最強が煮込まれる裏側で⑤
深夜。
「なるほど……これは便利だな」
「すごいですね」
『宵蛇』のデリータとピットは、ゼナムスが【故郷】で造った土製のドーム状の物体を見ていた。
馬車がすっぽりと収まり、ゼナムスたち三名がゆったりと眠れるぐらい大きなドーム。
入り口には、体は人間、顔が虎の石像が門番のように二体立っている。
「クラマ様もいるし問題なさそうだな。
警備に戻ろう」
「はい」
デリータとピットは闇に消えていく。
ゼナムスたちオセラシア御一行は、数日かけイング王国王都エルダルバーフへ。
Dランクモンスター一体も現れない旅。
安全すぎる旅は『宵蛇』が暗躍し、モンスターを狩っていたからである。
****
王都エルダルバーフ。
イング王国内で人口が最も多い都市だが、最も樹木が生い茂った都市でもある。
都市のいたるところに、オセラシアでは到底お目にかかれない巨大で生命力に満ちた樹木が生えている。
そのため真っすぐな大通りは存在せず、曲がりくねった道が多い。
極力樹木を切り倒したりせず、樹木とともに生きていく都市。
建築物の多くは、樹木に寄りかかるような独特な工法が用いられていた。
枝をむやみに伐採したりせず、樹木に寄り添い、樹木に力を借りた建築工法。
樹木を大事にすることは、イング王国の人々にとって当たり前のことなのだ。
森と共に生きる都市――王都エルダルバーフ。
そんなエルダルバーフをに到着した一行。
ゼナムスとファティマは呆気に取られていた。
あまりに美しく、幻想的な都市だからである。
そして――オセラシアの町とは文化水準が明らかに違うことに驚愕した。
イング王国とオセラシア自治区にふたりが思うほどの文化レベルの差は無い。
だが、木々が貴重で鉱物資源にも乏しいオセラシアに対し、イング王国はどちらも潤沢。
圧倒的な資源の差。
更に慢性的に発生するモンスターの脅威は、オセラシアの比ではない。
モンスターの脅威に対抗するために、森林警備隊が組織され、民は自然と強くなっていく。
国力の差は非常に大きい。
50年以上前、ゼナムスが生まれておらずクラマの父である『豪王』ダイバが【故郷】のルーンを所有者だった頃。
ダイバは多数の豪族を、時に平和的に、時に暴力的に纏め上げた。
そして統一されたオセラシア自治区は、次のターゲットとしてイング王国を攻める計画もあった。
だが一陣として派遣された偵察部隊200名強は、大森林の中で大半がモンスターに殺されてしまった。
そして生き延びた面々もイング王国側に助けられる始末。
この時、イング王国は想像以上の魔境だと知ったクラマ。
父ダイバに進行計画を即座に中止させ、自らは単身イング王国に潜入すること決めた。
そして知る。
イング王国に手を出してはいけないことを。
というよりも樹木とモンスターは天然の要塞であり、攻め込むことなど不可能だと知った。
それにもしも逆鱗に触れてしまえば、オセラシア自治区の滅亡も考えられる。
そんな最悪の状況を避け、友好関係を結ぶために奔走したのがクラマなのだ。
先代のイング王国国王ウピスに親書を持っていき友好関係を築き、汚れ役だった『宵蛇』を率い奔走、『星天狗』として献身的にイング王国のために働いた。
全てはオセラシア自治区の平和のために。
10年以上ぶりに訪れた王都エルダルバーフ。
クラマは、できれば頼りたくなかった――借りを作りたくなかった――と思いつつも意地を張っている場合では無いと頭を振る。
そんな三人の元へ――
「お待ちしておりました」
現れたのは『宵蛇』の隊長のホムラ。
『宵蛇』の前隊長であったクラマだが、オセラシア出身のホムラに隊長職を譲った経緯があり、ホムラはイング王国でおそらく唯一のオセラシア自治区出身者である。
「おお~ホムラちゃんではないか!」
クラマとホムラは親類。
クラマからすればホムラは可愛い孫のような存在。
ホムラも、クラマは大好きなお爺ちゃんのような存在。
だが――
「お久しぶりですクラマ様」
努めて冷静に挨拶するホムラ。
今日のホムラは、オセラシアご一行を案内する立場だからである。
ホムラはゼナムスやファティマとも面識がある。
と言っても10年以上前の話だが、それでもゼナムスがオセラシア自治区の王であることを証明できるこれまた唯一の人物。
三人は、「すぐに女王と謁見しますか?」と問われ――
ゼナムスは「ちょっと休みたい」とぼやき――
ファティマが強めにゼナムスの背中を肘で殴り、睨みつけた。
「す、すぐにお願いします……げ、げはは」
**
蒼天蓋の間――
二階建てほどの高さのある建造物と思われるモノの前に連れてこられた三人。
壁面は大量の蔓に覆われていた。
