ピット⑦
インベントは二年間、『モンブレ』の夢を見られなかった。
その間、シロたちがリンクを切っていたため、収納空間を扱う精度も下がっていた。
失意のどん底の日々を送ったのは間違いない。
思い出に浸り、縋り、どうにか夢を取り戻そうと、もがいて生きていた。
そしてアイナの協力もあって、『モンブレ』を取り戻した今がある。
では現在のインベントは、二年前に戻ったのかといえば少し違う。
森林警備隊に入隊してから『モンブレ』を失うまでの期間は、中毒状態に近かった。
夢だと思っていた『モンブレ』が、じわじわと現実を侵食していくような状況。
クロに乗っ取られていても構わなかった。
夢と現実の境目が無くなっていくことが幸せだったのだ。
だが『モンブレ』を失ったインベントは、中毒状態から禁断状態に陥っていた。
それほどまでに『モンブレ』はインベントにとって重要なのだ。
そんな失意の二年間。
二年間毎日『モンブレ』のことを考えていたのは間違いない。
ただこれまでとは違い、新しい情報や刺激が無い。
自然と思い出に浸る毎日を送っていた。
その結果――
インベントは中毒状態だった期間のことを、冷静に思い返す時間となったのだ。
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さて――
クエスト、『ピットに実力を見せよう!』のフラグが立った時。
本来ならば数年後に完成するはずの二刀流を、一時的にでも披露する術が無いかと考えた。
そして、できるビジョンがすぐに浮かんだのだ。
とある条件下で、インベントは能力をアップさせる方法を知っている――いや経験しているからだ。
脳のリミットを外す。
火事場の馬鹿力。
ゾーン。
普段以上の力を発揮する状態。
そんな状態を、インベントは無意識に近い状態で何度も使用してきた。
それは―― 『ぶっころスイッチ』ある。
モンスターを狩る時だけに無意識で発動してきた『ぶっころスイッチ』。
例外的に『門』を開いた人間は『人型モンスター』扱いするため発動する。
『モンブレ』を失っていた二年間、『ぶっころスイッチ』は発動することは無かった。
だが逆に、冷静に『ぶっころスイッチ』のことを思い返す時間でもあった。
失ったからこそ逆に、その無意識に発動してきた力を、意識することができるようになっていたのだ。
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インベントの特殊な事情を知るわけもないピット。
インベントが瞑想した時、ピットは現在の最大限を引き出そうとしているのだと考えた。
だが、インベントが瞑想し引き出そうとした実力は、『ぶっころスイッチ』が発動した時の過去のインベントである。
(ピットさんをモンスターだと思い込むぞ。
う~ん……ピットさん強面だけどモンスターっぽくないなあ。
あ、ロメロさんだと思えばいいんだ!
……あ、あれえ? 兄弟だけど全然似てないからイメージしにくいな)
インベントは過去の『ぶっころスイッチ』を発動した状況を思い返す。
『紅蓮蜥蜴』、『軍隊鼠』、『拘束されし魔狼』、『雷獣王』、そして名も無きモンスターたち。
ロメロ・バトオ、アドリー・ルルーリア、クラマ・ハイテングウ、ヘイゼン姉弟、『門』を開いた人間たち。
そして――
(ああ……思い出したくもないけど、イメージするには都合の良い奴がいたな)
インベントが『門』を開いていない相手に対し、唯一『ぶっころスイッチ』を発動させた相手。
アイナの【伝】によって強制的にモンスターだと思いこみ、クロに乗っ取られるキッカケをつくった相手。
ルベリオ・ベルゼ。
思い出したくも無いルベリオの顔を思い出しながら――
意識的に『ぶっころスイッチ』を起動させたのだ。
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カイルーンに来て、一から修業しなおした剣術。
ピットから学んだ、二刀流習得のための基礎。
そして、シロが操作する『インベント君壱号』から着想を得た戦闘スタイル。
思い描く理想を実現するためには、まだまだ地力が足りないインベント。
だが、意識的に起動させた『ぶっころスイッチ』が、強引に歯車を噛み合わせていく。
インベントがやっていることは、インベントにしてはかなりシンプル。
二枚のゲートは常に起動状態をキープ。
そして使うのは砂空間のみ。
反発力を最大まで発揮するためにギチギチに詰めた砂空間と、縮地で使ってきた砂空間。
二種類の砂空間を、左右の剣どちらでも瞬時に使える状態にしている。
あとは『死刑執行双剣』の剣の先端部分で突くか、柄頭部分で突く。
それ以外は基本的に使わない。
やることを増やせば戦略に幅が出るのはインベントも理解しているが、やることを増やせるほどの余裕がインベントには無いのだ。
『ぶっ殺スイッチ』で、脳のリミットを外し、時限的に筋力や集中力を増している状態。
それもいつまで続くかわからない。
綱渡りの状態でインベントはピットに襲い掛かる。
「ぬううう!?」
剣術の理から逸脱したインベントの動きに対応するのがやっと。
(なんだ、なんなのだこれは!?)
予測不能なインベント。
左かと思えば右へ。右かと思えば左へ。
近いと思えば遠くへ。遠いと思えば近くへ。
予測がことごとく外れ、逆に予測すればするほど裏をかかれるような状況。
現に何度かインベントを見失いかけている。
インベントにとって相手の死角に入ることは基本戦術の一つだからだ。
防戦一方――
だが防戦一方ながらも戦い続けていられるのは、ピットだからである。
ピットの基本スタイルは身体の正面を相手に向けて戦う。
身体の正面は急所のオンパレードであり、半身になるほうが一般的。
だが、二刀流かつ左右どちらも利き腕のように操れるピットには、相手から見ればどっしり仁王立ちしているような構えが合っていた。
身体を正面に向けているため、視野が広く、インベントも容易に死角に入ることができない。
さらに防戦一方の状況は、防御に集中できる状況とも言える。
そもそも二刀流は防御力の高い戦い方。
それもピットはイング王国随一の二刀流の使い手。
乱舞するインベントに対し、堅守するピット。
『月光剣』をここまで追い詰めているのだ。
クエスト、『ピットに実力を見せよう!』はもうクリアしたと言っていいだろう。
止め時を失ったこの模擬戦。
その結末は――
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「ほっほ~う」
模擬戦の様子をシロとクロは見ていた。
「ベンちゃん凄いね! ね、フミちゃん!」
興奮するシロだが、クロは極めて冷静である。
「なるほどな。
界〇拳使って、一時的にパワーとスピードをアップさせたのか。
相当身体に負担がかかってるだろうけど。
なるほどなるほど、主人公してんじゃん。ベン太郎」
「ね、凄い……ね? フミちゃん?」
シロはクロの表情から、感情が読み取れなかった。
喜んでいるような、悲しんでいるような、それでいて少し不満げな。
色々な感情が入り混じっているように感じたのだ。