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ピット⑤ できるのか? できないのか? どっちなんだい!?

 ピットはロメロになにひとつ勝てないと思っている。

 だが、圧倒的にピットの方が優れている分野がある。


 それは教える力である。


 ロメロは全て感覚でやってのけてしまう。


 天才の感覚は凡人には理解できない。

 それはロメロ本人もある程度自覚はあるのだが、あえて凡人がわかるよう言語化するのも億劫だと考えている。


 ピットは、ロメロの超感覚的発言を何度も何度も理論に落とし込んできた。

 兄を補完するように、ピットは理論派になっていったのだ。


 だからこそピットの教える力は非常に高い。



「握力を鍛えるのは大事だ。

 だが握力だけを鍛えようとしてもすぐに頭打ちになるだろう。

 連動する部分をしっかりと鍛えていくことが、遠回りに見えて近道になる」


 ピットは飛び上がり片手で木の枝にぶら下がる。

 そして片手で懸垂を始めた。


「本当ならば、局部的に鍛えるのはお勧めしない。

 とは言え、私が滞在できるのは10日間だけだ。

 やるべきことを絞って集中しよう。

 さて――懸垂は前腕部が総合的に鍛えられるから非常に良い。

 鍛えている時は、しっかり鍛えたい部分を意識することも重要だ。

 よし、やってみろ」


「え!? か、片手で懸垂なんて無理ですよ」


「まずは両手で構わん。

 とりあえず10回だな」


「は、はい」


 懸垂を始めるインベント。

 ピットが片手でいとも簡単にやってのけたため、両手ならできるだろうと思ってやってみるが――


 五回で腕が上がらなくなる。


「太い枝は掴みにくいからな。

 握力がどんどん奪われていくだろうが、それも良い鍛錬になる。

 がんばれがんばれ。後五回だ」


(た、確かに!

 い、急いでやらないと握力が無くなっちゃう!)


「く……う、うおおお!」


「ほう」


(もっとひ弱かと思ったが、腱はかなり強そうだな。

 これなら……よし)


 インベントは反動を利用しつつもなんとか10回の懸垂を成功させる。

 大量の汗と筋肉の痙攣。


 はやく身体を休ませたい。だが――


「あ、インベント君! まだ離すなよ。

 よーし、追加で三回! やってみよう!」


「え!? え!?」


「まだできるだろ。ほらあと三回だ」


 「もう無理」と叫びたくても叫べない。

 視線で訴えかけても――


「ほら、いーち」


 ピットは目を合わさず、プレッシャーを与えてくる。


「ほら、いーち。

 ――ほら、いーち。

 ――ほら、いーち。

 ――ほら、いーち。

 ――ほら、いーち」


 インベントは無理言って二刀流を習っている手前、逃げられない。


「ぐ、ぐあああああ!!」


「はい、にーい」


 ピットは冷静にインベントのギリギリを見極めて負荷をかけていく。



 筋肉。

 それは追い込めば追い込むほど輝くダイヤモンド。


**


 たった一時間のトレーニングでインベントは動けなくなってしまった。


「ぴ、ピットさん? さすがにやりすぎなんじゃ?」


 インベントのあまりの疲弊ぶりにアイナが心配して声をかける。


「限界までやらせているからな。

 まあそろそろいいか。よしインベント君」


「は、は、はいぃ」


「森林警備隊の医務室に行こう」


「へ?」


「極度に疲労した両腕を【ギルフェ】で治してもらうんだ。

 あまり私的な目的で【ギルフェ】をお願いするのは申し訳ないが、まあ事情が事情だ。

 さあ、立った立った」


「は、はい」


 アイナは息を飲む。


(お兄ちゃんに比べたら常識人だと思ってたけど、この人もこの人でヤベエ!)


「あ、アタシ、森林警備隊に話をしてきますね!

 本部の向かいにある緑の屋根が森林警備隊管轄の病院なんで」


「わかった。よろしく頼む」


「よ、よろしくう……アイナァ」


 アイナは一目散に駆けだした。


「よし、行くぞインベント君」


「はい」


「手は回しながら行くぞ」


「え?」


「大きく両手を交互に回しながら歩くんだ。

 筋肉が固まらないようにな。ほら、ぐるぐるとな。

 ぐーるぐる。

 ぐーるぐる。

 ぐーるぐる。

 ぐーるぐる。

 ぐーるぐる」


 インベントは躊躇した。

 歩いているだけでも両手が痛いのに、ぐるぐる腕を回せばどうなるか。

 

 だがしかし、無理言って二刀流を習っている手前、逃げられない。


「ぐ、ぐ~る……ぎゅるうう!?」


 一回転させるだけで激痛が走る。


「ぐーるぐる。

 ぐーるぐる」


「ぐ、ぐうるぎゅふう!!

