ピット⑧
(末恐ろしいな)
二刀流に学び始めてたった10日のインベントに対し、防戦一方のピット。
遠くない未来、ピットはインベントに勝てなくなると確信している。
それは兄に追いつくことを諦めた時のような苦い感情。
もしも――
模擬戦開始のタイミングのように剣を飛ばしてくれば――
理解不能な移動方法に加え、剣術的な足運びが加われば――
剣の軌道に小手先の変化が加われば――
対応が難しく、勝てなくなるイメージがいくらでも浮かんできている。
長年積み上げてきた二刀流を駆使した防壁が、簡単に破られるであろうビジョンが。
敗北感を味わいながら剣を振るピット。
(だが――
それは今日ではない。
本日は勝たせてもらおう――――インベント君!)
ピットはピットで余裕が無い。
だがそれはインベントも同じなのだ。
『ぶっころスイッチ』で無理やり噛み合わせた歯車だが、すぐに綻びが出始めていた。
剣を振るうたび、高速移動するたびに、握力はじわじわと失われていく。
すでに、インベントには剣の握りを変える余力が残っていない。
一度剣を手放せば、再度握れるかわからない状態。
おびただしい汗、掌から手首にかけて異常に浮き上がった筋や血管。
無茶をしているのは明白だった。
ピットはインベントの猛攻に耐えながらも、冷静にインベントの状態を分析している。
(にわかに信じられんが、大幅に腕力が向上している。
だが、やはり時限的な力だろう)
攻撃一辺倒と、防戦一方。
その均衡は、インベントの自滅によって崩れていく。
インベントは二種類用意していた砂空間のうち、反発力が弱い砂空間のみで戦うようにシフトした。
そして極力、腕に負担のかかりにくい動きを選択していく。
その結果、移動速度も攻撃速度も落ち、攻撃のリズムも単調に。
これを好機到来と、ピットは反撃に出る。
「ぐ、ぐぬ、ぐぬぬぬぬ」
インベントの攻撃に合間を縫うように、ピットが攻撃を挟む。
ピットの攻撃に対して、インベントは剣を加速させ弾く。
木剣同士がぶつかり合い、周囲に甲高い音が響く。
一見防御できているように見えるが――
(防御するだけの余力は残っているか。
だが、無駄が多い。
その防御は肉体への負荷が大きすぎる。
軽く払えば良い。が、さすがにそこまで器用に立ち回れんか)
軽い牽制に対しても、インベントはフルスイングしているしているような状態。
収納空間を使わず剣技で弾けば良いのだが、そんな余裕も技術もインベントには無い。
地力の無さが浮き彫りになってくる。
ピットは徐々に攻撃と防御の比率を逆転させていく。
防戦一方だった戦いから、攻守半々。そして――
インベントは歯を食いしばる。
(な、なんだよ……この手数!?)
後手に回ったことで理解する、ピットの二刀流の恐ろしさ。
防御しても防御しても次々にやってくる斬撃。
まるで千手観音のように、ピットの手が増えていくように感じる。
そして――
「あっ!?」
遂には左で持っていた木剣が、弾き飛ばされ宙を舞う。
(――終わったな)
実力差を見せつけ、限界突破して握り続けていた剣を弾き飛ばした。
これにて模擬戦は終わりだと、ピットは思う。
だが――
インベントの左手には、弾き飛ばされたはずの木剣が握られていた。
それは収納空間に格納されていた『死刑執行双剣』最後の一本。
模擬戦が終わったと思っているピットの油断。
失ったはずの剣が左手にあることへの驚き。
そして躊躇なく剣を振るインベントの決断。
なんとか後方に飛ぶピットだが、意地の攻撃は右前腕部を掠った。
ピットはインベントを警戒しつつも、右前腕部を眺める。
(……油断か。
兄が見ていたら呆れるだろうな。
剣を弾き飛ばしたんだから終わりに違いないと思い込んでいたか)
掠っただけの攻撃。
筋肉の鎧に護られたピットからすれば痛みは無い。
油断した自分が少し腹立たしい、そんな気分。
(だがこれで本当に終わりだ。
もう剣は握れんだろう……ん?)
疲労困憊のインベント。
右手は剣を握ったままだが、左手は剣を杖代わりにしている状態。
戦えるはずもない。
だが、急にインベントが振り返り後方を見る。
アイナを探したのかと思いきやそうではない様子。
そして笑う。
突然、花が咲いたかのように満面の笑み。
素晴らしい笑み。
だが――
(なぜ……今、笑うのだ?)
ピット。
意味が分からない。
**
左手が重い。
まるで自分の手ではないかのように。
(もう……だめだ。
くそ~狩れなかったな。
あれ? なんで俺、戦ってるんだっけ?)
クエストのためだったか、それともモンスターを狩るためだったのか。
意識が混濁してくるインベント。
肉体も精神もまさに疲労困憊。
もう諦めよう。
そう思った時――
「――つれねえなあ」
聞き慣れない声。
ぽんと左肩に置かれる手。
反射的に振り返るが、そこには誰もいない。
左肩にも、確かに置かれたはずの手が無い。
呆然としていると――
「お?
あれ? なんか通じてね?」
「あれ、ほんとだねえ、なんで~?」
「カカカ、頑張ったご褒美じゃね?
知らねえけどさ」
「うふふ、フミちゃんにしてはいいこと言うね」
「まあな~…………おっと! 違う! 間違っているぞ!
フッ!
私はフミちゃんではない!
『漆黒幻影魔王』第一の眷属、『闇枯れの淑女』。
またの名を――『闇の師匠』ッ!!」
なぜ突然、シロとクロの声が聞こえるようになったのかはわからない。
だがそれは些細な事だった。
(マスターダーク……。
マスターダーク?
マ、マ、マスターダークゥ!?)
狂喜。
これまでアイナを介することで情報を共有するすることはできた。
だが直接話すことはできなかった存在。
本当は俺だって直接声を聞きたい!
いつか直接お話してみたい!
アイドルのような存在。
そんなふたりと会話できる大チャンス到来。
嬉しくてたまらない。
色々話したくて仕方ない。
だが、唐突過ぎて言葉が出てこない。
ただただ笑顔になるインベント。
そわそわして身体をくねらせる。
「まったくよ~、つれないじゃねえか、ベーン太郎。
相談も無しに、二刀流の完成形を編み出しちまうなんてよ」
「え!? えっへええ!?(え!? めっそうもございません!?)」
「まあ、ひとりで考えたにしては中々面白かったがな」
「ね、すごかったよね~」
「へへへ、えへ」
「だが、あのイケオジも中々強い。
強くて渋くてたまらんな~。
だけどまあ、可愛い弟子が困ってるんだ。
仕方がないから力を貸してやるぜ」
「うぇ? うぃうぃ?(うぇ? 力をですか?)」
「私が言うとおりにやれば大丈夫だからな。
さあ、まずは剣を構えるのだ」
「ハハッ!」
クロの命令を聞き、すぐに剣を構えるインベント。
「よ~し、イケオジに対してこう言ってやれ――」
インベントはピットに対し、クロの言う通りに叫んだ。
「これが! オラの!
最後の必殺技だあああああ!!」




