ピット①
インベントは剣を振る。
シロが悪戦苦闘しながら操る『インベント君壱号』の動きに近づけるように。
だが中々近づけない。
アイナがなんとなくやってみた動きのほうがよほど近いのだ。
インベントは特訓を初めて10日、やっと根本的な課題に気付いたのだ。
「ああ、なるほど」
多分……俺……前より剣が下手になってる。
ま、元々下手くそだけどさ」
インベントは現在18歳。
15歳で森林警備隊に入隊してから三年以上経過している。
紆余曲折あったものの、インベントは着実に力をつけてきた。
だが、もしも、15歳の時点のインベントと現在のインベントが剣術対決をすれば――
収納空間を使用しない条件下で、模擬戦をすれば――
かなりの泥仕合になり、下手すれば現在のインベントが負ける。
その理由は、インベントの積み上げてきた経験が、剣術の邪魔をしているからだ。
「やっとわかったよ。
アイナが力を抜け抜け言ってる理由。
俺、無意識に身体を強張らせていたんだな」
インベントはやっと理解したのだ。
ただでさえ乏しい剣術の才。
そのうえ、剣術を邪魔する悪癖が上乗せされていることを。
なにかを殴る、剣を振る、斧を振る。
相手が人か物か、はたまたモンスターか。
大きな攻撃力を生むためには、攻撃がヒットする瞬間、力を籠める必要がある。
逆に、ヒットする瞬間まではできるだけ脱力していたほうが良いとされる。
恐らく殆どの武術やスポーツで、力みと脱力のメリハリが重要なのは間違いないだろう。
当然、剣術も。
だがインベントは脱力を極端に苦手としている。
正確に言えば苦手と言うよりも、これまで脱力が不要であり、むしろ脱力が邪魔になりえるケースが多かったからである。
例えばインベントが多用している縮地。
縮地は収納空間内の砂が敷き詰められた空間に、盾を無理やり収納しようとすることで発生する反発力を移動する力に利用する技である。
仮に左手で盾を収納しようとした場合、実は左手首、左肘、左脇をできるだけ動かないように力んで固定している。
なぜなら可動部分を固めておかねば、せっかくの反発力が可動部分で減衰してしまったり、方向がずれてしまったりする。
つまり反発力を最大限活用するためには、力む必要がある。
当然、力むのは縮地を発動する瞬間だけで良いのだが、インベントの場合連続で反発力を利用することも多いため、あえて脱力しないほうが効率が良かったのだ。
そのため戦闘状態になると、すぐに力めるように、言うならば半力み状態をキープするのが基本となっている。
そんな悪癖にやっと気付いたのだ。
インベントは腕を組み大きく唸る。
「はっ!? そういうことか!?
マスターダークが剣術だけをやらせたのは、俺の力む癖を正すため!?
くう~さすが師匠だ!」
インベントは剣を持った腕をしならせる。
「よ~し、今日からは脱力を意識して練習だ!」
**
インベントの発言を聞いていたシロは問う。
「ねえ、脱力することを気付かせたかったの?」
クロ――もといマスターダークは――
「ふっふっふ、当然じゃ」
と答える。
答えるのだが――
「ねえ、お鼻ひくひくしてるけど」
「カカカ、ま、嘘だけど。
私からすれば、プレイヤーが力んでるかどうかなんてわかりゃしねえよ。
ま、ベン太郎が勝手に気付いたんだらそれはそれでいいじゃねえか。
全部私の手柄ってことでさ」
****
ひとり修業に励むインベントの元に、アイナがピットを連れてやってきた。
インベントはふたりに気付いていないため、アイナはインベントに声をかけようとする。
だがピットがそれを制止した。
「少し、見ていても構わないかな?」
「そりゃあまあ」
食い入るようにインベントの様子を観察しているピット。
インベントは、脱力の大切さを知り、修業に励んでいる。
その姿。
それはそれはもう――酷いものだった。
(あれは……舞か?
