ピット⑨
「よ~しベン太郎。
基本の動き、飛び込み斬りをやってみろ」
「あ、ベンちゃんわかるかな?
ダッシュして腕を交差させてシュシュ! って感じの……」
「いや……わかんねえだろ、そんな説明じゃ……」
「わかります!
ずばっと距離を詰めて、腕を交差して連続攻撃を叩き込むやつですね!」
「あ、そうそう!」
「なんでそんな説明でわかるんだよ……」
「毎日見てますから! 全部覚えてますよ!」
「えへへ」
「カッカ、優秀優秀。
そんじゃま、飛び込み斬りをやってみな。
カカカ、収納空間は使わないでいいぞ」
「はい!」
「ほ~れレッツゴー」
インベントはクロに背中を押され――
物理的に押されたわけではないが、確かに背中を押され、駆けだす。
その動きは、シロが操る『インベント君壱号』を完璧に再現していた。
駆けるフォーム、距離を詰める際のステップ、そして腕を交差させる動き。
後は左右の連続攻撃に繋げるだけだ。
だが目の前には鉄壁の守りで待つピットが。
そんな時――
「――し~~っかり握ってろよ」
クロの声が、頭の中で鳴り響く。
インベントは痛みを無視し、両手に力を籠めた。
次の瞬間――
(えっ!?)
インベントの見ている世界が、暴れだす。
世界そのものが歪んでしまったかのように。
目の前にいるピットも、ぐにゃぐにゃになり――
ついには、消えてしまったのだ。
なにが起こったのかわからないインベント。
だがクロの笑い声が聞こえ――
「ほ~れ、ベン太郎。
クルっとターンだ」
『死刑執行双剣』を優しく押され、180度ターン。
すると、消えたはずのピットが。
それも背中を向けていた。
「カッカッカ。
ここでバチっと攻撃を決めりゃ、ベン太郎の大勝利。
めでたしめでたし。
――と、そこまで、うまくいかなかったか」
「……え? あ、あれ」
ピットの背中を見ていたはずのインベントだが、視線は徐々に下へ下へ。
抗おうにも身体が言うことを聞かない。
(な、なんでえ?)
「カッカッカ、無理させ過ぎたな」
「もう! フミちゃん!」
「しゃ~ねえだろ、ぶっつけ本番だったし。
ま、今日は予行練習みたいなもんだ。
正直まだまだ準備不足。
私も、シロも、ベン太郎も――な」
混濁する意識。
シロとクロの声を聞きながら、インベントは気を失った。
**
夢と現実の狭間。
インベントは模擬戦の最終局面を思い返す。
(あれはなんだったんだろうか)
いつの間にかピットの背後にいた。
(視界がぐちゃぐちゃになって、身体も味わったことの無い感覚だった)
なにが起こったのか、わからないインベント。
それは目の前で見ていたピットも、傍から見ていたアイナにもわからない。
三者とも、気付かぬうちにインベントがピットの背後に回ったという事実は認識しつつも、過程が不明。
だがインベントは考える。
クロがなにをしたのか、インベントは答えを考える。
そんな中――
声が聞こえてくる。
「いやはや、予想外と言うか予想以上と言うか。
イケオジのお陰でかなりの収穫だったな。
それにどーなることかと思ったが、ベン太郎も中々いい仕事したのう」
「そだね。
これで対人戦もばっちり?」
「カアー! ばっちりなんて程遠い。
まだまた道半ば。
最強になってもらわねえとよ。
そのためには、基礎の向上、火力アップ、回避力も適応能力も上げていかねえと。
今のままじゃ不安定過ぎんだよ。
課題は山積みさ」
「ふ~ん」
「あと、ベン太郎ともちゃんと連携しないといけねえなあ。
方向性がズレちまうと面倒だし」
「ふふ、フミちゃんも思いつかない必殺技を思いついてくれるかもしれないよ?
今日の二刀流だって想定外だったんでしょ?」
「ぎりぎり想定の範囲内だっての!
だけどまあ、私とベン太郎の考える未来予想図が大きく乖離するとめんどい。
わけわかんねえ技とか使いだしたら、収拾がつかなくなる。
今日だって未完成な技を使うのは不本意だったけどさ、ちょっとした忠告の意味もあったんだよ。
ま、ベン太郎があの技の本質をちゃんと理解できたかはわからんけどな」
インベントは「多分大丈夫です!」と叫ぼうとした。
だが、声にならない。
伝えたくても伝わらない一方通行。
「ま、いいや。
ベン太郎寝ちまってるみたいだしな。
てことは~?」
「……あ」
「ハイ! 楽しいモンブレタイム~。
ほ~れ今日もクエスト楽しいな!」
「えーまた?
ね、今日は弓にしない?
たまには違う武器も使いたいよ!」
「だめだめ~、双剣オンリー」
「や、やだあー!」
「うるせえ、ベン太郎のためだ!
がんばれがんばれ!」
**
「ニヒヒ……がんばれがんばれ……」
インベントは気持ちよく眠っていた。
シロが操る『インベント君壱号』を見ながら。
「相変わらず寝言が激しいな……。
なんかすんません、ピットさん」
「いや構わん」
インベントは今、ピットの背中にいる。
病院に連れて行くためにピットが背負っているのだ。
ピットの背面で大の字に倒れたインベント。
背後をとられる不覚と、なぜ倒れてしまったのかわからない不可解な状況にピットは硬直していた。
そんな時、「ちょっと失礼」と言いながら近づいてくるアイナ。
アイナはインベントの肩を揺らし、続け、頬を揺らす。
だらりと流れるよだれ、小さないびき、そしてまるで起きているかのような気味の悪い寝言。
アイナは「またモンブレか」と呆れ、ピットはやはり起きているのではないかと思い警戒を強めた。
「寝ちゃってますね。コレ」
「寝ているのか? それは」
「ちょ~っとばかし寝言にクセがありましてね。シシシ。
まったく……こんな場所で眠っちゃって」
ピットはやっと一息ついて「そうか……寝たか」と木剣を手放した。
本気で剣を振るったため、ピットの掌は熱を持っている。
ゆっくりと揉みほぐしながら、模擬戦を思い返す。
(まさに驚きの連続だったな。
二刀流を使いこなしていたことに驚いた。
だが無理がたたって燃え尽きたかと思いきや、急に元気を取り戻し笑い出す。
『最後の必殺技』と啖呵を切ったかと思えば、独り言。
不気味というよりも奇怪。
……なんだったんだ本当に)
シロとクロとの会話。
当然、ピットには聞こえていない。
ピットからすれば、元々おかしな青年が、完全に頭がおかしくなってしまったように見えていた。
(そして最終的には背後をとられた。
なんと屈辱的な)
ピットは、インベントがなにかを呟きながら倒れるまで、インベントが背後にいることを気付けなかった。
インベントに限界が訪れなければ、背後から一太刀浴びていただろう。
「……本当に、末恐ろしい」
ピットはインベントに近づいた。
アイナは突然眠ってしまったインベントを心配しているが――
「とりあえず病院に運ぼう」
「え?」
ピットはインベントの両掌に触れる。
いまだに剣を握って離さないインベント。
「痙攣、特に左手が酷いな」
ピットは強引に剣を引き剥がし、指一本一本を揉みほぐす。
それでも強張りはとれない。
ピットはインベントを背負い病院へ。
**
その日の夜までインベントは目を醒ますことは無かった。
ピットは少し名残惜しそうにしていたが、インベントの覚醒を待たずカイルーンの町を去った。
こうしてピットと過ごした10日間は終わった。




