ピット②
「お?
お、お?
うほ! イイ男キタ!」
「え? どこどこ!?
……え?」
「いいね~渋いね~。
な~んか影がある感じがたまらんのう。な~シロ」
「え~すっごいおじさんじゃん。
相変らずオジ専だね~フミちゃん」
「いやいやおじさんじゃねえって。
私はドエロシロと違ってノーマルノーマル。
カカカ、怒るな怒るな。
ほ~れ見ろよあの、分厚い胸板。丸太みたいな太い腕。
それに……それに……むむむ!?」
「どーしたのフミちゃん」
「剣が……左右で二本づつ、計四本。
おいおいまさか……二刀流じゃね?
カカカ、来たか!? ご都合展開の上乗せ!
ほれほれほれー! ベン太郎!
気付け気付け!」
****
インベントの視界で点滅する光。
左右に反復横跳びするように点滅する光は、ピットが左右に装備する剣を見るように指示している。
マスターダークからの啓示。
インベントは脳をフル回転さえ、マスターダークが求める『二刀流』という言葉をピットから引き出した。
そしてクロからアイナ。
アイナからピットへ。
二刀流を習いたいことが伝わったのだ。
だが――
「い、いやいや、インベントさんよ。
アンタは知らないだろうけど、この人は『月光剣』のピットさんだ。
二刀流といえばこのお方ってぐらいの有名人なんだよ。
そんなお方から二刀流を教わるなんて恐れ多いというかねえ……ハハハ」
アイナの発言はもっともである。
「おお、二刀流の有名人!
ぜひ、よろしくお願いします!」
インベントは気にせず元気に頭を下げた。
インベントからすれば都合良く現れた凄いおじさんなのである。
ピットは顎を引き、自身の顔の皺を指でなぞる。
(なるほど……。
そういうことか)
ピットはやっと納得したのだ。
なぜクリエが、インベントを訪ねるように仕向けたのかを。
(インベント君は二刀流に興味津々のようだ。
つまりクリエさんは私に指南役をさせたかったわけか)
ピットは髪をかき上げる。
(クリエさんがインベント君に熱心なのは知っているが……。
まったく……『月光剣』も安く見られたものだ)
『宵蛇』において、デリータ・ヘイゼンの命令は絶対である。
デリータの命令は、盲信しても構わないぐらいの実績があり、進化した【読】の未来予知の力は絶対的なのだ。
訳あって『宵蛇』を離れているデリータの代わりにやってきたクリエ。
その未来予知の力はデリータにも劣らないことは理解しているピット。
だがピットはクリエのことを信じ切れずにいた。
ピット自身も理由はわからない。
(まあ、役割はしっかり演じよう。
……この貧弱な青年に二刀流は無理だと思うがね)
ピットは手を叩く。
「二刀流ね。
いいだろう、教えよう」
「やったー! お願いします!」
インベントは頭を下げる。
アイナは口をパクパクさせている。
(ク、クロがインベントに二刀流を仕込みたがってた。
アタシは二刀流なんてできねえから断ったけどさ。
そしたら二刀流の達人がご登場。そんでもって教えてくれる?