特に入り口となるドアは無く、入り口替わりなのか少し大きく開いた蔓の隙間から進入した。
クラマは蒼天蓋の間を知ってはいたが、入ったことは無かった。
初めて中に入った三人は目を疑う。
幻想的な王都エルダルバーフだが、蒼天蓋の間はこの世のモノとは思えない空間であり、想像の遥か上の代物だったのだ。
広い芝生の空間。
中心に円形の石畳。
石畳の上にポツンとおかれた円卓と、円卓を囲むように配置された椅子。
そして石畳の周辺には色とりどりの花が咲き乱れる。
まるで物語の中の世界。
だがゼナムスとファティマが驚愕したのは、花々や芝生の先――
「なあ……姉さん」
「な、なによ……」
「この壁……どうやって作ったんだ?」
外観は全体が蔓に覆われていた。
だが、中から見ても同様に蔓に覆われていたのだ。
藤のように蔓を伸ばす植物は、棚を用意することで垂れ下がる花を楽しむ藤棚をつくることができる。
だが蒼天蓋の間を覆う蔓は、這うような棚や壁はおろか柱の一本さえ見当たらない。
蔓の間から差す木漏れ日は、その名の通り、蒼き蔓が作った巨大な笠――ゆえに蒼天蓋。
呆気にとられるゼナムスとファティマ。
そんな時――
「あら? 待ったかしら?」
背後から声をかけられ驚く三人。
深緑色の髪の女性が、入り口から覗き込んでいた。
「む? め、メティエ様!?」
目を見開くクラマに対し、ゆっくり手を振るメティエ。
「あら、クラマちゃん。
久しぶりね! ほんと久しぶりよ。
ちょっと老けたかしら? というよりも気苦労かしらね?
色々大変ね、あなたも。うふふ」
「い、いやまあ……あ、メティエ様は変わらずお美しく――」
「はあー! あなたたちみたいな老化しないバケモノに言われると困るわ!
老いに抗うのって大変なんだからね。
あ、そんなことよりホムラ。お客様を立たせちゃだめでしょう?」
「は! 申し訳ありません。
皆さま、どうぞこちらに」
クラマたちは着席し、続いてメティエも着席した。
「ふふ、お待たせしちゃったかしら?」
「いやいや、こちらとしては急に押しかけてしまって申し訳ありません」
イング王国とオセラシア自治区のトップ会談。
――にしては唐突に、そしてハキハキとマイペースに話し続けるメティエに圧倒される三人。
「相変わらず、お硬いわね。
ほら、若いお二人も緊張しちゃっているじゃない。
とりあえずお茶でも飲みましょ。
ん、ホムラが行ってくれてるみたいね。
気が利くわね、さすがさすが」
メティエに苦手意識があるクラマ。
メティエの言う通り、ゼナムスとファティマが緊張しているのは間違いない。
緊張というよりも、メティエの存在感に圧倒されている。
メティエから感じるなんとも言えない圧力。
そして、なぜかメティエが蒼天蓋の間にやってきてから、周囲がざわついているように感じるのだ。
周囲の花が喜び歌い、血管に血が流れるように蔓が脈動しているように感じていた。
そんな落ち着かない様子のふたりを見て――
「ふふ、綺麗でしょ?」
ゼナムスはただ目をぱちくりさせ、ファティマは何に対し『綺麗』と言ったのか対象を考えた。
「ふふ、お花よお花。
オセラシアから来るって聞いてね、蒼天蓋の間を使おうってすぐ思いついたのよ。
でね、せっかくだしお花があったほうが良いと思って急いで植えたのよ。
ぎりぎり間に合って良かったわ」
ゼナムスは愛想笑い。
だがファティマは首を傾げた。
「ん? どうしたのかしら?」
「少し気になりまして」
「なにかしら?」
「その……花は種からですか? それとも苗からですか?」
「種よ」
「種……ですか。
いつ頃植えたんでしょうか?」
「20日ぐらい前じゃなかったかしらね。
そうね、それぐらいよ」
「え、20日?」
ゼナムスとクラマはファティマがなぜ驚いているのかわからない。
だが、植物を育てたことがあるのであれば、どれだけ成長が速い植物であったとしても種から花が咲くまでに20日は早過ぎることに気付く。
「ふふ、毎日水やりしたからね。咲いて良かったわ。
あ、お茶が来たわねえ。
自己紹介はお茶を飲みながらにしましょうか。
ふふふ」
(メティエ様が植えたから、急激に花が成長した……か。
ま、それぐらいで驚かんわい。
この人は相変わらず……つかみどころがない)
クラマは甘い香りのするお茶を、まるで渋茶を飲むような顔でひと啜り。
(やっぱり苦手じゃ。
この人ペースに巻き込まれたら、話がどこに進むかわからん。
本当に大丈夫なんじゃろうな……デリータ)
ようこそメティエワールドへ。
深緑色の髪は、メティエだけです。
メティエの設定も、エルダルバーフの設定も一応あるんですが……。
実はあんまり本編に関わってこないという……。
設定集を出したいが手が回ってません。




