ピット④
ロメロとピット。
歳の差は六。
ロメロが15歳の頃、剣の腕はすでにイング王国最強に到達していた。
ピットはそんな兄に追いつこうと努力を重ねた。
ロメロほどではないが、生まれ持った剣の才能。
そしてルーンも【猛牛】と【向上】であり、どちらも身体能力を向上させるルーン。
尋常ならざる成長速度で強くなっていくピット。
とは言え、歳の差もあり、どれだけ努力してもロメロには一歩届かない。
だが努力した分だけ強くなり、兄に近づいている実感もあった。
二刀流を始めたのはピットが14歳の時。
腕力には自信があったので、見よう見まねでやってみたのだ。
二刀流を披露すると、ロメロは大層喜んだ。
「お前に合ってる!」と、無邪気に笑ったロメロ。
そんな兄の笑顔がピットの脳裏に焼き付いて離れない。
ロメロは森林警備隊で名を轟かせていた。
そんな兄を追うようにピットも森林警備隊へ。
だが当時、まだ無名だった『宵蛇』にスカウトされたロメロ。
数年間、ふたりは会わずに過ごした。
その間もピットは努力を重ねた。
異例の早さで隊長にもなった。
そして数年後――
「おいピット。お前も『宵蛇』に入れ」
ロメロは突然やってきて、ピットの意見も聞かず半ば強制的に『宵蛇』へ。
所属していた森林警備隊は、その日に勝手に除隊。
翌日は、先代の王、イング・ハイランド・ウピスと謁見。
全てが強引だった。
だが、ピットはロメロのことをよく知っている。
ロメロは無理も無茶も押し通す男なのだ。
予測範囲内。
だが、たった一つだけ予測が大きく外れていた。
この数年間でロメロはイング王国最強――いや王国史上最強になっていた。
まさに比類なき強さへ。
一番の要因はクラマ・ハイテングウの存在である。
『星天狗』の名を轟かせる前のクラマだ。
オセラシア仕込みの体術。
歯が一本の不安定な天狗下駄と、極めた【騎乗】を掛け合わせることによって得た、特異な動きと迅速さ。
極めつけは『門』を開いたことによって習得した『幽結界』と【雹】のルーン。
ロメロを楽しませるにはうってつけの人物だったのだ。
ピットが森林警備隊で頑張っている時、恐ろしい速さでロメロは成長していたのだ。
更にピットが『宵蛇』に入隊して数年――
『門』の存在を知ったロメロは、誰に教わるでもなく、まさになんとな~く『門』を開くことに成功してしまう。
ロメロが『門』を開いた直後――
ピットは理解した。
兄が本当の天才であることを。
どれだけ努力をしても追いつくことは不可能なんだということを。
諦め。
ピットがロメロの背中を追うことを止めたその日から――
見透かされたようにロメロはピットに対して興味を失っていった。
****
ピットはインベントの話を聞いて天を仰ぐ。
(そうか……インベント君は、兄の強さを知ってなお――)
誰よりもロメロの強さを知るピット。
だからこそ、知ってなお挑む気概を持つインベントに対し尊敬の念を持ったのだ。
更に――
(やっとわかった。
あの日……なぜ数十年ぶりに私と剣を交えたのか)
ロメロがインベントと別れた日。
ロメロは『宵蛇』と合流した。
そして「ちょっと二刀流の練習がしたいから付き合え」――とピットに声をかけた。
ロメロはピット相手に数回剣を振るうと、「ああ、こっちか」や「親指ね」と呟く。
天才にしかわからない修正点を、天才にしかわからない言葉で修正していく。
時間としては五分も経過しないうちに――
「ま、こんなところか」
久方ぶりの剣での会話は終わってしまった。
ピットは「なぜ二刀流を?」と問うが――
ロメロは鼻で笑い「ただの暇つぶしだ」と言う。
(どうして二刀流の練習なんて言い出したのか疑問だったが、インベント君のためだったんだな。
最近は少し楽しそうな日も多かった。それもインベント君のお陰か)
ロメロは『門』を開いてから、つまらなそうにしている時間が増えていく。
強くなり過ぎてしまったのだ。
どこを探しても、ロメロを満足させる人間がいなくなってしまった。