い、いやいや……都合が良すぎだろ)
「ほ、ホントにいいんですか? ピットさん」
「都合良く10日間、休暇を貰っていてね。
10日間だけだが、教えれることは教えよう」
アイナは「ホントに都合良いっすね」とただただ笑った。
**
「さて……どこから教えようか」
ピットは先刻までの、なにをしに来たのか不明な状況から、少なくともやることが明確になり、少し心が軽くなっていた。
インベントは笑顔で両手をあげた。
するといつの間にか両手には木剣が。
インベントはピットが四本の剣を携帯していることに気付き――
「あ、四本使いますか?」
いつの間にかインベントの手には四本の木剣が。
「ああ、そうか……君は【器】だったか。
それでは二本貸してくれ」
「はい!」
ピットは両手に一本の剣を持ち、その具合を確かめる。
そして――
「インベント君は、二刀流経験者だったりしないかな?」
「はい! 素人です!」
「そうか。まあ……そうだろうな」
ピットは「剣自体が素人」と言いかけて止めた。
「だったらまずは二刀流のスタイルから話そう」
「スタイルですか?」
ピットは左手の剣を放り投げて、キャッチした。
そして左手を前に出し半身に構える。
「二刀流は大まかに分類すると二つ。
まずは、利き手の逆側を補助に使うスタイル」
そう言ってピットは左手に持った剣をプラプラと動かす。
「例えば左手一本で防げそうな攻撃は左手で受け、右手で追撃。
左手一本では捌くのが難しい場合は、二本を使い捌く。
使い方としては盾に近いな。
盾のように扱う剣――といったところか」
ピットは動きを交え説明してくれる。
「おお~」
非常にわかりやすく、インベントとアイナは感心し声を漏らす。
「攻勢に回る時も、左手で牽制しつつ、右手を振り抜いたり。
このスタイル場合、左手は短く軽い剣を持つ場合もあるな。
意識としては利き手七割。逆は三割と言ったところか」
ピットは構えを解いた。
「こちらのスタイルのほうが通常の剣の延長線上だから習得しやすい。お勧めだ。
一応、もう一つのスタイルも見せておくか」
ピットは身体の正面をインベントに向け、両手とも下段に構えた。
そして左右対称な構えに。
「ではインベント君、打ち込んできなさい」
インベントは「はい!」と返事をし当然のように両手に剣を持つ。
「……まずは一本のほうが良いだろう」
「あ、そうですね」
剣を一本仕舞い、構えるインベント。
「――かかってきなさい」
ピットが促した瞬間、インベントは躊躇なく飛び込む。
左からの斜めに撃ち下ろす斬撃に対し――
ピットは左の剣で華麗に受け流し、右の剣で追撃。
当たる直前に剣を止め、仕切り直す。
お次は右からの水平斬り。
今度は右の剣で受け、左の剣で追撃。
そんなやり取りを数回繰り返した後――
インベントは真っすぐに剣を振り下ろす。
それに対しピットは、インベントの剣に絡みつくように左右から剣を振り――
「あっ!?」
しっかりと握っていたはずの剣がいつの間にか手から離れていた。
ピットは剣を拾い上げインベントに手渡した。
「とまあこんな感じだ。
左でも右でも思い通りに剣を操る。
私の場合は、右でできることは左でもできるようにしている」
「おお~すごい!」
「こちらのスタイルのほうが苦手な角度がなくなり、対応力は非常に高くなる。
ただ、習得には時間がかかる。
だからどうしても二刀流を習得したいのなら――」
ピットは「前者だな」と言おうとした。
だが遮るように――
「うん、凄い凄い。
絶対こっちですね」
「――む?
こっちと言うと……」
「後者ですよ」
ピットは頭を掻いた。
「いやだがな……後者のほうが明らかに難易度は――」
インベントは首を振る。
笑顔。
だが目は笑っていない。
「絶対にこっちですよ…………うんうん!
ホラ、後者で間違いないですよ」
インベントが後者だと判断した理由。
それはモンブレでの双剣の戦い方と、ピットの構えが似ていたからである。
更にインベントの発言に対し、絶対的な存在マスターダークが肯定する。
光を使い花丸を作ったのだ。
自分の考えとマスターダークの意見が一致した。
これ以上の確信は無い。
だがピットからすれば、それは無謀な挑戦である。
一本でさえおぼつかない青年が、高望みし二刀流を習得しようとしているのだから。
(諦めさせるべきだ……。
諦めさせるべき……なのに)
ピットは気付いていた。
インベントは絶対に譲らない。
なぜならば――
(なぜ……インベント君から兄のような威圧感が?)
絶対的な才能と天賦、自らが最強であることを疑わぬ兄、ロメロ・バトオ。
信じて疑わない世界を持つインベント・リアルト。
ふたりに共通するのは、うつろわぬ絶対的な信念。
死んでも曲がらぬ信念。
それはもはや狂気である。




