ノルド隊② 大人の階段を登る少女
インベントはお昼休み中も収納空間を弄っていた。
ノルドとロゼが会話しているな~なんて横目で見えたが、さして興味は無い。
「インベント」
ノルドがインベントを呼んだので「はーい」と返事をし近寄った。
ノルドはインベントとロゼを集めて話し始めた。
「今後に関して少し話がある。――とその前に。
モンスターにランクがあることは知っているな?」
「知らないです」
インベントは自信満々に答えた。
「……知らないのか」
「……知らないのね」
ノルドとロゼは呆れた。
「だ、だって説明されたこと無いし……」
「ハア……まあいい。簡単に言うとモンスターの強さだ」
「おお!」
インベントはモンスターの強さがランク分けされていることにテンションが上がる。
モンブレの世界にも同じような仕組みがあったので嬉しいのだ。
「簡単に言えば、D~Sランクまである。
基本的にインベントに任せているのはDランクのモンスターだ。
俺が倒しているのはDからCランクといったところだな。
ちなみにランクの明確な基準は無い。時と場合にもよるがサイズで判断している」
「へえ~」
一番弱いDランクは人間より小さいサイズであり、ラットタイプやハウンドタイプ。
Cランクは人間と同じぐらいのサイズのモンスター。
Bランクは人間よりも大きいモンスター。
Aランクは人間よりもかなり大きいモンスター。
Sランクは特に凶悪なモンスターが該当する。
とはいえ、モンスターは同じラットタイプでも大小あるため、大きさはある程度の基準でしかない。
「ちなみにこの前倒したモンキータイプのモンスターはBランクってところだろう」
「え?」
ロゼが驚いて反応する。
「サイズ的にはCランクといったところだったが……イレギュラーだったしな。
【大盾】で両手をガードしていたし、対抗策が無い隊だと恐らく勝ち目のないタイプだった」
「そう…………なんですね」
ロゼは唇を噛む。
インベントは「へえ~」と応えた。
「ちなみに言っておくと通常、Bランクのモンスターに遭遇したら即逃げる」
「――隊長」
ロゼが話に割り込んだ。
「Cランクのモンスターも基本的には逃げるように教わっていますわ」
「ん? Cランクまで逃げることは無いだろう?」
「いえ。ディフェンダーとアタッカー、そしてバックアップが十分に揃っていない場合は基本戦術は逃げです。
まあモンスターの観察は可能な限り行いますが、状況に応じて複数部隊で撃破が基本です。
バンカース総隊長に聞いても同じことを言いますよ」
「お~…………だそうだ」
ノルドとロゼの意見が食い違うのには理由がある。
10年以上前はCランクは気を付けて倒す対象だった。
だがCランクを相手にし死傷者が多かったため、Cランクは逃げることを推奨するようになったのだ。
「ま、とにかくCランクは危険ってことだ」
インベントは「へえ」と言い考える。
(Cランクはノルドさんも倒してるし、気を付けて倒せばいいんだね。
でもあれだな~。Bランク以上ってこの前初めて遭遇したし、かなり少ないんだな)
インベントとしてはBランクのモンスターにも出会いたい。
色々なモンスターが見たいのだ。
「やっぱりBランク以上って中々いないんですね。
この前倒したモンキータイプ以外、見たこと無いですもんね」
「ふふ、違うわインベント」
「ん?」
「まあ、Bランクモンスターの数は少ないけど、遭遇する機会はそれなりにあるのよ。
遭遇していない理由は――」
そう言ってロゼはノルドを見た。
ノルドは掌で踊らされている感じを嫌いつつも――
「俺が遭遇させてねえんだ」
「え?」
「この前のモンキータイプはイレギュラーだったから仕方なく応戦したが、Bランクのモンスターとは遭遇する前にルートを変えている。
Bランクってのは基本的に人間よりもデケえ。防御特化のディフェンダーがいない場合は一撃で致命傷だ。
そんでもって奇襲しても一撃では殺せない。だからBランクは近づく前に避けてる」
インベントは「えええ~」と言い、つまらなそうな顔をした。
「ちなみにインベント」
「なあに? ロゼ」
「補足しておくと、昨年アイレド森林警備隊でBランクモンスター討伐数は確か10匹程度よ」
「へ? 10? 少なっ!」
「それも複数の隊でBランクは対応しているはずですわ。
単独で対応するなんて……ありえないことです」
「へえ~……」
先日ノルドとインベントはBランクモンスターを撃破している。
事の重要さを理解していないインベントにロゼは溜息を吐く。