それにしても……恐ろしく滑稽な舞)
力み過ぎていた状態から、全身弛緩状態へ。
ぎこちないながらも剣を振れていた状態から、剣術とも呼べないタコ踊り状態へ。
自らで振った木剣が、自身を攻撃する始末。
この状況を見て、誰が稀代の天才、『陽剣のロメロ』と引き分けた人物だと信じられるであろうか。
「アイナさん」
「はい」
「あれは……なにをしているんだい?」
「剣の修業ですねえ。
しっかしこりゃまた……無茶苦茶。というか極端だな、こりゃ」
ピットから見れば無様な舞だが、毎日インベントの動きを見ているアイナからすれば力み過ぎから緩み過ぎにシフトしたことが一発で理解できた。
「あ、ピットさん。どうしますか?
そろそろ呼びましょうか?」
ピットは考える。
(彼に会ってなにを話せばいいのか……。
とは言え、会いに来たのは私だ。
話もせずに帰るのは失礼か)
ピットは渋々「ああ……そうだな」と応える。
アイナは修業中のインベントに近づき声をかけた。
「うい~っす、インベント」
「あ! アイナ!
俺やっとわかってきたよ。
脱力したいんだけど、どうしたらいいかな?」
「シシシ、さすがに脱力しすぎだけど、悪く無えと思うぜ。
ま、修業再開するその前になんだけどさ」
アイナはピットを指し示す。
ピットを見たインベントは――
「誰?」
全く記憶にない人物の登場に首を傾げた。
**
「こんにちは、『宵蛇』のピット・バトオだ」
「はい、こんにちは。インベント・リアルトです」
インベントは『宵蛇』に興味は無い。
ロメロが所属している組織ぐらいにしか思っていないのだ。
インベントからすればピットはただのよく知らないおじさんである。
ピットとしては、インベントの醜態とも言える修業を見たため、インベントに対しての興味はかなり薄れてしまった。
インベントがロメロと引き分けるほどの実力者であろうはずがないからだ。
とは言え訪ねてきた手前、なにか話さなければならない。
「一度、アイレドの会議室で会ったことがあるが……覚えていないようだね。
実はロメロは、私の兄なんだ」
会話の基本。
お互いの共通点から攻めるピット。
「へ? 兄?
ロメロさんが兄なんですか?」
「ああ。よく間違われるんだが、私が弟なんだ。
ははは、兄は若作りだからな」
「あれ? ロメロさんって何歳なんですか?」
「兄は53だな、そして私は47歳だ」
ロメロは30代、下手すれば20代後半に見える。
それに対しピットは年相応。
肉体に関しては鍛えているため若々しいが、顔には皺が多い。
トータルで見ると、やはり年相応なのだ。
「へえ~そうなんだ」
沈黙。
話は思ったよりも広がらず、縮まらない距離感。
(ううむ、なんとも話しにくいな)
ピットは『宵蛇』である。
更に『陽剣のロメロ』の弟。
いつもなら相手が自分に興味を持つ場合がほとんど。
だが、インベントは全く興味を示さない。
(さっさと、兄と引き分けたのは本当かいと聞いてしまうか?
いやしかし……突然そんなことを聞くのも変か?)
直感的で自分本位な兄のロメロに対し、ピットは思慮深く、腰が重い。
インベントはインベントで、興味が無いことに対してはとことん興味が無い。
どちらかと言えばピットもインベントも寡黙なタイプ。
そんなふたりの様子をやきもきしながらうかがうアイナ。
アイナがそろそろ仲介役に名乗り出ようかとしたその時――
「――ピットさん」
なんと予想外にインベントから話し始めた。
「なんだね?」
インベントはピットの腰部分を指差す。
そこには左右に二本ずつ、計四本の剣が。
インベントは独り言の延長線上のような喋り方で――
「剣が……四本?」
「ん? ああ、そうだな。
私は二刀流だから基本的には四本装備している、が…………む?」
いつの間にかインベントはアイナの手を握っていた。
そして――
「あ……ピットさん。
えっとですねえ……クロじゃなくて、インベントがですね。
二刀流をぜひ習いたいと申しております。
いかがでしょうかねえ? えへへ」
アイナは大変申し訳なさそうにお願いするのであった。




