ピット⑥
ピットがインベントたちのもとへやってきて10日目。
滞在できる最終日である。
日が昇る前に目覚めたインベントは、模擬戦に向け最終調整を行った。
「……よ~し」
準備は万端。
後はピットに対して実力を見せるだけである。
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いつもの場所に向かうと、ピットが先に到着していた。
昨日、意図せずインベントが煽ってしまったためか、ピットはピリピリしている。
(な、なんか……空気が重くね?)
アイナは不穏な空気を察し慌てるが、インベントは気にせずピットの元へ。
「おはようございます!」
「――ああ、おはよう」
インベントは少し申し訳なさそうにピットに手を伸ばす。
手にはいつの間にか『死刑執行双剣』の一本が。
「今日の模擬戦、これを使おうと思ってるんですけど……」
ピットは「見てもいいかい?」と言い、木剣を受け取る。
「……中々、良い木剣だ。
なるほど。軽くて、持ちやすい」
「ですよね~。
あの~、これ使って大丈夫ですかね?」
ピットは「もちろん構わない」と木剣を返した。
木剣にいくら細工を施したところで二刀流を使いこなせるわけがないとピットは確信している。
どれだけ小細工しようが構わないのだ。
「さて、早速やるかい?」
「あ、ちょっとだけ待ってもらっていいですか」
「ああ。好きなだけ準備しなさい」
インベントは会釈し、ピットから離れる。
そしてその場に座り込み、目を閉じる。
(ふむ……瞑想か)
瞑想は、集中力をアップさせたり心を落ち着かせる効果がある。
ピットからすれば、それも小細工である。
仮に瞑想して、都合良く最高の状態になったとする。
その結果、どれほどの伸びしろがあるというのだろうか。
通常100だとして、120? それとも150?
仮に150の力を発揮できたとしても、二刀流を使いこなせるわけがないのだ。
まさか腕力が向上するわけでもあるまいし。
(人間、日によって調子の良し悪しはあるだろう。
求めるタイミングで最高の状態を引き出すのは重要なことだ。
だがな、インベント君。
仮に今日、君の最大限を発揮したところで、しょせん君は君だ)
さて――
アイナは瞑想するインベントにただならぬ不安を感じていた。
インベントが瞑想などしたことがないからである。
(い、嫌な予感しかしないんですけど!?)
そして――
ゆっくりと目を開くインベント。
「……ヘヘ、アハア」
奇妙な笑みを浮かべた。
ピットは訝しむが、アイナはズキンと腹部の傷が痛む。
まるで何かに憑りつかれたかのようなインベントに、オセラシアでの乗っ取られていたインベントを重ねたのだ。
アイナは駆けだし、インベントの手首を掴む。
「おい!
インベント。
いや……お前、クロだろ!?」
インベントはアイナの手首を掴み返し。
「アイナ。
俺は俺だ。
インベントだから心配しないで」
と優しく微笑み、手首を掴むアイナの手を優しく剥がす。
「ほ、ホントに大丈夫なのか?
だってお前……」
「心配しないでいいよ。
と言っても……チンタラやってる場合じゃなさそうだけどさ」
インベントはもう一度微笑む。
アイナを安心させるための目的と、邪魔をさせないための威嚇が含まれた笑み。
「さ、始めましょう。ピットさん」
インベントは『死刑執行双剣』を構えた。
ピットは雰囲気が変わったインベントを訝しみつつも、「ああ」と応える。
ピットは木剣を両手に構える。
(雰囲気が変わったが、それがどうしたというのだ。
二刀流を使いこなせるようになったわけではないだろう。
警戒すべきは収納空間だけだ)
10日間修業に付き合ってきたピット。
貧弱で、剣のセンスに乏しい青年、インベント。
発想力の豊かさは目を見張るものがあるが、それでもまだまだ発展途上。
だがロメロに認められた存在でもあるインベント。
ちらつく兄の影に、ピットは僅かに動揺していた。
そんな小さな動揺を見透かしたかのように――
インベントは右手に持った剣を真上に放り投げる。
クルクルと回転しながら舞い上がった剣をキャッチするインベント。
キャッチした次の瞬間、インベントは力一杯剣を握りしめる。右も左も。
続けて、ゲートを二つのゲートを同時に起動。
『死刑執行双剣』の柄頭部分を同時に、各々の砂空間を突く。
同時に発生する反発力を合成し、そのエネルギーは全て推進力に。
ここまでの動きを滑らかに早業でやってのけた結果――
(な!?)
