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迷える月見草

 太陽と月。


 太陽の光を受け、月は輝く。

 悪意のある言い方をすれば、太陽が無ければ輝くことのできない存在。



 ピット・バトオ。


 『宵蛇よいばみ』の隊員であり、二つ名は『月光剣』。

 『宵蛇よいばみ』の古参であり、イング王国では知らぬ人がいないほどの有名人。

 当然ファンも多い。


 二つ名が『月光剣』ではあるものの、三日月の形をした刀を使ったり、刃が淡く光る剣技を使ったりはしない。


 その名は『陽剣のロメロ』に対して、『月光剣のピット』。

 そう、ピットはロメロの弟である。


**

 


 第四会議室にひとり座るピット。


 太く発達した両腕、大きく隆起した大胸筋。

 首も太く、いかつい。

 口を真一文字に結んでいるだけなのだが、少し怒っているようにも見える。

 

 上半身の存在感が凄まじい。



 第四会議室は小さいため、アイナは周辺視野で部屋の中にピット以外いないことはわかっていた。

 だが、見回さずにはいられなかった。


 そう――なぜ『月光剣のピット』がひとりでいるのか理解できなかった。


(なんで全く面識のない『月光剣』が、それもひとりでいるんだよ!?

 わ、わけわかんねえけど、なんか待たせちゃったみたいだし、とりあえず話さねえとな)


「あ、どうも、アイナです」


 ピットは目を少し見開いた。

 心なしか首を傾げた。


「……ふむ、ピットだ」


「ええ~っと、呼ばれて来たんですけど、なにか御用でしょうか?」


 ピットは明らかに首を傾げる。


「はて? 呼んでいないが」


「へ? 呼んでいない? あ~……え~……その~……」


 気まずい。

 物凄く気まずい。

 手汗が止まらない。


(呼ばれたよな?

 だってデグロムが呼びに来たよな?

 総隊長も慌ててたし……え? 違うアイナさんをお探しか?)


 アイナは考える。

 考えに考えた末――


「あ……もしかして」


「ん?」


「インベントを呼んだ感じですか?」


「そうだ」


 アイナは正解に辿り着き安堵する。


 ピットはメルペに対し「インベント君を呼んでくれ」と頼んだ。

 メルペはデグロムに対し「アイナたちを朝一本部に来るように伝えてこい」と命令した。

 デグロムはアイナに本部に来るように伝えた。


 伝言ゲームは難しいものである。


 アイナは小さく頭を下げた。


「すいません、ちょっと行き違いがあってですねえ。

 アタシ、インベントと一緒に住んでるんですけど、インベントをお呼びだと知らなくて」


「なるほど、それは申し訳ないことをしたな」


「いえいえ、すぐ呼んできますね。

 あ、しまったな。インベント、もう特訓しに出掛けちまってるかも」


 慌てるアイナに対し、ピットは冷静に「特訓か」と呟いた後――


「とりあえず座ってはどうかな。

 せっかく、お茶をお持ちいただいたようだしね」


「え? お茶? あ――」


 アイナの背後には、お茶を持ち困っている女性が。


「アハハ、そ、それじゃあ、お茶でもいただきましょうかね」


**


 席に座ったアイナ。


「あ、あの~」


「ん?」


「つかぬ事を聞くんですけど、インベントにはどんな用事ですか?」


 ピットは眉間に皺を寄せた。


「あ、いや、言えない事なら大丈夫でっす。

 守秘義務とかありますよね!」


 ピットはアイナが委縮していることに気付き、「いやいや」と控えめに笑う。


「質問に質問を返して申し訳ないが……。

 その、インベント君は私に用があったりしないだろうか?」


「へ?

 インベントがピットさんに?

 いや~無い……と思いますよ」


「そう――か」


「正直……凄く失礼な話なんですけど、アイツ『月光剣』のことも知らない気がします。

 あの、なんかすいません」


「ははっ、私も努力が足りないな」


「いやいや、あいつ他人に興味が薄いんですよ。

 というか、インベントとピットさんって会ったことありましたっけ?」


「自己紹介をしたことはあるが、会話らしい会話をしたことは無いな」


 遠い昔、紅蓮蜥蜴ファイアドレークを討伐した後。

 『宵蛇よいばみ』のひとりとして自己紹介をしている。

 つまり、ほぼ初対面で間違いない。


「あ、ああ~そうですか……ほお」


 アイナは空のコップに口をつける。


(え? なにしに来たんだよ……この人。

 会話したことも無いのに、用もくそも無いだろ……。

 やめたやめた! 考えてもわっかんねえ!

 さっさと会わせちまえばいいや!)


「そんじゃま、インベント連れて来ましょうかねえ」


「……いや、私が出向こう」


「え? でも町の外にいるんですけど」


「構わん。特訓をしているんだろう。

 そうだな、少し見てみたい」


「は、はあ。

 わ、わかりました」


**


 アイナはピットを連れ、カイルーンの町を歩く。

 あまり目立たない道を選ぶが、それでも『月光剣』は目立つ。


 少なくない回数声をかけられる度、ピットはよく練習された仮面の笑顔で応える。


 ファンサービスは得意ではないが、現在ピットは単独行動中。

 自身の行いが、『宵蛇よいばみ』の評判を下げるのは避けねばならないと考えるピット。



(なんでこんなことに)


 奇しくもアイナとピットは同じ事を思っていた。


 なぜピットがインベントに会いに来たのか。

 アイナにはわからない。

 実は――ピットもわかっていない。


 ピットがインベントに会いに来た理由。

 それは、クリエに「ちょっと会ってこい」と言われたからである。


(ハア……。

 『会えばわかる』と言われ仕方なく来てみたが、会うだけで一苦労か。

 そもそも理由も無く会いに来るのが不自然と言うものだろうに。

 クリエ(あの人)は……少し苦手だ。

 凡人に理解できないような話し方は、少し兄さんと似ている)


 憂鬱。

 インベントと会ったところで、特になにかあるとも思えないピット。


 だが――

 会いたくないかと言われれば、会いたいと思っているのも事実。



 ピットがインベントを最後に見たのは、ロメロチャレンジにまで遡る。

 フルプレートメイルを纏い、ロメロチャレンジを初めてクリアした時である。


(突飛な戦い方をしたあの時の少年。

 まさかあんなか細い少年が、ロメロチャレンジをクリアしたことには驚いた。

 その後も、兄さんはインベント君を大層気に入っていた。

 そして――)


 ピットの脳裏に、数か月ぶりに『宵蛇よいばみ』本隊に戻ってきたロメロの顔が浮かぶ。

 満たされぬ戦闘狂の顔から、一瞬だけ咲いた心からの笑みを、ピットは見逃さなかった。


 そして脇腹を愛おしそうに擦りながら「引き分けだったな」と嬉しそうに言ったロメロ。


(あんなに楽しそうな兄さんはいつ以来だろうか。

 本当に引き分けだったのかはわからない。

 だが、あの兄さんが怪我をして帰ってきたのは間違いない。

 兄さんを満足させるだけの強さが……インベント君に。

 本当に……)


 ピットは知りたいのだ。

 インベントがどれほどの境地に達しているのかを。


 そして願わくば――

 インベントは路傍の石――取るに足らぬ存在だと確認したいのだ。


 それは――

 あまりにも眩しい灼熱の太陽に対し――


 月にもなれぬ名ばかりの『月光剣』の嫉妬である。


****



 しかし――

 よもや――


 向かった先にいるのは、素人に毛が生えたレベルの棒振りをしている青年だとは知らず。

長嶋はヒマワリ、私は月見草。

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