最強が煮込まれる裏側で③
「英気を養うために、避暑地にでも行かれてはいかがでしょうか?」
首都でだらだらとした日々を過ごしていたゼナムスに対し、素晴らしい提案が舞い込む。
(ぐひひ、余は王としての重責を背負っているのだ。
少しぐらい楽しんでも罰は当たらんだろう)
重責は確かにあるが決断できないゼナムス。
責任を放棄し、意気揚々と馬車に乗り込んだ。
合計五台の馬車が目的地へ向かって駆けていく。
ゼナムスの馬車には女性二人がお世話係として同乗している。
「げへへ、そういえばどこへ向かっているんだ?」
「着いてからのお楽しみと聞いてます」
「ふ~む、まあいいか」
**
途中、町に立ち寄る。
(ううむ、なんと素晴らしい。
気高さと猛々しさを併せ持った、余の名作『火喰い鳥』)
ゼナムスが一年前に制作した『愚像』の一つ『火喰い鳥』。
両翼を大きく広げ、全身に炎を纏った怪鳥。
住民からは『愚鳥』、『焼き鳥』などと呼ばれ大変忌み嫌われている。
そんな自信作にご満悦のゼナムス。
まさかその『火喰い鳥』が無くなってしまうことなどつゆ知らず。
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ゆっくりとしたペースで進む馬車。
ずっと馬車で暇だと思いつつも、現実逃避できる時間が心地よいゼナムス。
そして二日目の夕刻、ハリマドの町に到着した。
ハリマドの町から北上すれば、ナイワーフの町である。
(ハリマドか……『雷事変』のことなど思い出しとうないのに)
少しだけ気分が悪くなるゼナムス。
だが、避暑地はもうすぐだと聞き、町一番の宿でぐっすりと眠るのだった。
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翌朝、まだ見ぬ避暑地を妄想しつつ馬車は進む。
途中何度か休憩を挟みながら。
まさか……休憩の度に馬車が減っていっているとは知らないゼナムス。
そして三度目の休憩。
ゼナムスは異変に気付いた。
(む? す、スピードが速くないか?
それに……揺れる? なんで?)
手すりを掴んでいないと、恐怖を覚えるレベルまで加速している馬車。
ゼナムスが叫ぶ。
「ど、どうしたんじゃ!?
お、おい! 余が乗っておるのだ!
乱暴な走りを止めさせい!」
だが、同乗者の二人も怖がって動けない。
否――怖がっているフリをしている。
結果――暴走馬車は止まらず進み続ける。
**
ようやく馬車が止まり、ゼナムスはふらつきながら馬車を降り、御者に詰め寄った。
「き、貴様! なんという操縦だ!?
む? 貴様……昨日の御者と違うな!?
誰だ! 名を名乗れ!」
日除け帽を被った御者。
王から怒鳴られているというのに、表情に変化が無い。
「ハア……俺が誰かわからないのか?」
「き、貴様、なんという口の利き方!
御者如き知るわけが……知るわけが……?」
日除け帽で鼻から下が隠れているため、顔の全容がわからないゼナムス。
だが――
(ハテ? 余の知っている人か物?)
聞き覚えのある声。
だがゼナムスが名を覚えている御者などいない。
御者など、王たるゼナムスにとっては路傍の石に等しい存在。
「まったく……酷い話だ」
そう言って御者は日除け帽を脱いだ。
御者の顔を見て、ゼナムスは目を疑う。
「な、なんで……お前が……。
ガ、ガラム兄さんが」
第一辺境偵察兵団送りにしたはずの兄、ガラム。
そんないるはずのないガラムが御者だったのだ。
ゼナムスは心臓が締め付けられる気分になった。
頭をよぎったのは、『雷事変』。
姉であるファティマがゼナムスを殺害しようと企んでいたこと。
(ま、まさか……ガラムまで?)
命の危険を感じ、ゼナムスは後ずさる。
「ん? どうしたんだ? ゼナムス。
いや、ゼナムス王」
「な、なにが目的だ!?
余を、こ、こ、殺そうというのか!?」
「俺がゼナムスを?
なにを言っているんだ。
目的を忘れたのか?
