたいんだけどね……あまり待たせるのも悪いか。
この際、形式的なことは抜きにして話を進めましょうか。
さてさて、ゼナムス王」
「あ、はい」
「イング王国側からモンスターが発生しているのは間違いないのね?」
「そ、そう……です。
ひッ!?」
睨むファティマに怯えるゼナムス。
「いいのよファティマさん。私は怒っていないから。
事実なんでしょうし。
だけど、イング王国が関与しているわけでは無いわよ。
モンスターをオセラシアに仕向ける方法なんて、少なくとも私は知らない。
薄情な言い方をすれば、イング王国が手を貸す義務は無い。
無いのよね。
だけど、戦力を提供しても良いと考えているわ」
驚く三人。
「『なんで?』って顔してるわね。
当然じゃない。だってイング王国とオセラシア自治区は友好関係なんだから。
ねえ? クラマちゃん」
「え? あ、はい」
過去に親書を持ってきたのはクラマ自身。
そんなクラマ本人も、友好関係なんて名ばかりだと思っていた。
なにせ両国は全く交流していないのだから。
(か、過去のワシ。
強引にでも親父を説得して偉いー!
親書持ってきててよかったわい~!)
クラマは安堵した。
「でもねえ、クラマちゃん」
「む?」
「さすがにオセラシアって遠いのよ。
お三方もわかるでしょ?
――だからねえ」
メティエは意味深に二本指を立てた。
「貸せるのは二本だけね」
ゼナムスは「200人?」と言う。
首を振るメティエ。
「む……20人?」
首を振るメティエ。
「え……2000……、え? まさか二人?」
「そ、正解」
真面目な顔のメティエ。
顔を赤くするゼナムス。
「ふ、ふざけないでいただきたい!
た、たった二人? 馬鹿な!」
遠路はるばるやってきた対価が、増援たった二名。
激昂するゼナムスだが――
ファティマは手を挙げる。
「メティエ女王。
ふたりとはイング王国の精鋭を二名お貸しいただけるということでしょうか?」
「そうね。
二名なら誰でも良いわよ」
「ありがとうございます」
ゼナムスは怒りの矛先をファティマへ。
「おい姉さん!
たったの二人でなにが――!」
「黙ってなさいよ『愚王』」
「んな!?」
「あなたはもう忘れたの? インベントさんのこと」
「む!?」
「もしもインベントさんが二人いれば、どれだけの戦力になると思ってるのよ。
本当にあなたって人は――」
クラマを挟み口論を始める姉弟。
だが、そんなふたりを無視し、クラマは真剣に考えていた。
そして――
「ちょっと黙れ、お前たち」
「な、なんだよ!」
ゼナムスに対し「黙れと言ったら黙れ」と凄むクラマ。
「なんだよ」と不貞腐れるゼナムス。
「あのお~メティエ様」
「なあに? クラマちゃん」
「二人貸してくれるとのことですけど。
誰でも良いのか?」
「ええ。もちろん。
あ、私はダメよ」
クラマは愛想笑いを返し――
「た、例えばなんじゃが……。
ろ、ロメロと、デリータとかでもええんかのう?」
メティエから笑みが消えた。
そして目を細める。
「あ、いやいやいやいや!
冗談冗談!
いやはやなんというかそのお……」
焦り、汗を拭うクラマ。
だが――
「――ククク」
背後からの笑い声。
振り返り目を丸くするクラマ。
「まったくいつまで待たせるんだ。クソジジイ」
悪辣な顔で笑うロメロ。
そしてデリータが立っていた。