「ちなみにノルド隊長」
「んあ?」
「Bランクモンスターの討伐は勿論、報告したんですよね?」
「ハッ、してねえよ」
ロゼは再度大きく溜息を吐いた。
「どうして……も~……」
「報告なんて面倒だからな。隊長会議もあんまり出てねえ」
「なんてことなの……それでよく隊長職を外されませんね」
「ハハ。そんなことよりも本題に入れよ。いい加減、俺は説明に疲れた」
ロゼはキョトンとした。
「あら……私がしていいんですか?」
「お前が立案者だ。お前がやれ」
「わかりました」
ロゼはインベントを見た。
「ここからは提案ですの。インベント」
「ん?」
インベントはそろそろモンスターを狩りたくてウズウズしている。
「先程、隊長が説明してくれた通り、Bランクは基本的には逃げの一手なの。
Bランクは人以上に大きいから強いけど、大きい分、近くを通ればモンスターの痕跡が残ってるケースが多いの。
だからBランクはある意味逃げやすくもあるのよ」
「ふ~ん」
モンスターから逃げることなんて興味が無いインベントは心ここにあらずに応える。
「ただ、アイレドの町や駐屯地近辺まで近寄ってきた場合、やむなく討伐するのがBランクよ。
普段は手を出さない。だけどね――インベント」
「ほ?」
ロゼはにやりとした。
「このノルド隊なら……Bランクの単独撃破が可能だと思っている」
インベントの顔が明るくなる。
「お、お~、おおお~?」
「どうかしら。あなたさえよければ――――」
「やろう!」
見事に釣られたインベント。
「分かってると思うけど非常に危険よ。下手したら死ぬかもしれない」
「やろうやろう!」
「そうよね~。だそうですよ、ノルド隊長」
ノルドは口をへの字に曲げた。
「な~にが『だそうですよ』だよ。思惑通りだろうが。
まあいい。これからはBランクのモンスターも殺っていくとするか」
「おおお~!」
インベントはあからさまに喜び、ロゼも小さくガッツポーズをした。
「ただし!!
俺が撤退だと判断したら絶対に従え。これだけは絶対だ」
ロゼはすぐに頷いた。
「そうですわね。その辺の線引きは隊長にお任せします」
「まあ、お前は大丈夫だろう。さて……インベント」
「だ、大丈夫です」
目が泳ぐインベント。
泳ぐ目を捕まえるノルド。
「本当だな。
…………まあとりあえずやってみるか」
**
「いたぞ」
ノルドに引き連れられ、小高い場所に到着した三名。
午前中にノルドが危険だと判断した場所に戻ってきた形だ。
見下ろせる場所にモンスターがいる。
「で、でかい……」
小声ながら驚きと興奮気味なインベント。
それに対しロゼは驚きからくる緊張で息をのんだ。
「どうしたロゼ? 実物を目の前にしてビビったのか?」
「フフ……そうですね。初めてBランクは見ましたわ」
「なんだ、そうだったのか」
ロゼが余裕綽々な感を出していたので、ノルドはBランクのモンスターを見たことがあるのだと思っていた。
「さすがに普通の隊ならば、新人をこんな危険区域ど真ん中に連れてきてくれませんからね」
「――ハッ」
ノルドは悪い大人の顔をした。
インベントはじーっとモンスターを観察している。
今にも涎を垂らしそうだ。
モンスターは何かをするわけでもなくじっとしていた。
「ウルフタイプ――――それも異常に巨大化しているな。
Bランクってのは人より大きいサイズが目安だが……ウルフタイプであの大きさなら確実にBランクだ」
灰色の体毛に纏われた大型の狼。
横たわっているため実際のサイズは予測するしかないが、恐らく立ち上がればインベントの身長と同程度だろう。
重さは確実に人間を超えている。
「さて……どうするんだ?」
「いつでもOKですよ!」
インベントは今か今かと待ちわびている状況だ。
「……お前はどうなんだ? ロゼ。引き返すなら今だぞ」
「ふ、ふふ」
ロゼは汗を拭った。
(これほど怖いとは思いませんでしたわ……。
まともに攻撃を喰らえば……即死。ふふ、ふふふふふ)
何事も大きければ大きいほど良いとは限らない。
だが、戦闘に関して言えば大きさは圧倒的なアドバンテージとなる。
どれだけ強い少年でも成人には敵わないように。
モンスターのランク付けにおいて大きさがウエイトを占めるのは当然である。
大きければ大きいほどモンスターは強いのだ。
(二人は……殺る気ね。躊躇は無いのかしら……まったく)
ロゼは眼を閉じ――ゆっくりと眼を開けると同時に臆する心を外に出した。
「ええ。大丈夫です。手筈通り……いきましょう」
「よし――ぬかるなよ」