とっておきの避暑地へ連れて行ってやろうと思ってな」
「な、なにを……? え?」
助けを求めようと周囲を見渡すゼナムス。
だが、馬車はなぜか二台だけ。
「ほ、他の馬車はどこへ行った?」
「ああ、帰らせた。
護衛のために連れてきたが、もう護衛は不要だからな。
それに、ナイワーフは人手がいくらあっても足りない」
「な、ナイワーフ?」
ガラムが指差す先へゼナムスは視線を移動させる。
そこには町がある。
その町には巨大な像もある。
その像はゼナムス作、巨大な虎の石像。
その町はナイワーフの町で間違いなかった。
「なんで……ナイワーフ?」
「避暑地は少し遠くてな。
急がせてもらったよ。
乗り心地が悪かったろう?
すまんな、俺のルーンは【騎乗】じゃない」
「た、多少なんてものじゃ。
いやそんなことよりも、ど、どこへ行こうと……」
「だから言ってるだろ?
避暑地さ。まあ、俺はここまでだけどな。
さて……ファナ! イシス! もういいぞ!」
ゼナムスの乗る馬車に同乗していた女性ふたりが、「了解!」と叫びもう一台の馬車へ。
ゼナムスはなにがなんだかわからず、ガラムを見る。
「あの二人は第一辺境偵察兵団の団員なんだ。
というか、五台の馬車全部が第一辺境偵察兵団さ。
さて……俺は――第一辺境偵察兵団はナイワーフの町へ戻る。
しっかり町を守ってみせる。
俺も一緒に行きたかったが……頼んだぞゼナムス」
「な、な、なにを言っている?
ま、まさか余をこんな場所に放置する気か!?」
ガラムは笑う。
「避暑地にひとりだと寂しいだろ?
ちゃんと気心知れた人物を用意してある。
それに、世界最高の御者もな」
ガラムは馬車へ向かっていく。
入れ替わるように馬車からひとり歩いてくる。
ゼナムスは目を丸くした。
「な、なんで、なんでファティマ姉さんが……」
ファティマが悠々と歩いてくる。
「久しぶりね。王様」
道化の仮面を捨てたファティマがゼナムスの前に立つ。
「え、あ、う、へ……あ」
「ふふ? 大丈夫?
でも吐かなくなったのね。
本当にエウラリアの仕業だったのねえ」
狼狽するゼナムスだが、第一辺境偵察兵団が乗る馬車が動き出した。
「それじゃあな! ゼナムス! ファティマ!
上手くやれよ!」
ガラムが手を振る。
ファティマも手を振りながら「ここまでありがとう! ガラム兄さん!」と叫んだ。
そして残されたゼナムスとファティマ。
――と誰も乗っていない馬車。
「さ、行きましょ、王様」
「い、いや……ど、どこへ?」
「あら? 聞いてないの?
もう……ガラム兄さんも雑ね。
まあここまで運んでもらったんだし文句は言えないけど」
ファティマはゆっくりと指を動かし、意味ありげにある方角を指差した。
「最高の避暑地よ」
ファティマが指差したのは、先程ガラムが指差した方向と真逆。
それはそれは涼しそうな、場所が見えた。
今の今まで自分がどこにいるのか気づかないほどに、動転していたゼナムス。
やっと今、ゼナムスがどこにいるのか気付いた。
「……イング王国の大森林?」
ゼナムスが立つ場所は、イング王国の大森林が目と鼻の先にある地点。
無意識に首を左右に振り続けるゼナムス。
そんなゼナムスを無視し、ファティマは馬車に向かう素振りを見せた。
「ほらほら、早く乗りましょう王様。
すぐに出発しますよ?」
やはり首を左右に振り続けるゼナムス。
「ぎょ、ぎょ、ぎょぎょぎょ、ぎょ、しゃっしゃ、しゃ」
冷たい笑みを浮かべるファティマは壊れたゼナムスを見る。
「ん~? 御者?
もう来てるわよ」
そう言って今後は指を空に向けた。
ゼナムスが見上げる前に、飛来物が大地へ。
「な~にやっとんじゃ。
さっさと行くぞ」
『星天狗』見参。
ゼナムス。
最高の避暑地、イング王国へ。