 ぐふ~るぐふ!!」



 後日談。

 カイルーンの町。

 ぐるぐる体操が少しだけ流行る。



****


「うぎゃああ!」

「よーし! もっともっと!」


****


「ひぎいい!!」

「キレてるキレてる!」


****


「ぬあああああ!」

「仕上がってる仕上がってる!」


****




 ピット式、たった10日でバルクアップメソッド!

 五日目、朝。


「オイシイ、トリニク、オイシイ」


 インベントは朝食を機械的に食べる。

 メニューは茹でた鶏肉と野菜。

 味付けは塩のみ。


 ピットは食事に関しても指示を出していた。

 肉体改造のために最善の食事。


 アイナはインベントが大切ななにかを失っていくようで心配している。

 だが、着実に二刀流を使える身体に成長している。


 折り返しの五日目だが、インベントの前腕部は一回り大きくなり、肩回りもがっしりして、まるで小さな重機を乗せているかのよう。


 高負荷トレーニング、【ギルフェ】で強制回復、二刀流の練習。

 そしてまた高負荷トレーニングへ。


 そんなサイクルを回し、徹底的にインベントを追いこんでいく。


 無茶をさせているのはピットも理解している。

 短期間で効率だけを求めたスケジュールだからである。


 音を上げても仕方ない負荷。


 だがインベントは耐える。

 『モンブレ』という精神的な支えがあるため、インベントはタフなのだ。


 そして想定以上の結果が出ていた。


 高負荷トレーニングの合間、二刀流の練習。

 大木に対し打ち込み稽古をするインベントを、観察するピット。


(剣のセンスは絶望的だと思っていたんだが……。

 日に日に良くなっていく。かなり独創的だが面白い)


 ピットはフルプレートメイルを装備していた時のインベントが脳裏に浮かぶ。


(私だったらあんな突飛な策、何年かけても思いつかんだろうな。

 発想力に関しては天才の部類か。

 まあ……発想に肉体が追い付いていないがな)


 インベントが勢いよく振った木剣が、すっぽ抜けて飛んでいく。

 無茶なトレーニングで肉体改造しているが、握力や腕力は一朝一夕で身につくものではないのだ。


 だがピットの期待は膨らんでいた。


(発想を完璧に実現できる肉体が備わった時、インベント君はどれほど強くなるのだろうか。

 よもや兄に届くとは思えん。

 だが……あの兄が期待する男なのだからな。

 

 ――何年先になるかわからんが、その完成形が楽しみだ)


 ピットは『宵蛇よいばみ』の隊員。

 10日間の休暇など本来あり得ない。


 次にいつ会うかもわからないし、修業に付き合う機会はもう無いかもしれない。


 だからこそ、この10日間が、インベントの将来に対しての大きな一歩になればと思っているのだ。


****


 日が落ちた。


 アイナは夕食の準備に、先に家に戻っている。

 本日のメニューは鶏肉と豆の塩ソテー。バルクアップメニューである。


 五日目の締めに入念にストレッチをするインベント。


 ボロボロのインベントだが、もう五日目。

 ボロボロになるのも少し慣れてきた。


「ハア~疲れたなあ」


 脇腹を入念に伸ばすインベント。


「五日目だが、大分良くなってきたな」


「う~ん……そうですかねえ。

 なかなか腕力ってつかないものですね」


 少し分厚くなった掌を見つめるインベント。


「肉体改造は本来年単位でやるものだ。

 こればっかりは発想力ではどうにもならん」


 インベントは「発想力?」と言い首を傾げる。


「理想を実現させるために、私がいなくなってからも努力を続けることだな。

 フフフ、何年後になるかわからんが、兄にも届く高みに達したら見せて欲しいものだ。

 まあそのためには、日々精進を……ん?」


 インベントはストレッチを止め、じっとピットを見つめている。

 そして「ああ~」となにかを納得したかのような反応を見せ、笑う。


 実はとある事情からインベントには変化が起きていた。

 その変化が、これまでとは違う行動を選択させた。 


「ピットさん」


「なんだい?」


「短時間なら見せれますよ」


「なにを?」


「その()()ってやつ」


「は?」




 インベントは笑い――


「まだ未完成ですけど、二刀流ですよ。

 ハハハ、模擬戦でもしてみますか?」

そろそろ100万字!

パワー!

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― 新着の感想 ―
[良い点] お願いマッスル。 [一言] 次回が楽しみです。俺ツエェー期待 更新ありがとうございます。
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