張り合いの無い日々。
結果、荒むロメロ。
ロメロの心は、カラッカラに乾いた荒野のように。
ロメロチャレンジを始めたのも、若手の有望株を探すためである。
名目上は『宵蛇』にスカウトすべき逸材を探すためだが、本当はただロメロが楽しみたいからである。
レイシンガーやフラウのようにロメロチャレンジをクリアし『宵蛇』に入隊したものもいる。
優秀なのは間違いない。が、ふたりともロメロに勝ちたいという思いは無い。
結果、一時的な楽しみに終わる。
乾いた荒野に雨が降っても、やがて乾いてしまうように。
当初ロメロは、インベントのことを暇つぶしレベルに考えていた。
少しの間だけでも楽しめるならそれで構わないと。
だが、インベントは一過性の雨ではなかった。
インベントという豪雨は、荒野に枯れることの無い花を咲かせたのだ。
薔薇やチューリップのような綺麗な花ではない。
禍々しさや毒々しさを含んだ花で間違いないのだが、それでもロメロにとっては大切な一輪の花なのだ。
ピットは「なるほどな」と呟きながら、ゆっくりと確かめるようにまず左手から木剣を握る。
続けて右も。
「君が――」
「え?」
「インベント君に二刀流が必要なのはわかった。
だから、教えよう」
ピットはこれまで見せたことの無い柔らかい表情で――
「インベント君が二刀流に向いていない理由を教えよう」
(君が本気なのだから、私も本気で教えよう。
――諦めさせるつもりでな)
**
「向いていない……理由ですか?」
「そうだ。
君に二刀流は向いていない。だから私は勧めない。
だが、それでも習得したいのであれば、不向きな理由を克服することから始めるのが最善だろう」
「な、なるほど」
「しかも簡単に克服できる内容じゃない。
まあ、体験してもらうのが一番か。
インベント君、左手で剣を持ってごらん」
インベントは左手で木剣を持った。
「しっかり持っているんだよ」
ピットは軽く剣を振るう。
すると、インベントの剣は大きく弾かれてしまった。
「……なるほどな。
よし、今度は逆が持つ剣に対し同じことをやってごらん」
「はい」
インベントは軽く剣を振るう。
そしてピットが左手に持つ剣と交差した瞬間――
(か、硬っ!?)
剣を通して痺れが肩口当たりまで駆け抜ける。
まるで壁を叩いたかのようにびくともしないピットの剣。
「ハッキリ言おう、インベント君。
君は力が全く足りていない」
ピットは自らの左掌を見せながら――
「まずは剣を握る力、握力。
二刀流は片手で剣を握るんだ。
握力が無ければ話にならん。
更に、手首の力。
総合的な話をすれば腕力――特に前腕部の力だな」
インベントは自身の腕と、ピットの腕を見比べる。
ピットの剛腕に比べれば、インベントの腕は生娘のように弱弱しい。
「君がどんな剣を使いたいのかは知らんが、できるだけ軽い剣にしたほうが良い。
それでも腕力の強化は必須だ。
わかるね?」
「は、はい」
「ふむ、君に合った前腕部のトレーニングは考えていこう。
それともう一つ。これは練習していけばすぐにぶち当たる課題だから教えておこう。
利き腕の逆側は、当然繊細な動きを苦手としている。
左手で字は書けないだろう?」
ピットは木剣を手放し、左右から自らの愛剣を抜いた。
「左右どちらでも剣を自在に操りたいのであれば――」
ピットはまず、右の剣で木に対し『カイルーン』と書いた。
更に左の剣でも『カイルーン』と書いた。
どちらの『カイルーン』も中々達筆である。
これにはインベントもアイナも驚いた。
「まあ、ここまで器用になれとは言わんが、早い段階から意識しておいた方が良いだろう」
ピットは剣を仕舞い、腕を組んだ。
「わかるかい?
インベント君にはかなりの腕力の向上、更に精密さが求められる。
さて……最後にもう一度聞こうか。
それでも君は、二刀流を習得したいのか?」
ロメロは向日葵。
ピットは月見草。
インベントは……ドクダミかラフレシアか。