ワープしたかのように、インベントはピットの間合いの中へ。
インベントは勢いそのままに、両手の剣をピットに突き刺そうとしてくる。
息を飲み、全身を強張らせるピット。
だがピットとて『宵蛇』の隊員であり、『月光剣』のピットである。
咄嗟に左手の剣で、左からの攻撃を受け流し――
右手の剣で右からの攻撃を――
受け流せば良い。
受け流せば良いのだが――
(何――だと!?)
インベントが右手に持つ剣とは別に、もう一本剣が飛んできていた。
実は右手で剣を放り投げ、キャッチするまでの間に、左手の剣を飛ばしていたのだ。
すぐさま飛ばした剣の代わりに予備の『死刑執行双剣』を装備するインベント。
ちなみに『死刑執行双剣』は予備に一対作成してもらっているため合計四本ある。
三本の剣がピットを襲う。
迷いは動きと判断を鈍らせた。
ピットは右手の剣で、インベントが持つ剣を受け流しつつ、身体を捻り、飛来する剣を回避しようとしたが――
「がッ!?」
ピットの右頬を掠めていった。
そんな様子を見て、鼻で笑うインベント。
「――あんまり」
体勢を整えつつ、インベントを見るピット。
その顔には余裕の笑み。
そしてその身体は、羽毛のようにふわりと浮いていた。
「油断してると……狩っちゃいますよ?」
次の瞬間――
右手に持っていたインベントの剣が急加速する。
一般的な剣を振る動きとは全く違うため、ピットは剣が飛んでいるように感じた。
なんとか防御するが、かなりの威力だったため防いだ腕に衝撃が走る。
だが気を緩めてはいられなかった。
すでにインベントの左手は攻撃準備に入っている。
(左手でも同じような攻撃ができるのか?
できるわけがない。握力が耐つはずが……くっ!?)
半信半疑。
だが迷っている場合ではなかった。
「しゅっ!」
口を尖らせながら、左手の剣を加速させるインベント。
右手同様に急加速した剣がピットを襲う。
「がああ!」
さきほどと遜色ない威力のため、押し負けるピットの剣。
だが、ピットはもう片方の剣をインベントに伸ばしていた。
「おっと」
インベントの身体が、なにかに引っ張られるかのように後退していく。
(むう! なんと……面妖な!?)
収納空間を使った戦い方。
前日、インベントの解説付きで見ていたため初見では無い。
だが実際に戦ってみて、ピットは見るのと戦うのでは全く持って別物だと感じていた。
更に――
(なぜ……インベント君は、二刀流を使いこなしている?)
インベントは手首をくるくると回し、具合を確かめている。
その表情に焦りは無い。
(その表情は強がりか?
でなければなんだというのだ?
よもや瞑想したことで肉体が強化された?
それともこれまで実力を隠していたとでも?
馬鹿な。あ、あり得ない)
『あり得ない』。
それはロメロが嫌う言葉。
ピットが「あり得ない」と発言するたび、ロメロは何度もがっかりな顔をしてきた。
存在するはずが無い。
起こるはずが無い。
――と思いたいから使う、弱者の言葉だとロメロは思っている。
想像力の欠如か、それとも思考停止か。
どちらにしてもつまらぬ凡人の言い訳。
瞑想で一時的に筋力をパワーアップさせる。
そんなことはあり得ない。
そんな都合の良い話が――――インベントにはあっただけである。




